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結婚の申し入れ

 ユリスが去ったあと、しんみりしていたのに、服が消えた。

 私を腕に抱いていたダイナードの服ももろともに。


(も~、この呪いはゆっくり落ち込ませてもくれないの?)


 ダイナードの身体で裸は隠されているものの、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 熱くなった頬のまま、彼に訴える。


「やっぱり早くこの呪いを解きたいわ」

「あぁ、そうだな。そのためにも早く君の父上に結婚の許可をもらわねば」


 生真面目なダイナードは手順を崩すつもりはないようだ。

 少しがっかりするも、婚約者という立場になったら考えが変わるかもと期待する。

 いいえ、変えていこう。

 

(私だって、もう待ってるだけじゃないんだから! 覚悟してよね!)


 そんなことを考えているとは思いもしない様子でダイナードが顔を近づけてきて、微笑んだ。

 黒い瞳がやわらかく私を見つめ、その甘いまなざしにキュンとしてしまう。

 

(ダイナードってば、堅物なだけじゃなくて、そんな表情もできるの? ずるいわ!)


 彼をがんがん攻めていこうと思ったばかりなのに、心拍数が急上昇して、結局振り回されるのは私ばかりな気がした。

 八歳差の大人の余裕はなかなか崩せないようだ。

 ダイナードは私の好きな落ち着いた声で言う。


「君が働いている間に、ディルール男爵から訪問の了承の返事が来たんだ。一緒に行こう」

「うん。私も早くダイナードと婚約したい」


 呪いを解きたいだけでなく、彼との関係を一気に深めたいと思った。

 迎えに来ていたうちの馬車を帰して、私たちはダイナードの馬車で屋敷へ戻ることにする。

 馬車の中も二人きりになるという状況を忘れて。

 おかげで、御者がドアを閉めたとたん、私は慌ててしゃがみ込むはめになり、ダイナードは焦って窓のカーテンを下して回った。

 

(早く落ち着いてイチャイチャしたいわ……)


 せっかく想いが通じ合ったのだから、いきなり裸ではなく、ささやかな触れ合いから始めたかった。恋人らしい甘い感じで。

 身体を隠しながら、私は深い溜め息をついた。



 うちの屋敷に着くと、先触れがあったから、玄関ホールで執事が出迎えていた。

 私はお父様に連絡するよう執事に告げると、そのままダイナードを居間に案内した。

 豊かな領地を持つディルール家はそこそこ裕福で、居間には、お父様こだわりの華やかな装飾のマントルピースの暖炉や家具が揃えてある。壁には美しい絵画や緻密に織り上げられたタペストリーが飾られ、自慢の部屋だ。もちろん王宮の豪華さには負けるけれど。

 ベルベットの赤いソファーにダイナードを座らせ、私もその横に腰かけて、お父様を待った。


「ここに来るのも久しぶりな気がするな」

「ごめんなさい。私が断ってたからよね」

「いや、カーティアが誤解するような態度を取っていたのは俺だ。君は悪くない」


 そう言ってくれるダイナードは昔から私に甘い。

 メイドがお茶とお菓子を出してくれる。

 甘いものが苦手なダイナードのために、チーズや生ハムの載ったカナッペも用意されていた。

 私たちは長い付き合いだから、屋敷の者もわかっているのだ。

 いろんなことがあって、喉が渇いていた私は一気にお茶を飲んでしまった。

 控えていたメイドがお茶のお代わりを注いでくれる。

 ダイナードと二人きりにならず、ほっとした。

 そこへお父様が現れる。


「よく来てくれた」


 歓迎の言葉を口にしたわりに硬い表情のお父様に、あれと違和感を覚えた。

 結婚の申し込みに対してなんの不安も抱いていなかったのに、急に嫌な予感がしてくる。

 時候の挨拶を終えたダイナードは、さっそくお父様へ切り出した。

 

「ディルール男爵、カーティアとの結婚をお許しください」


 頭を下げたダイナードに、お父様は明確に渋い顔をした。

 私がダイナードを好きでたまらないとご存じだから、てっきりお父様も二つ返事でうなずいてくれるものと思っていたのに。

 私の期待に反してお父様は了承するどころか、ダイナードを問い詰めてきた。

 

「君は別の女性と結婚するのではなかったのか? そういう噂で持ち切りだったが」

「いいえ、あれは誤解なんです」

「誤解もなにも、君が舞踏会で噂の女性をパートナーにしているのをこの目で見たぞ?」


 ダイナードが首を横に振るけれど、お父様は冷たい声でなじった。

 お父様もダイナードがロザンナさんを連れているところを見ていたのだ。

 ダイナードは予期していたのか、動揺することもなくお父様に説明する。


「大変不甲斐ない話ですが、そのとき私は魔女に操られていたのです。私の意志ではありませんでした」

「魔女だと!? よりによってそんな稚拙な言い訳をするとは……。君には失望したよ」


 あきれたようにお父様が言い捨てる。

 魔女がおとぎ話の存在だと思っているのだ。

 たまらず、私は横から口を出した。


「お父様、ダイナードは本当に悪い魔女に操られていたんです!」

「私がパートナーとして連れていた女性が魔女だったんです。幸い、今日捕えることができて、魔女協会に連行されていきましたが」


 二人で言い募ったけれど、お父様はふんっと鼻を鳴らして、取り合ってくれない。

 まったく信じていない様子で言った。


「魔女協会? そんなものは聞いたことがない。しかも、そんな都合のいい話があるか? だいたい、カーティアも彼とは結婚しないと言っていたではないか」

「それは、ダイナードが私と結婚する気がないと誤解してたからです! その誤解を招いたのも魔女なんです。でも、ダイナードがプロポーズしてくれたから、私は――」

「信じられんな。ダイナード殿、君はカーティアに誤解かなにか知らんが、ほかの女性の影を見せて傷つけた。それなのに魔女というわけのわからない存在のせいにしてごまかすのかね?」


 余計なことをしてしまったと私は焦って弁解しようとしたけれど、お父様はかえって不機嫌になって、ダイナードに厳しい言葉を投げかけた。

 それに対してハッと目を見開いたダイナードは反論せずに神妙にうなずく。なにか考え込むようなそぶりをしたあと、静かに話し出した。


「ディルール男爵のおっしゃる通りです。私は愚かにもカーティアの好意に甘えて、自分の気持ちを伝えるのを怠っていました。そのうえ、魔女に操られるという失態を犯し、カーティアを傷つけてしまったのです。しかし、カーティアへの想いは本物だと断言できます。身の潔白を示すためにも、魔女協会に陛下の御前で今回の騒動について報告してもらおうと思います」


 なんだか話が大きくなって、私は不安になった。

 それに、一連の出来事をつまびらかにするのはダイナードにとって不利益になるのではないかと思って心配になる。

 それなのに、ダイナードとお父様は話を進めてしまう。


「承知した。まずは君が本当に信頼に値する男だというのを証明してもらいたい。話はそれからだ」

「わかりました。信頼を回復できるように尽力します」

「期待してるよ」


 きっぱりと言い切ったダイナードの誠実な様子に、お父様の態度も少し軟化した。

 私は黙っていられず、口を挟んだ。

 

「でも、お父様――」

「だめだよ、カーティア。簡単に結婚を許すわけにはいかない」

 

 なにも言う前に拒否されてしまって、肩を落とす。

 結局結婚の許しは簡単に得られそうになくて、私はがっかりした。

 私の落ち込みがわかったのか、ダイナードは私の頭をなで謝ってくれる。


「俺のせいでこんなことになってしまって、すまない。だが、ちゃんと証明してみせる。ただ――」

「ただ?」

「いや、なんでもない。それでは、俺はさっそく魔女協会に連絡して、陛下に事の次第をご報告することにしよう」


 切なそうに微笑んだダイナードはそう言うと去っていった。


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