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世界で一番大嫌い…

 放り込まれた部屋はリネン室のようで、シーツやテーブルクロスなどのファブリックが詰め込まれた棚がところ狭しと並んでいた。

 そして、そこは無人だった。つまり二人きり。

 ダイナードの上に落ちた私は、素っ裸になっていた。


「きゃあっ!」


 私の下敷きになったダイナードは、身体が見えないように腕で囲ってくれる。

 毎度のことながら、私に触れたので、彼の服も消えてしまった。

 誰にも見られていないからいいものの、裸で密着しているなんて破廉恥極まりない。

 本当にマーリスはなんていう魔法をかけてくれたのだ。

 これでは『ゆっくり話し合う』もなにもない。

 私が羞恥で真っ赤になっているというのに、ダイナードは平然とつぶやいた。


「……だんだん慣れてきたな、この状況にも」


 それを聞いて、かぁっと頭に血が上った。

 私の裸など、ダイナードにとっては大したことではないらしい。

 そこまで女として見られていないのかとがっかりして、悲しみを通り越し、腹が立ってくる。私はムカムカして立ち上がった。

 

「慣れる? それならじっくり見て」

 

 やけになって両手を広げ、全身をダイナードに見せつける。

 彼はギョッとした顔をして、慌てて横を向いた。


「違う。そういうことじゃない!」

 

 でも、私は許してあげない。

 彼の手を取り、胸を掴ませた。

 

「ほら、胸もこんなに大きくなったのよ?」


 私の胸はダイナードの大きな手でちょうど覆えるくらいで、なかなかの大きさだと思う。


「や、止めろ!」

 

 ダイナードは火に触れたみたいに飛び退って、私の手をはらった。

 そんな彼との距離を詰めて、挑むように言う。

 

「私の裸に慣れたんじゃないの? よく見てよ!」

 

 怒りと悲しみが恥ずかしさを上回って、感情が爆発した。

 振られるにしても、せめて女として意識してもらいたいと思った。

 ダイナードは片手で目を隠しながら低い声で言う。

 

「君、ぜったいに男と二人きりになるなよ?」

「当り前じゃない! だいたい、あなたの前でしかこんなことにならないんだから!」

「……そんなに俺のことが嫌いなのか?」

「えぇ、嫌いよ! 世界で一番大っ嫌い!」

 

 目が潤んできて、泣きだす前に私は踵を返した。

 

(どうして私はダイナードのことをあきらめられないんだろう……)

 

 服が消えるたびに、まだ彼のことが好きなんだという事実をつきつけられる。

 居たたまれなくて私は部屋を出ようとした。

 裸のままだけど、二人きりじゃなくなれば、きっと服は戻ってくるはず。

 

「待てっ! 行くな! 君のそんな姿をほかのヤツに見せられるか!」

 

 手首を掴まれ、引き留められる。

 こんなに暴言を吐いても、ダイナードは私を気づかってくれる。愛してはくれないくせに。

 

(もう終わりにしよう)

 

 私は自分の恋心に疲れてしまって、そう思った。

 意を決して告げる。彼に背を向けたまま。

 

「……ダイナード、私のことは妹としか思えないって言って。今までもこれからもずっと、女として見ることはできないって。そうしたら、この呪いは解けるから」

 

 私は彼に背を向けたまま言った。

 それはきっとダイナードが言いたくて言えずにいた言葉だ。

 泣きそうになるのを目をギュッとつぶってこらえる。

 ダイナードがハッと息を呑む音が聞こえた。

 

「そんなことできない!」

 

 決定的な言葉を想像して覚悟していたのに、聞こえたのは意外なものだった。

 思わず私は振り返る。

 

「なんで?」

 

 すると、ダイナードは慌てて私の身体を見ないように目を逸らしながらも近寄ってきた。

 ふたたび私を胸に引き寄せると、じっと見つめてくる。

 

「……君が俺を嫌いでも、俺は君のことが好きだからだ」

 

 かすれた声で告げたダイナードの瞳には熱がこもっていた。

 ちゃんと聞こえたのに、とても信じられなくて、私は呆然として彼の目を見返す。

 

(…………好き?)

 

 ずっと待ち望んであこがれていた言葉に思わず喜びそうになるけれど、ぬか喜びかもしれないと思い直した。

 恋愛の好きではなくてただの親愛かもしれないと思ったのだ。

 

「だったら、私を抱けるの? それでも、この呪いは解けるわ」

 

 挑むように言ったとたん、両肩を持たれて壁に押しつけられた。

 そして、ダイナードは私の顔を挟むように、壁にバンッと両手をつく。

 いつになく乱暴なしぐさにびっくりして、彼を見上げたら、荒々しい瞳が私を見下ろしていた。

 

「……俺の理性を試そうとするのはよせ! 今でもギリギリなんだ」

 

 ゴクリと喉を動かして、なにかに耐えるようにしている彼に、信じられないと目を見開く。

 でも、押しつけられた身体の中心に硬いものの存在を感じた。

 私に触れているから、ダイナードの服も消えていて、直接当たっているそれはやけに熱い。

 

(もしかして、これって、アレなのかしら? まさかダイナードが私に欲情してる……?)


 うろたえつつも問いかける。


「でも、だって……ダイナードにとって、私は妹分以上には思えないんじゃなかったの?」

「違う。たしかに妹のように大事に思ってきた。だが、君は俺の人生の中で唯一無二の女性でもある。遅すぎるかもしれないが、ユリスへ返事する前に俺との結婚も検討してくれないか? 君のいない人生など考えられないんだ」


 驚きすぎて、ひゅっと息を呑み、呼吸が止まる。

 ダイナードは真剣なまなざしで、切実に訴えてくる。

 それはまぎれもない愛の言葉に聞こえた。

 彼がそんなことを言ってくれるとは思わなくて、涙が出そうになる。


(これってプロポーズよね?)


 だけど、ずっと片想いだと思っていた私はその言葉をすぐには信じられなかった。

 第一、ダイナードはそんなそぶりを見せたことはなかったから。


「でも、それならどうして私の気持ちに応えてくれなかったの?」

「クラウディオと君が二十歳になるまで想いを告げないと約束したんだ。だが、それは言い訳だな。俺が愚かなだけだ」

「お兄様が!?」


 思い当たるふしがある。

 お兄様はいつもダイナード以外にも目を向けろと言われていた。私があまりにも物事をダイナード中心に考えるから。

 それが自分の恋路を邪魔しているとは思ってもみなかった。


「それじゃあ、本当にダイナードは私のことが好きなの?」

「あぁ、好きだ、カーティア。ずっと昔から……」


 感極まって、ギュッとダイナードに抱きついた。

 喜びに頭が爆発しそうだ。

 でも、彼は逆に身を引こうとするから、とたんに不安になる。やっぱり勘違いだったのかと思って。


「っ、だから、刺激するのは止めてくれって……」


 額に手を当て、そっぽを向いたダイナードの耳の端は赤かった。

 お腹に当たっているものもむくりと大きくなったみたいだ。

 うれしくなって、もう一度抱きつく。


「我慢しなくてもいいのよ?」

 

 私が言うと、真意を問うように彼は凛々しい顔をグッと近づけてきた。

 その瞳は思った以上に欲を露わにしていて、トクリと心臓が跳ねる。

 

「……でも、君は、俺のことが嫌いなんだろ?」

 

 そう言われて、私が自分の気持ちを偽っていたのを思い出す。

 ダイナードはだからためらっていたのだ。

 誠実な彼がやっぱり好きだと思う。

 素直に告白しようと思ったけど、ふといたずら心が湧いた。

 彼にはずっと焦らされてきたから、少しぐらい困らせてみたくなったのだ。


「キスしてくれたら好きになるかも」


 そう告げたとたん、口が熱いものでふさがれた。

 目の前にダイナードの伏せた目がある。

 彼は本当にキスしてきたのだ。

 でも、唇はすぐ離される。


「ダ、ダイナード……」


 真っ赤になって彼を見上げた私に、ダイナードはささやいた。


「これで好きになったか?」


 まだ息のかかる距離に彼の顔はあった。

 色気の滴るまなざしに、こんなのずるいと思う。

 いつものダイナードに振り回される私になってしまっている。


「……もっと、もっとキスして。大人のキスを……」

 

 ちょっとくやしくなってねだってみたら、ダイナードは目を見開いたあと、ふたたび唇を落としてきた。

 今度は唇を開けるようにと舌が催促してきて、それに応えた私の口へ忍び込んでくる。

 熱い息と舌が私の口の中を満たす。

 なにかを探すようにさまよっていた舌は、縮こまっている私の舌を見つけて絡め取った。

 優しく擦られて、はぁっと甘い息が漏れた。


(なにこれ、気持ちいい……)

 

 ダイナードは私の後頭部を掴んで引き寄せ、吸いついてくる。

 私は一生懸命それに応えた。

 息が苦しくなっても彼は離してくれず、酸欠になってクラクラする。

 ようやく唇が離されても、私は放心したままだった。

 私の唇を拭い、ダイナードは小首をかしげる。

 

「これで好きになったか?」

 

 もう答えはわかっているだろうに、先ほどと同じ質問をしてきた。

 私は彼の首もとに腕を絡めてとうとう言った。

 

「好き……。ダイナード、好きなの、ずっと……」

 

 涙声で繰り返すと、彼はもう一度キスをくれた。

 唇が離れるともう一度、角度を変えてもう一度、何度も何度もキスを繰り返す。


「カーティア、愛してる」

「うん、私も」


 額同士をくっつけて、微笑み合い、またキスをした。

 

 

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