衝撃の事実
ダイナードは三年前に病気で亡くなったお兄様の親友だ。
学生のころから仲が良かったので、たびたびディルール男爵邸に遊びに来ていた。
お兄様もダイナードも八つ下の私を可愛がってくれたし、私も二人になついていた。
といっても、私は最初からダイナードに惚れていたんだけど。
今でもはっきり覚えている。少年時代の彼に初めて会った日のことを。
走って転びそうになった私を抱きとめて、ダイナードはにこりと笑ったのだ。『危ないぞ』と。
その腕の力強さ。十三歳にして凛々しい顔。落ち着いた声。
すべてが素敵だった。
その瞬間、私の頭の中で盛大に鐘が鳴り響いた。
五歳で私はもう、生涯愛する人はこの人だと確信したのだ。
ダイナードは穏やかで頼りがいがあって優しい。
時を重ねてもその直感は変わることなく、むしろ彼のことがどんどん好きになった。
デビュタントのときは彼にパートナーになってくれるよう頼み込んで、了承されたときには有頂天になったものだ。
純白のデビュタントドレスに身を包み、大きなダイナードの腕にぶらさがった私は、最高に幸せだった。
「見違えたよ。きれいだな」
ドレスはパールで飾られた少し大人っぽいデザインを選んだ。
早くダイナードに大人になったことをアピールしたかったから。
その姿をダイナードは褒めてくれて、これでようやく彼に女として認めてもらえると喜んだ。
騎士の礼服に身を包み前髪を上げたダイナードは、凛々しさを増して輝いて見える。
(この人が私のパートナー……!)
胸が躍って、苦しいぐらいだった。
ダンスのときは彼のリードでくるくる回り、ふんわりと裾が広がるのを楽しむ。
ダイナードのリードはとても安定感があって、何度も一緒に練習してもらったおかげで、楽しく踊ることができた。
慣れないヒールに足をひねり、ダイナードの抱っこで退場することになってしまったのもいい思い出だ。
せっかくのデビュタントの舞踏会を早々と抜けなくてはいけなくて涙目になった私を、ダイナードは軽々と抱き上げてくれたのだ。うれしくて涙は引っ込んだ。
「キャー、素敵!」
「見て! うらやましいわ」
素敵な彼に抱えられ、その首もとに掴まって、女性たちの羨望のまなざしを受ける。
私のダイナードよと見せつけることができたと正直浮かれていた。
(もう大人の仲間入りだもの。このまま交際を申し込まれちゃったりして!)
期待してドキドキしていたけど、ダイナードは私をディルール家に送り届けるとあっさり帰ってしまった。
待てど暮らせど、肝心の彼にはその気がないようで、がっかりする。
いくらダイナードに迫ってもいなされ、頭をなでられるだけだったのだ。
「子ども扱いしないで! 私はもう社交界デビューしたのよ!」
「はいはい、そうだな」
プンプン怒っても彼は目を細めるだけで、それは幼い子の癇癪を微笑ましげに見ているようなまなざしだった。
ダイナードにとって、私は初めて会った五歳のときの幼いイメージのままで、そこから離れられないようだ。
それでも、いつも舞踏会のパートナーを務めてくれたし、翌年、お兄様が急死したときも抱きしめて慰めてくれた。
ダイナードがいなかったら、優しいお兄様の死から立ち直れなかったかもしれない。
(あのときは悲しくてつらくて、どうしようかと思ったわ……)
私はショックで食欲をなくし、げっそり痩せてしまった。
夜もなかなか眠りにつけず、気がつくと涙を流しているというありさま。
心配したダイナードが見かねて、ソファーで私を抱きかかえ、寝かしつけてくれた。
彼の広い胸の中は温かく、すっぽりと包まれた私は安心して、ようやくうとうとすることができたのだ。
そのせいで、お兄様の死後、ダイナードは私に対して過保護になった。
王宮に勤めだしてからは、つねに私の体調を気遣い、会うたびにお菓子をくれる。
でもそれは、あくまで妹分として心配してかわいがってくれていただけだった。
それに不満を覚えるものの、超モテる彼には浮いた話もなく、一番近いところにいるのは私だと思い込んでいた。
ダイナードは私の成長を待っていてくれているのだ。婚約者も作らないで。
そう思っていた。ついこの間までは――。
その日、私は休憩時間に、騎士の鍛錬所に向かっていた。
時間が合えば、ダイナードと一緒にランチをしようと思って。
騎士団にはふいの出動や演習があり、その中でも騎士団長のダイナードは会議やなんやでいないことも多いけど、それ以外のときは快く私に付き合ってくれた。
食堂でランチを食べたり、中庭で買ってきたサンドイッチをつまんだりして、たわいもない話をして過ごしていた。主に私がしゃべる側だったけど。
(今日はダイナードいるかしら?)
鍛錬所を覗いたら、がらんとしていて誰もいない。
どうやら今日はハズレのようだとがっかりして引き返そうとしたとき、声をかけられた。
「あら、騎士団長をお探しですか? 食堂に行かれたわ。部下の皆さんと」
振り向くと、色っぽいお姉さんがいた。
豊かなブロンドに紫の瞳が神秘的で、目もとのほくろがセクシーだ。
騎士棟の事務服を着ているのだけど、胸ははちきれそうなのに、腰は細くて、うらやましいスタイルの良さだった。
たしか、新しく事務員として入ったロザンナさんだ。
彼女は感じのいい笑顔でにこやかに私を見ている。
(騎士のみんなが騒ぐはずだわ。こんなに美人で素敵なんだもの)
彼女をめぐって諍いが増えて、騎士団内が殺伐とした雰囲気になっているらしい。
ダイナードも彼女に惹かれたらどうしようと思って聞いてみたことがあるけど、特に興味はなさそうだったので、ほっと胸をなでおろしたものだ。
「そうなんですね。ありがとうございます。それじゃあ、食堂に行ってみます」
私もにっこりと笑みを返して、食堂に行こうとした。
すると、ロザンナさんが引き留めるように声を漏らした。
「あ……」
「なんでしょう?」
なにか用があるのかと立ち止まったら、彼女は気まずそうに口ごもった。
呼び止めたわりに、首を横に振る。
「い、いいえ、ごめんなさい。なんでもないんです……」
「なんですか? 言ってください」
あきらかに私になにか言いたがっている様子なのに、困った顔をして私を見つめるロザンナさんを促すように尋ねた。
私は物事をあいまいにしておくのが苦手なのだ。
「あの、ね……気を悪くしないでほしいのですが……」
「はい」
ロザンナさんがためらいがちに口を開くので、なにを言われるのだろうと身構えた。
ダイナードによくひっついている私は、嫉妬で女性からきつく当たられることが多いからだ。
だから、私には仲のいい女友達はいない。
私はダイナードさえそばにいてくれたらいいから、気にしていないけど。
でも、ロザンナさんの話し方は私を気づかうようで、悪意はなさそうだった。
「今日は食堂には行かないほうがいいと思うんです」
「どうしてですか?」
「あの、ね。あなたが王宮に勤めだしてから、毎日のように騎士団長のところへ来るから、部下の方とのコミュニケーションが不足しがちで、困っているとこぼされていて……」
「え……」
思ってもみないことを言われて私は固まった。
その反応を見て、ロザンナさんは慌ててフォローしてくる。
「私はね、微笑ましいと思って見てるのよ? お兄さん代わりなんですってね。団長もあなたを妹のようにかわいがってるからこそ言えないのだと思うし。ちょっと邪魔だなんてね。ほかの方も騎士団長を差し置いて注意できないでしょうし……」
「お兄さん代わり……邪魔……?」
「いえ、ちょっとだけよ? 頻繁じゃなきゃ大丈夫よ、きっと」
ガツンと殴られたように衝撃を受けて、私は呆然とその言葉を繰り返した。
ロザンナさんはなぐさめるように優しく言ってくれるけど、私が邪魔だと思われているのはたしからしい。
もちろん、私がお兄様の代わりとしてダイナードを見ているはずがない。それを知っているはずの彼がいまだにそういうつもりで、しかも周囲に――ロザンナさんに伝えているってことだ。
やっぱりロザンナさんに私との関係を誤解されたくなかったのかしら?
それにダイナードの仕事の邪魔になっているとは想像もしていなかった。
(そんなに私は迷惑だったの……?)
あの寡黙な彼が愚痴を漏らすなんてよっぽどのことだ。
そんなこととは気がつかず、無神経な自分が嫌になる。
「教えてくれて、ありがとうございます……」
ショックでよろけた私は、ロザンナさんへの挨拶もそこそこにその場を立ち去った。




