ユリスの優しさ
「ずいぶん過酷な訓練をされたのですね。騎士団長様がこんな怪我を負うとは」
医務室に行ったら、お医者様が傷に障らないようにそっとダイナードの服を脱がしながら眉を上げた。
血が固まって服が貼りついているようだ。
こんなときにこそ呪いが発動して、服が消えたらいいのにね。
「ちょっと悪い魔女を捕まえてたんだ」
「魔女なんて、ご冗談を」
ダイナードは大真面目に言ったんだけど、お医者様はハハッと笑って流した。
本当のことなんだけどなぁ。
でも、やっぱり魔女が実在するなんて思わないよね。
ダイナードもそう思ったのか、私たちは目を見交わして苦笑した。
お医者様は無数の傷跡に一つ一つ丁寧に処置をして、ダイナードの上半身を包帯でぐるぐる巻きにする。
痛々しい姿に私は視線を落とした。
(私を庇ったせいで、こんなに怪我を……)
彼一人だったら、もっとうまく対処できたに違いない。
私が落ち込んでいると、ダイナードのほうも血まみれの服を眺めながら、顔をしかめた。
「これではディルール家を訪れることはできないな」
がっかりしている彼を見て、口もとがゆるんだ。
一刻も早く結婚の許しを得たいという彼の気持ちがうれしかったのだ。
だけど、ふと気づいて、ダイナードに問いかける。
「うちに来る以前に、業務は大丈夫なの?」
ちょっと抜けてきたというにはずいぶん時間が経っていた。
ダイナードは服を身につけながら、うなずく。
「あぁ、ユリスが君へプロポーズしたと聞いてから、居ても立っても居られなくなり、すぐ休暇を申請したんだ。頭がはっきりしているうちに君に会いたいと思って。むしろ、君のほうの時間を取りすぎてしまっている。すまない」
「そうだったのね」
ロジーナに操られていたというのに、そして私に嫌われたと思っていたというのに、ダイナードは会いに来てくれたのだ。そのおかげで、ロジーナは捕まえられたし、想いを確かめ合うことができた。
ダイナードには感謝しかない。
でも、たしかに想定外のことが起こりすぎて、職場を離れすぎていた。
ダイナードは私を借りると許可を取ったらしいけど、上司もここまでかかるとは思っていないだろう。
「早く戻らなきゃ!」
私が慌てだすと、ダイナードもうなずいて立ち上がった。
お医者様にお礼を言って、私たちは廊下へ出る。
「じゃあ、私は仕事に戻るね」
「あぁ、俺はいったん屋敷に戻って、ディルール男爵に訪問の先触れを出すことにしよう」
ダイナードはまだうちへの訪問をあきらめていないようで、彼の本気度が伝わって、ドキドキする。
それはうれしいけれど、私には先にやりたいことがあった。
「ねぇ、ダイナード。お父様にその話をする前に、ユリスに謝りに行きたいわ」
真剣にプロポーズしてくれたユリスにはちゃんと自分の口で伝えておきたかったのだ。
私の言葉に、ダイナードは気が咎めるような表情になる。
「その通りだな。俺は自分のことしか考えていなかった……」
反省するように額に手を当て、彼はつぶやいた。
そして、私を見つめて言う。
「気づかせてくれて、ありがたい。ユリスに謝らなくてはいけないのは俺のほうだ。カーティアじゃない。すべて俺の責任だ」
「そんなことないわ。でも、私たちの問題なんだから、二人で謝りましょう」
「あぁ、そうだな」
ダイナードは褒めるように私の頭をなでてくれる。
でも、もうそのしぐさを子ども扱いとは思わなくて、目を細めた。
私は職場に戻り、ダイナードは屋敷に帰って、仕事が終わったあと、ふたたび騎士棟で待ち合せることにした。
今日の業務を終え、騎士棟へ行こうとしたら、ダイナードが戸口で待っていてくれた。
紺色の騎士服にビロードのマントをつけた彼は、わざわざ正装に着替えてきてくれたようだ。
ダイナードはいつもかっこいいけど、精悍さが増してときめきが止まらない。
しかも、この胸の高ぶりをこれからは我慢しなくていいのだ。
「行こうか」
ダイナードがエスコートするように手を出した。
その手に手を重ね、騎士棟へ向かう。
ダイナードが休みを取ったので、副団長であるユリスは団長室に詰めているはずだという。
「……ユリスは俺を煽っていたように思う。だが、ユリスだって――」
ぽつりとダイナードがつぶやいた。
『お前がロザンナを選ぶなら、俺がカーティアをもらう』とユリスに言われて、『ロザンナなんて選ぶはずがない!』と返したらしい。そうしたら、ダイナードがいきなり休むと言い出しても、ユリスはニヤニヤしてあっさり送り出してくれたようだ。
(もしかして、わざとダイナードにプロポーズしたことを伝えたってこと?)
ユリスの考えがよくわからず、私は首をかしげた。
団長室の獅子の彫刻が施された分厚い扉をノックすると、やっぱりそこにユリスはいた。
私たちが連れ立ってきたのを見て、彼は開口一番言った。
「あ~、ようやくお前ら、くっついたのか! 俺の苦労も報われるというもんだ」
「えっ、苦労?」
「まさか、カーティア、あの告白を本気にしたのか?」
ユリスがククッとおかしそうに笑うから、私は謝ろうと思っていたのも忘れてむくれた。
「からかってたの? 私、すごく悩んだんだから! 夜も眠れないくらい……」
「迫真の演技だっただろう? お前たちのために一肌脱いでやったんだ」
「もうっ、やっぱりウソだったのね! 優しいユリスは変だと思ってたのよ」
私が騙されたとプンプン怒っていると、ユリスはいつもの意地悪な顔で腹を抱えて笑っている。
その顔を憎たらしく思いながらも、ほっと安堵した気持ちにもなった。
彼を傷つけることにならなくてよかったと。
「やっぱりお前をからかうのは面白いな」
「私はあなたのオモチャじゃないわ!」
そんないつものやり取りをして、やっぱりユリスとの関係はこれが落ち着くとひそかに思う。
そろそろダイナードがなだめてくるころだと思ったら、予想に反してダイナードが真摯な顔でユリスに謝った。
「ユリス、悪いな。俺はカーティアと結婚する」
それは短い言葉だったけど、うしろめたさと感謝の気持ちが入り混ざっているようだった。
ダイナードの表情を見て、ハッとする。
それで鈍い私もようやく気づいた。
ユリスは演技ということにしてくれたのだ。
私たちに罪悪感を与えないように。気まずくならないように。
それもわからず、怒っていた自分が恥ずかしくなる。
(私はなにもわかっていなかったわ。ダイナードのこともユリスのことも。もっと視野を広くしたい)
今までの自分が幼いと思われていたのも無理ないと痛感する。
お兄様やダイナードに言われてきたのはそういうことだったのかと、初めて理解できた気がした。
「功労者の俺にたっぷり奢れよ?」
「あぁ、必ず!」
ユリスは偉そうな素振りで答え、ダイナードがうなずいた。
私は胸が熱くなって、思わずユリスに抱きついた。
「ユリス、ありがとう」
いきなりだったからか、私を抱きとめたユリスは驚きに目を見開いたけれど、すぐにんまり笑って、からかってきた。でも、その手は優しく私の髪をすくい上げて指にからめる。
「なんだ、カーティア、もう浮気か?」
「違うわ!」
反射的に言い返すと、口を尖らせる。
首を振って、その指を外した。
(もう、ユリスってば、人がせっかく感謝してるのに!)
そう思っていたら、ぐいっと腰を持たれ、後ろに引っ張られた。
ユリスから引き剥がされた私は、ダイナードの胸に捕らわれる。
「いくらユリスといえども、ほかの男に気軽にくっつかないでくれ」
ボソッと耳もとでダイナードがつぶやくので、私は目を丸くして彼をまじまじと見上げた。
(ダイナードが嫉妬してる!?)
「ハハハッ、まぁ、仲良くやれよ」
私たちの様子に爆笑したユリスはそう言うと、手を振って部屋を出ていってしまった。
彼のわかりにくい優しさに目が潤んだ。




