結婚式、そして――
ダイナードは有言実行で、お父様はもちろん、関係各所に当たって、すべて段取りをしてしまった。
本当に私たちは一か月半後に結婚式を挙げることになったのだ。
『結果的に謹慎で自由になる時間があって助かったよ』とダイナードは笑っていた。
その代わり、副団長のユリスが大変だったみたいで、重ね重ね迷惑をかけた彼にはせめてものお詫びに好きなワインを贈った。そんなことで彼に報いることができるとは思わなかったけど。
一か月半という期間は思った以上に短かった。
まずはお針子たちが決死の表情で採寸に来た。
ダイナードが超特急料金でウエディングドレスを頼んでくれたらしい。
ほかにも招待客の選定、招待状の作成や披露宴の準備など、決めることもやることも山ほどあって、目が回りそうだった。
それでも、すべての準備が整い、その日はやってきた。
結婚式当日。
私は朝からお風呂で身体を磨かれて、ギリギリできあがったウエディングドレスを着せられた。
白い艶やかな絹の生地に金糸銀糸で細かい刺繍が入っているドレスは、とても一か月半で作られたとは思えないほど優美だった。
念入りに化粧を施され、ミルクティー色の髪をまとめあげた姿を鏡で見せられると、そこにはいつもより大人っぽい私がいて、これならダイナードと釣り合いそうと安堵する。
(待ち望んだ結婚式もいよいよね)
喜びに笑みが漏れる。
鏡からも幸せいっぱいの花嫁が微笑み返してくれた。
ベールをかぶせられた私は、お父様、お母様と一緒に馬車に乗った。
「カーティア、綺麗よ。幸せになってね」
「ありがとうございます。ダイナードと一緒ならどんなことがあっても私は幸せです」
お母様が瞳を潤ませ褒めてくれて、私は微笑んだ。
でも、その横に座っているお父様は視線を落とし、ブツブツ言っている。
「まったく。ずっとグズグズしていたくせに、決めたとなるとこんな短期間でカーティアをかっさらっていくとは……」
どうやらダイナードに対して文句を言っているようだ。
苦笑したお母様がたしなめてくれた。
「まぁ、あなた。カーティアの晴れの舞台なんですから、気持ちよく送り出してあげないと」
「……その通りだな。カーティア、おめでとう。でも、なにかあったらすぐに戻ってきていいからな」
「もうっ、あなたったら!」
お父様が視線を上げて気まずそうに私を見て、お母様はあきれたように肩をすくめた。
私は両親に愛されているなと、思わず笑ってしまった。
だけど、これだけは言っておかないとと思って、きっぱり宣言した。
「ありがとうございます。でも、私はダイナードのそばを離れません」
「そうか……」
しゅんと肩を落としたお父様は涙目になり、お母様になぐさめられていた。
「……すっかりカーティアが大人になってしまって、私はさみしいよ……」
そうつぶやいたお父様に、私ももらい泣きしそうになった。
涙をこらえて、窓の外の空を見上げる。
そして、今度は天国のお兄様を思い浮かべて、頭の中で話しかける。
(お兄様、私、ちゃんといろんなものを見て、それでもダイナードを選んだのよ。祝福してね)
すると、お兄様の応えのように、雲の切れ間から光が降り注いで、優しく私を照らした。
結婚式は王宮に隣接する大聖堂で行われる。
私はお父様のエスコートで大聖堂の中へ入っていく。厳かに奏でられる音楽とともに、私たちは赤いじゅうたんの道を進んでいった。両脇には王族の方々を始め、有力貴族、騎士団の面々が参列している。バラ窓から差し込む光が私の純白のドレスをカラフルに染めていた。
行く先には、正装に身を包んだ凛々しいダイナードが佇み、私を見つめている。
愛おしさに胸が爆発しそうになる。
お父様から私を託されると、ダイナードは「綺麗だ」とささやいてくれた。
(本当にダイナードと結婚するんだ……)
夢を見ているような気分のまま、格調高く式は執り行われる。
誓いの言葉とキスを交わし、私は涙ぐんだ。
そして、宣言が行われ、とうとう私たちは結婚した。
五歳からの夢が叶ったのだ。
「おめでとうございます!」
「素敵な式でした」
「ありがとうございます」
結婚式が終わり、ダイナードと腕を組んだ私は大聖堂から出た。
すぐにいろんな人が私たちを取り囲んで、口々にお祝いを言ってくれる。
私たちは幸せいっぱいの笑顔でそれに応えた。
「よかったな、二人とも」
ユリスも近づいてきて、声をかけてくれる。
今日も初めて見る女性を連れている。
でも、その人はいつもと違うタイプで、背の高いキリリとした美人さんだった。
「ありがとう、ユリス」
ユリスとその女性は気さくな関係のようで、彼がリラックスしていてなんだかいい雰囲気だった。
私の勝手な願望かもしれないけど。
彼も幸せになってほしいと心から思う。
そこへ、また別の声が割り込んできた。
「おめでとう、二人とも。本当によかったわね」
「マーリス! 来てくれたのね! あなたのおかげのようなそうでないような……とにかくうれしいわ。ありがとう」
今日も黒ずくめの彼女は「魔女は普通結婚式なんかに出ないのよ?」と言いつつ、祝ってくれる。
だめもとで招待状を送っていたのだけど、ちゃんと出席してくれたのだ。
「あなたたちがうまくいってほっとしたわ」
感慨深げにつぶやいたマーリスは、次にニヤッと笑うと声をひそめて言った。
「お祝いに今度は夫婦げんかしたら、どちらかがネコになっちゃう魔法はどう? 仲直りのキスをしないと元に戻らないの。平和でよくない?」
ダイナードがネコちゃんになった姿を想像して、いいかもと思う。
体格差があるから、普段、私がダイナードを抱っこすることはない。
でも、ネコの姿なら、抱き上げてなで回すことも可能だ。
(うん、とってもいい!)
そう思ったものの、きっと実際は私がネコになって、にゃーにゃー騒いでいるだけになりそう。
ダイナードも想像しているのか、顎にこぶしを当て、口もとをゆるませた。
妄想しているうちに、マーリスは私たちが了承したと思ったのか、手のひらをこちらに向けた。
「ちょっと待って、マーリス!」
ネコはかわいいけど、よく考えたらやっぱり迷惑な魔法かもと慌てて止めた。だけど、時すでに遅しで、ピカッと光がダイナードと私を包む。
「ダイナードでもカーティアでもいいから、ネコになったら見せてくれよな」
そう言ってユリスはゲラゲラ笑っていた。
魔法をかけ終わったマーリスは、満足そうにして「じゃあね」と行ってしまった。
裸になるわけではないからましかもと肩を落としながら、その背中を見送った。
披露宴が終わり、私はまたお風呂で念入りに身体を洗われる。
でも、ここはなじみのあるディルール男爵邸ではなく、ダイナードが騎士団長として与えられている屋敷だ。
今日からここが私たちの新居になる。
バラの香油を肌に塗りこめられ、髪の毛を丁寧に櫛けずられた。
着せられたのは肌が透けるほど薄いレースのベビードールだ。下着はない。
それは繊細で美しいデザインではあるものの、なにひとつ大事なところを隠していなかった。
「お綺麗ですよ」
メイドはそう言ってくれるけれど、こんないやらしい恰好は初めてで、ダイナードに引かれないか、心配になってしまう。
(恥ずかしい……)
私は頬を染め、お尻が見えてしまいそうな短い裾を引っ張った。
すでに散々ダイナードに裸を見られていても、やっぱりそれとこれは違う。
ベビードールの上にガウンを羽織らされて、夫婦の寝室に案内される。
いよいよだと思うと心臓がバクバクして飛び出しそうだ。
戸口でガウンを回収され、心許ないベビードール姿で中へ押し込まれた。
ドキドキしながら視線を上げたら、天蓋付きベッドに腰かけたダイナードがこちらを見ていた。
せっかくメイドが用意してくれたけど、寝室のドアが閉められたとたん、ベビードールが消える。
(心配する必要なかったわ……)
たぶん、ダイナードはあの透け透けのベビードールを見る暇もなかっただろう。
身体を隠しながら、おずおずとダイナードに近寄っていったら、彼がごくりと喉を動かした。
ガウンを羽織っただけのダイナードはおいでとばかりに両手を開いた。
「ダイナード、やっとね!」
うれしくなって、私はその胸に飛び込んだ。
彼のガウンも消え、たくましい胸板に頬を摺り寄せる。
「カーティア……」
かすれた声でダイナードが私を呼び、顎を持ち上げる。
黒い瞳が見えたと思った瞬間、かぶりつくようなキスをされた。
私の髪に手を這わせながら、唇を食むように吸いついてくる。角度を変えては何度も甘噛みするように。
いきなりの熱情に驚いて、私は必死にそれに応えるしかできない。
(え、待って、待って……)
息が苦しくなり、クラクラする。
髪の毛を掻きまわしていた大きな手が首筋から背中をなで、腰をたどった。
それは私の輪郭を確かめているようであり、自分のものだと主張するようでもあった。
「……カーティア、俺のものになってくれるか?」
私の身体をひと通りなでてから、ダイナードは希うように尋ねてきた。
彼の指先がそっと降りてきて、壊れものに触れるようにそっと私の頬をなでる。
当たり前のことなのに、ちゃんと聞いてくれるダイナードはやっぱり真面目で愛おしい。
私は彼の手に自分の手を添え、微笑んだ。
「もちろんよ。私をぜんぶもらって?」
そうして、ようやく私たちは結ばれた――
すると突然、彼のガウンが現れ、私もいつのまにかベビードールを着ていた。
どうやらマーリスの呪いが解けたようだ。
ほっとしていた私に対して、ダイナードは額に手を当て、上を向いた。
「……こんなエロいものを着ていてくれたんだな」
ダイナードの目がキラキラと輝いている。
そんな少年のような瞳をしている彼を見るのは久しぶりだ。凝視しているのはベビードールだけど。
私は恥ずかしくなって、身体を隠した。
「隠さないでちゃんと見せてくれ」
ダイナードはそう言い、私の手を取り払ってしまう。
彼はよっぽどベビードールが気に入ったようで、その夜は思っていたより長いものになった。
でも、「愛してる……!」と何度も告げてくれるダイナードに、幸せを感じながら私は意識を失った。




