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20/25

公聴会

 翌日、お父様に連れられて、私はこわごわと謁見の間を訪れた。

 大理石の柱が立ち並ぶ広間の奥に金色の階段があり、その上には赤いビロードでできた玉座がある。

 広い空間の両側に衛士が並んで警備しているのに、衣擦れの音一つなくシンとしていて、沈黙が耳に痛いようだった。

 ここに来るのは初めてで、その荘厳な雰囲気に呑まれる。

 ダイナードはすでに来ていて、玉座の前に片膝をついていた。

 お父様と私もその後ろに控え、膝をつく。


(本当に辞めるつもりなの?)


 彼の決断を思い、私は切なくその背中を見つめた。

 しばらくすると宰相閣下やマーリスも入ってきて、私たちの前に並んだ。

 

「陛下の御成り〜!」


 先触れがあり、皆、いっせいに平伏した。

 顔を伏せたまま待機していると、国王陛下のいらっしゃる気配がする。

 

「楽にするがいい」


 陛下のお言葉に、私たちは顔を上げた。

 いったいどんな展開になるのかと緊張して、喉がやたらと乾く。

 私はごくりと唾を呑み込んだ。

 まず、宰相閣下が今日の趣旨を話し、マーリスに説明を求めた。

 相変わらず、黒づくめの彼女はテキパキと一連の状況を語る。

 

「私は魔女協会のマーリスと申します。前に伺ったときにご説明しましたが、ロジーナという魔女が協会の管理する秘宝を盗んで、この王宮に侵入しました。そして、騎士団の事務官を装って騎士団長に近づき、彼を精神魔法で操ろうとしていたようです――」


 マーリスは前回、騎士団長であるダイナードだけでなく陛下のもとへも挨拶に来ていたらしい。

 

(それならマーリス一人に任せないで、皆でロジーナを探せばよかったのに。そうしたら、ダイナードが操られる前に捕まえられたかもしれないわ)

 

 そう思ったら、魔女のことは魔女が始末する方針なのと、実際、魔力を持つ者でないと探すのは難しいという理由だと補足があった。

 確かに誰もロザンナがあやしいとは気づけなかった。

 被害に遭っていたダイナード以外は。

 

「驚いたな。本当に魔女がいるとは……」


 お父様が隣でつぶやいた。

 

(そうなのよ! ダイナードはウソなんてつかないんだから!)


 思わず大きな声を上げそうになるのを堪えて、私はうなずいた。

 こんな大げさなことになる前に、お父様さえ早く納得してくれたらよかったのにと唇を噛む。


「この王宮でそんな事態が生じていたとはな……」

  

 一通り、マーリスが説明すると、陛下が顎に手を当て驚かれていた。

 そこに、誰かを責めるような様子はなく、ひそかに安堵したところ、ダイナードが口を開いた。


「……陛下、発言をお許しいただけますでしょうか?」

「許そう」

「ありがとうございます」


 陛下の信頼も篤いと言われるダイナードの発言はすんなり許される。

 感謝の意を告げたあと、彼は話し始めた。

 その張り詰めた表情に、胸が苦しくなる。きっと例の決断を告げるのだと思って。


「マーリス殿の言うとおり、私は魔女に操られて、まんまと彼女を舞踏会のパートナーにしたりともに出かけたりしておりました。これは国の安全を守る騎士団長としてあるまじき失態です。その責任を取り、騎士団長の座を退くことをお許しください」

「なんだと?」


 陛下は片眉を上げ、宰相閣下もお父様も驚いたようにダイナードを見やった。


(本当に言っちゃった……)

 

 精神魔法という不思議な力のせいだし、被害は割れた壺以外なにもないのだから、そこまでする必要があるのかと思う。だけど、責任感の強いダイナードはそのまま放置するのを潔しとしなかったようだ。

 それに、そこまでの犠牲を払ってでも、お父様に身の潔白を示そうとしてくれているのだと感じて、胸がいっぱいになった。


(生真面目すぎるわ!)


 動揺している私とは対照的に、ダイナードは冷静に国王陛下の下す処分を待ち構えている。

 宰相閣下と視線を交わした陛下が鋭い目になり、口を開いた。


「たしかに魔女の侵入を許し、王宮を危機に晒したとも言えるな。貴殿が責任を取ると言うのなら――」

「お待ちください、陛下!」


 国王陛下のお言葉を遮るのは不敬きわまりない。それでも私は看過できず、叫んだ。

 ダイナードが弾けたように振り向く。

 驚いたように目を見開いて私を見ている。


「陛下、私も発言してよろしいでしょうか?」


 緊張に震えそうになる声をなるべく整えて、私は思い切って言った。

 視線をゆるませた陛下はものめずらしそうに私を見る。


「そなたはダイナードの恋人だな。よかろう。申してみよ」


 まさか国王陛下にそんな認識をされているとは思わず、私は目を瞬いた。

 まだこちらを見ていたダイナードがふっと笑う。

 どうやら彼のしわざらしい。

 どんなタイミングでどんな顔で彼は陛下にそれを告げたのだろう。

 うれしいやら照れくさいやらで頬がゆるみそうになるのを引き締めて、私は陛下を見上げた。


「ありがとうございます。カーティアと申します。たしかにダイナードはロジーナに操られていたかもしれません。でも、彼はそれに抗っていました。そして、一人違和感に気づいて調査をしていたのです。ロジーナを捕まえたのもダイナードです。どうか寛大な措置をお願いいたします」


 私は一気に言って、深く頭を下げた。

 昔から誰よりも真摯に鍛錬に励み、努力してきた姿を見ている。だから若くして騎士団長にまで上り詰めたのだ。その立場をこんなことで失ってほしくなかった。


「だが――」


 戸惑った様子のダイナードが口出そうとしたとき、マーリスが手を上げて進み出た。

 ハッと彼女を見つめる。


「私からも補足したいと思います」

「なんだね?」

「カーティアの言う通り、騎士団長はロジーナに精神魔法をかけられ操られていたはずなのに、自分でその技を破って魔女を捕まえたのです。それは常人にはない精神力と言えます。彼の活躍により、災いは防がれました。その彼を騎士団長から降ろすのは得策ではないかと」


 マーリスが味方してくれるとは思ってもおらず、私は感激する。

 すると、彼女は振り向いて、にこりと笑うとウインクした。

 

「ふ~む。宰相はどう思うかね?」


 陛下は処分を決めかねるような様子で、宰相閣下に話を向けた。

 ダイナードにこんなことで騎士団長を辞めてほしくない。

 

(お願い。彼にそんな罰を与えないでください……!)


 私は手を握りしめて祈った。


「ダイナード殿は実力もあり、勤勉で部下にも慕われていると聞きます。失うのは惜しい人材かと。とはいえ、なにもお咎めがないのも示しがつかないので、一週間ぐらいの謹慎が適当かと存じます」

「そうか。それでは、そうすることにしよう。一週間の謹慎を申し渡す。よいな、ダイナード、カーティア嬢」


 当惑しているようなダイナードだったけど、陛下のお言葉に、首を垂れる。

 陛下直々に名を呼ばれた私もどぎまぎしながら再び頭を下げた。


「ご温情を賜り、痛み入ります」

「あ、ありがとうございます!」


 公聴会が終わって、国王陛下と宰相閣下が退出される。

 続いて帰ろうとしていたマーリスを捕まえて、ダイナードと私はお礼を言った。


「マーリス、ありがとう。おかげでダイナードの処分が軽く済んだわ」

「俺からも礼を言う。それに、君の荒療治のおかげでカーティアと想いを通じさせることができた」

「いいえ、真実を言っただけよ。それにあなたたちにはお世話になったし、迷惑もかけたし。まだ魔法は解けてないみたいだしね」


 そう言って、マーリスは肩をすくめた。

 言われてみれば、あの呪いのせいで話がややこしくなったし、いまだにダイナードとイチャイチャできないままだ。

 私たちの関係が変わるきっかけにもなった気もするけど。


「騎士団長の精神力に感心しているのは本当のことなのよ。ロジーナに尋問したんだけど、彼のゆるぎなさに助けられたというか――」


 マリーナは苦笑しつつ、判明した事実を教えてくれた。


 ロジーナは街中で見かけたダイナードに惚れてしまって、なんとか振り向かせようとしていたけれど、秘宝の力を使っても、ダイナードを魅了することはできなかったらしい。

 でも、あるとき、幼なじみに舞踏会のパートナーを断られてショックを受けていると聞いて、ふたたび試したところうまくいったという。


「えぇっ! ということは、あのとき私がユリスを選んだから、ダイナードはロジーナに操られちゃったってこと?」

 

 ダイナードが魅了されたのは私のせいだったと知って、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 マーリスもロジーナも驚くほどの精神力の強さだったというのに。

 

「心が弱ったときに付け込まれたんだな。情けない……」

「情けなくはないけど、そんなにショックだったの?」


 恥ずかしそうに髪の毛を掻き上げるダイナードをまじまじと見上げると、彼は苦笑した。


「もちろんだ。絶望して、世界が終わった気になった」

「そんな大げさな……」

「いや、本当だ」


 大真面目にダイナードが言うから、私は真っ赤になってしまう。

 自分が彼にそんな影響を与えることができるとは思ってもみなかった。

 私だけがダイナードを世界の中心だと思っているのだと考えていた。


「あ~、熱い。あなたたちがうまくいってよかったわ。それにダイナードに惚れたおかげでロジーナも大した悪さをしないまま捕まえられたし」


 悪い魔女を反対に魅了してしまうなんて、さすがダイナードだわ。

 感心しながら、ふと思いついて聞いてみる。


「あの秘宝って、災厄を撒き散らすって言っていたけど、大丈夫だったの?」

「えぇ、あれは悪い使い方をすればするほど濁っていき、限界になると割れて、広範囲の人々の心を暗く染めてしまうの。そうなると諍いが絶えなくなり、陰謀や戦争が起こって、国が亡びる可能性もあると言われているわ」

「そうならなくてよかった……」


 ぶるっと身を震わせて、私は心からほっとした。


「そんな物騒なものは二度と盗まれないように、厳重に管理してくれ」

「もちろんよ。もうこんな失態は犯さないわ」


 ダイナードは念を押して、マーリスは任せてと大きくうなずいた。

 話は終わったと思ったのか、黙って聞いていたお父様が口を開いた。


「ダイナード殿の覚悟を見せてもらった。カーティアをなにより大切に想っているというのは本当だったのだな」


 その肯定的な評価に、私は期待のまなざしでお父様を見る。

 ダイナードも意気込んで尋ねた。


「ディルール男爵、私は信頼を回復できましたか?」

「まぁ、な……。騎士団長を退こうとしたのは男爵家に入ることを見越してか?」

「はい。責任を取りたかったのも本心ですが、それも考えました。カーティアと結婚するための条件というなら、私は喜んで騎士団長の地位を返上しましょう」

「ダイナード……」 


 彼がそこまで考えてくれていたのだと感動して、私は泣きそうになった。

 ダイナードの決意を聞いたお父様は、そっけなく言う。


「今はそこまでする必要はない。私もまだ引退するつもりもないしな」  

 

 口調とはうらはらに、それはダイナードを受け入れるような言葉に聞こえた。

 ダイナードもそう感じたようで、改めてお父様に問いかける。

  

「では、カーティアとの結婚を許していただけますか?」

「……認めざるを得ないだろう。陛下にまで認識されているんだ。それも君が根回ししたのだろう?」


 お父様はしぶしぶというようにうなずいてくれた。

 そして、苦笑しながら付け加える。


「それに君だったら、なにからもカーティアを守ってくれそうだ」


 それを聞いたとたん、私はうれしくなって、お父様に抱きついた。

 ダイナードも弾んだ声を上げる。


「ディルール男爵、感謝します。命に代えてもカーティアを守ります!」

「お父様、ありがとうございます! でも、私は守ってもらわなくてもダイナードと生きていきたいわ」


 私の言葉にダイナードはハッと私を見た。

 もう守ってもらうだけの存在は嫌だわと目で訴えると、私の意図を理解してくれたようで、ダイナードがうなずき微笑んだ。

 喜びにあふれて、今度はダイナードに抱きついた。

 幸せで今なら空も飛べそうだ。 


「おめでとう。拗れまくってたみたいだけど、これであなたたちも無事解決ね」


 マーリスも笑って祝ってくれる。

 こうして不安で始まった公聴会は、私が一番望む形で終った。

 

 

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