冗談、じゃないの?
遠目でダイナードがロザンナさんと馬車に乗り込むのをぼんやり眺めていたら、ユリスがぼそりとつぶやいた。
「……変だな」
「なにが?」
「ダイナードの様子だよ。最近、ぼんやりとしていることが多いんだ。団員には色ボケじゃないかとからかわれているんだが、俺にはそうは見えない」
それを聞いて、本当に病気かもしれないとゾッとする。
お兄様のことを思い出して、ダイナードにもしものことがあったらどうしようとパニックになる。
スーッと血の気が引いて、手足が冷たくなった。
「ユリス、どうしよう? ダイナードが……。そんなの、嫌っ!」
彼の服を掴んで訴えると、ユリスはしまったという顔をして、「大丈夫だ」と言った。
なだめるように、私を胸に引き寄せ、ポンポンと背中を撫でてくれる。
「ダイナードは頑丈だから、ちょっとやそっとじゃ壊れないさ」
「でもっ!」
「心配するな。あとで様子を聞いておいてやるから」
「ありがとう」
いつも彼のそばにいるユリスがそう言うなら信じてもいいかもしれない。どうせ、私には遠くから心配することしかできない。
ハァッと深呼吸して気分を落ち着けた。
その間、ユリスは私の髪をなでてくれていた。
彼の腕の中で、顔をあげると、やわらかく微笑むユリスが見えて、不思議に思う。
こんなユリスは見たことがなかった。
「どうして、最近そんなに優しいの?」
「俺はもともと優しいぞ?」
「ウソばっかり!」
「ハハッ、俺は機を逃さないというだけだ」
ユリスがさらに訳がわからないことを言う。
今度はなにをたくらんでいるのだろうと、じとっとした視線を向けた。
「どういうこと?」
「それより、そろそろカフェの予約の時間だ。行こう」
問いかけたけれど、ごまかされる。
ユリスは昔からなにを考えているのかよくわからない。
正直、ダイナードが心配でカフェに行く気分ではなかったけれど、せっかくユリスが予約をしてくれたのだ。キャンセルするのは申し訳ない。
ふたたび馬車に乗り、話題のカフェへ連れていってもらうことにした。
そこは人気になるのもわかるほど外観も内装も素敵で、棚には見た目もかわいいケーキや焼き菓子がたくさん並べてあった。
普段の私なら、テンションが上がっていただろう。
でも、やっぱりダイナードのことが気になってしまって、美味しいケーキも味わう余裕はなかった。
「カーティア、ダイナードのことを考えているのか?」
つい無言になってケーキをつついていた私に、ユリスが聞いてきた。
ハッと顔を上げる。
(いけない。今はユリスといるのに、失礼だわ)
私はパクリとケーキを口にして、その繊細な甘みに顔をほころばせた。
「評判通り、おいしいケーキよね?」
そう言ってごまかしたつもりだったのに、鋭いユリスはお見通しだったようで、なぐさめるように言ってくる。
「ダイナードは問題ないさ。俺たちは鍛え方が違うからな。それに、今ごろ、ロザンナが医務室に連れていってくれているよ」
「そうよね。私が心配することじゃないわよね……」
ロザンナさんに身体を預けたダイナードの姿を思い出して、私は選ばれなかったのだと悲しみに打ちひしがれる。涙が出そうになるのを唇を噛んで堪えた。
すると、ユリスがいきなり手を握ってくる。
「……カーティア」
「ん? どうしたの?」
驚いて目線を上げると、真剣な顔つきをしたユリスが目に入った。
彼は私をじっと見つめて、乞うように言ってくる。
そんなユリスは初めて見た。
「俺じゃだめか? 俺にしとけよ」
「え? だめって、なにが?」
「俺はなかなかの優良株だぞ? 顔はいい、地位もある。金もそこそこ持っている。性格は……悪くないし、なによりお前のことを理解している」
突然の自己アピールに、きょとんとする。
自分で顔はいいと言えるのに、性格はいいとは言えないんだと思うと、じわじわとおかしくなってきて、私は吹き出してしまう。
「ちょっと待って。なんの話なのよ?」
私は笑い交じりに尋ねたものの、ユリスは切迫した表情を崩さないままでいるから、笑いを引っ込めて、首をかしげた。
まるで告白でもするような雰囲気に、落ち着かない気分になる。
ユリスは両手で私の手を握りしめ、訴えてきた。
「俺だったら、お前を放っておいたりしない。俺と結婚してくれないか?」
「け、結婚!?」
告白どころかプロポーズだった。
驚いた私は素っ頓狂な声を出してしまった。
『なんてな、冗談だよ』と言われるのを待って、彼の顔を見上げるけれど、いっこうにそのセリフは聞こえない。それどころか、ユリスは緊張した面持ちで私の返事を待っているようだった。
「……もしかしてユリスは男爵になりたいの?」
彼が私と結婚したがるとしたらそれしかないと思い、聞いてみるね。
すると、ユリスは顔をしかめて頭を振った。
「違う。お前だから結婚したいんだ。条件だけなら、いくらでもいい縁談はある」
(まぁ、そうよね。それなら、どういうこと? どういうつもりなの? 『お前だから』なんて、この間からユリスが変だわ)
ほけっとして、ユリスを見つめた。
疑問符を浮かべている私に、彼は苦笑した。「はっきり言わないとわからないか」とつぶやいて、表情を改める。その顔の変化になにを言われるのかと、私は身構えた。
でも、彼の口から出てきたのは想像したこともない言葉だった。
「カーティア、好きなんだ」
「……えっ、だって、えぇ?」
ずっと意地悪だったユリスにそんなことを言われて、私は混乱した。
でも、とっさに言ってしまう。
「だけど、私はダイナードのことが……」
「ダイナードが忘れられなくてもかまわない。お前のそばにいられるのなら。どうせダイナードはロザンナと結婚するつもりなんだろう。あいつが中途半端なことをするはずがないからな。だから、俺と結婚しよう。俺はお前に都合がいいはずだ」
一気にたたみかけるように言われて、うろたえる。
本当にユリスは私のことが好きなの?
まだ疑問に思うけど、彼がウソを言っているかどうかぐらいわかる。それがわかるくらいには長い付き合いだ。
それに――
(ダイナードはロザンナさんと……)
この歳から交際を始めるということはそういうことだろう。
ダイナードは誠実な人だから、私の相手をしないといけないうちは身動き取れなかったのかもしれない。
私というお荷物がなくなって、ようやく自分のことを考えられることになったに違いない。
(ごめんなさい、ダイナード……)
仕事だけではなく、結婚の妨げにもなっていたことを本当に申し訳なく思う。
それでも、責任感の強いダイナードのことだから、私の今後について心配しているはず。
この間からなにか言いたげなのは、その話なのかもしれない。
(それなら、ユリスと結婚したら安心してくれる?)
私の返事を黙って待っているユリスを見る。
ユリスなら誰が見ても文句ない相手だ。
お父様だって、絶対に反対しないだろう。
でも、そんな理由で結婚するなんて、彼に申し訳なく感じる。私を好きだって言ってくれるのなら、なおさら。
私は結論が出せなくて、ユリスに告げた。
「ごめんなさい。驚いちゃって、すぐには返事できないわ。でも、ありがとう」
私の言葉に、ユリスはハァと詰めていた息を吐いた。断られるかと思っていたみたいだ。
「大丈夫だ。ゆっくり考えてくれ」
破顔したユリスに胸が痛くなる。
どうして私なんか好きになったのよ、と。
片想いのつらさはわかっている。
だから、ユリスが本気で言ってくれているのなら、私も真剣に考えないといけない。
屋敷に帰っても、私は沈み込むように考え悩み、なかなか寝つけなかった。




