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あなたは誰なの?

 ユリスのプロポーズに、私は悩みに悩んだ。

 翌日も部屋の中をうろうろと歩き回って考える。


(どうしよう?)


 迷ったときにはいつもダイナードに話を聞いてもらってアドバイスをもらっていた。

 でも、こんな話を言えるわけがない。

 そうなると悲しいことに私には相談相手が誰もいない。

 

(本当に私の中にはダイナードしかいなかったんだなぁ)

 

 すぐからかうから嫌いと思っていたけれど、ユリスとは気心が知れているのはたしかだ。

 気軽になんでも話せる。

 どうせ結婚しないといけないのなら、今から知り合うほかの人よりよっぽどいい。

 

(それに、最近の優しいユリスだったら……)


 このところ、彼に対する印象ががらりと変わって、心が揺れ動く。

 だけど、ユリスは私が好きだと言ってくれた。それなのに、私が打算で彼を選んでいいの?

 そんな迷いがどうしても抜けない。

 だって、私が反対の立場なら、切なくて苦しくてたまらなくなると思うから。

 ユリスはそれでもいいと言ってくれたけど。


(そうよ、ユリスはダイナードのことが忘れられなくてもいいとまで言ってくれたのよ? それにどっちにしても、もう彼のことはあきらめるしかないじゃない!)


 自問自答を繰り返して、私は決意を口にした。


「……決めた。ユリスと結婚しよう」


 ユリスとだったら、ケンカをしながらも楽しく暮らせるかもしれない。

 ダイナードの次に私のことを知ってくれているのは彼だから。

 明日にでもユリスにプロポーズの返事をしようと思った。

 そうして、ダイナードのことは今度こそきっぱりあきらめようと心に決めた。



 

 翌日、出勤したら、よりによって騎士棟へ書類を届けに行ってほしいと言われた。

 ユリスに返事をしようと考えてはいたものの、ダイナードに会ったら気まずいから嫌だなと思った。でも、結局、二人に会うことなく、騎士棟の文官さんに書類を手渡すことができてほっとする。

 それなのに、足早に職場に戻ったら、扉の前でダイナードが待ち構えていた。


「ダ、ダイナード! どうしたの?」


 せっかく見つからないで帰ってこられたと安堵したところだったのに、まさか彼がこんなところにいるとはと驚いた。

 ロザンナさんと付き合いたてで楽しい時期だろうに、ダイナードはなぜか顔色が悪く思い詰めたような表情をしていた。


(やっぱりなにかの病気なんじゃないかしら……)


 お医者様は問題ないと診断したそうだけど、心配になってしまう。

 彼は私に用があったみたいで、話しかけてきた。


「カーティア、話があるんだ。上司には君を少し借りると言ってある」

「話ってなに?」

「廊下でする話じゃないから、こっちに来てくれないか?」

 

 ダイナードが近くの小部屋を指し示す。

 わざわざ彼がここまで来て話したい内容とはなんだろうと考えながら、ドアを開けてくれたダイナードの横を通って、中に入った。

 ダイナードも部屋に入ってきて、ドアを閉めようとした瞬間に、ハッと気づいて、声を上げる。


「閉めちゃ、だめ!」


 呪いのことを知っているはずなのに、彼はドアを閉めてしまった。

 案の定、私の服が消える。

 でも、それを予期していたのか、ダイナードはドアのほうを向いたままだった。

 裸を見られなくて済んだのはほっとしたけれど、それでも恥ずかしくて身体を隠しながら文句を言う。

 

「もうっ、だからだめって言ったのに!」

「すまない。目をつぶったままでいると約束するから、話をさせてほしい」

「わかったわ。それでなに?」

 

 必死な声で彼が言うから、ますますその内容がなにか気になった。

 了承すると、ダイナードは目をつぶったまま振り返り、前置きなしに言う。


「ユリスが君にプロポーズしたらしいな」


 まさかもうダイナードに伝わっているとは思わなかった。

 なんだか気まずい。


「っ、ユリスから聞いたの?」

「あぁ。それを聞いて、俺はどうしても――うぅっ……くそっ!」


 彼はなにか言いかけたと思ったら眉をひそめて、目をつぶったまま、ポケットから羽根ペンを取り出し、いきなり手に突き刺した。驚いた私は悲鳴をあげて、彼を咎める。


「ちょっと、なにしてるの!?」


 私は急いで駆け寄り、ふたたびペンを突き刺そうとしているダイナードの手をつかんで止めようとした。

 でも、彼に触れたとたん、またダイナードの服まで消えてしまった。


「きゃあああ! ご、ごめんなさい」


 慌てて手を放して謝った。またダイナードの裸を見てしまって、頬が熱い。

 私に触れていないとやはり服は戻るようだ。

 本当にやっかいな呪いだと溜め息をつく。


「いや、こちらこそ、驚かせてすまない。最近やけに頭がぼんやりするんだ。特に君のことを考えているときに。だから、意識をはっきりさせようとしただけだ」


 そう言った彼の手の甲には今できたものだけでなく、無数の刺し傷があって、痛々しい。

 いったいどうしてしまったのとダイナードを見上げた。

 すると、いきなり抱きしめられた。

 ダイナードの服がふたたび消え、硬いのに弾力のある胸板に頬が触れる。

 私たちは裸で寄り添っていた。


(な、なに? どうして?)


 心臓がバクバクして飛び出そうになる。

 動揺した私はその温かい腕の中から逃れようとジタバタした。


「カーティア。やっぱり君の目を見て言いたい。身体は見ないから目を開けてもいいか?」


 ダイナードの言葉に状況がわかった。

 彼は私の裸を見ないで話すために、自分の身体で隠しただけだったのだ。

 この間と一緒だ。

 なんだ、と力が抜けた。


「いいから、なんの用か、早く言って……!」


 ダイナードに他意はないとわかっているのに、この体勢は心臓に悪すぎる。

 催促すると、彼はゆっくり目蓋を上げて、私を見た。

 黒い穏やかな瞳が切なげに揺れる。


「カーティア、俺はユリスとのことを応援しようと思ったんだ」


 そういう話なら聞きたくはないと思い、私は口を開きかけた。

 もうあきらめようとしているのに、追い打ちをかけないでほしいと思った。

 だけど、「だが――」とダイナードが話を続けるので、なにも言わずに聞くことにする。


「どうしても君に伝えたいと思ったんだ。君はもう俺のことが嫌いなのだから迷惑かもしれないが、俺は――」


 嫌いになってない、嫌いになんてなれないのよと思いながら聞いていると、突然、ノックもなしにドアが開いた。

 しかも、バンッと激しい音を立てて。

 ビクッと肩を震わせて入り口を見たら、そこには目を尖らせたロザンナさんがいた。


「ダイナード様!」

 

 慌ててダイナードから離れる。

 自分の恋人が幼なじみと言えど、女の子と抱き合っていたら、温厚なロザンナさんでも怒るのは当たり前だ。

 ツカツカと歩み寄ってきたロザンナさんは、ダイナードの腕をつかむと告げた。


「ダイナード様、副団長が探されてました。すぐ騎士棟へ戻ってください」

「あ、あぁ……」


 ダイナードはバツが悪かったのか、反応薄く、すんなり部屋を出ていった。

 ロザンナさんも一緒に戻るのかと思っていたら、くるりと振り向いて、私を見つめてきた。


「ごめんなさいね、お邪魔して」


 ロザンナさんは綺麗な笑みを浮かべて、わざわざ謝ってくれる。

 「いいえ、こちらこそ」と首を振りながら、なぜか背筋がゾワッとした。

 その目が笑ってないように見えるからかもしれない。

 肌の表面が粟立つような嫌な気配がする。


(怖い……)


 私の知っているロザンナさんではない気がした。

 それだけ怒っているのかもしれない。

 この状態を見たら、怒られても言い逃れはできない。

 たとえ、ダイナードにも私にもそんなつもりはなくても。

 ロザンナさんは意外にも穏やかとも取れる声で聞いてきた。それがかえって恐ろしく感じる。


「私がダイナード様と付き合っているのはご存じですよね?」

「はい……」

「あなたのことを忘れさせようとしているのに、ちっとも忘れてくれなくて、本当に困っているんです」

「すみません。会わないようにしているのですが……」


 ダイナードは親友に頼まれた幼なじみのことを心配するのが止められないのだろう。

 恋人としては不安になるのもしかたがない。

 申し訳なくて、頭を下げた。


「目を離すと、すぐこうしてあなたに会いに行こうとするし。本当にあなたは邪魔ね! あなたを消したほうが早かったわ。もっと早くそうすればよかった」

「えっ?」


 しゃべっている間にロザンナさんの声の凄みが増していき、物騒な言葉が聞こえて目を見開いた。

 

 

 


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