会いたくなかった
舞踏会の翌日から、ダイナードがロザンナさんと付き合い始めたらしいという噂でもちきりだった。
そんな話を聞きたくないのに、どこへ行っても耳に入ってくる。
胸が苦しくなった私は食堂に行くのをあきらめて、売店でサンドイッチを買って、お昼にすることにした。
つい、いつもの中庭に足が向いてしまったけど、あそこはひと気がなくて居心地がいいのでしかたない。
食欲がないまま、もそもそとサンドイッチを口に詰め込んでいると、声をかけられた。
「カーティア」
(ダイナード!?)
思わず期待して振り向いたらユリスだった。
自分ながら未練がましいなと苦笑してしまう。
「ユリス、どうしたの?」
「俺も飯にしようと思ってな。ここいいか?」
「どうぞ?」
ユリスはベンチの隣に座ってきた。
手に持っていた紙袋から、パンや干し肉を取り出し、ついでというようにチョコクッキーの包みを私の膝に乗せた。
ダイナードもユリスも私にお菓子をあげとけばご機嫌になると思っているらしい。
苦笑しながらお礼を言う。
ユリスはパンにかぶりつきながら聞いてきた。
「知ってるか? 今度、街に立つ市には異国のめずらしいものが出るそうだぞ」
「そうなの? 知らなかった」
市場どころか、私は街に出たことがあまりない。
女友達でもいたら、一緒に買い物やカフェに行ったりしていたかもしれないけど、私の外出はほとんどダイナード絡みで、そんな機会はなかったのだ。もちろん、ダイナードが私を街に連れ出してくれたこともあったけど、甘いものを好きではないのにカフェに誘うのも、かわいらしい雑貨を揃えたお店に連れ回すのも気が引けたし、それなら行かなくていいかと思った。私の世界はダイナードを中心に回っていたから。
(考えてみたら、そういうところが重たくて迷惑だったんだろうな)
だからよくお兄様やダイナードから『ほかにも目を向けろ』と言われてたんだなと今ではわかった。
隣にいるユリスからも何度も言われた。
いつもだったら、こんなとき『お前はいつもダイナードのことしか考えてないな』とからかわれているところだ。
でも、今日のユリスも優しく、敢えてダイナードの話題を出さずに話を続けた。
「異国からの行商人がたくさん店を出すそうだ。昨日言っていたカフェに行くついでにひやかさないか?」
「うん、見てみたい」
家にいてもモヤモヤとして落ち込むだけだから、連れ出してくれるのはありがたかった。
このところ、ユリスが優しいのも失恋した私をなぐさめてくれようとしているのかもしれない。
週末に出かけることを約束して、そこで別れた。
街へ出かける日、伯爵家の豪華な馬車から降りたユリスはめずらしく軍服姿ではなく、貴族子息らしい恰好をしていた。
光沢のある深緑のコートは金糸で飾られ、彼の金髪が映えている。
彼のこげ茶のブリーチズは偶然にも、瞳の色と合わせて仕立てた私のドレスと似通っていて、まるで色を合わせたようで気恥ずかしかった。
(また舞踏会のときみたいに周りの人に勘違いされちゃうわ)
別のドレスにすればよかったと後悔するけど、意識しすぎかなとも思う。
でも、メイドたちに期待に満ちた目で見つめられ、「お嬢さま、頑張ってください」と応援されているので、やっぱり誤解されているようだ。
違うと言っているのに、笑顔のメイドたちに見守られ、ユリスのエスコートで馬車に乗る。
ダイナードと出かけるときにはここまで騒がれなかったのに。
メイドの目からしても見込みがないと思われていたのかな。
気がついていなかったのはやはり私だけだったみたいだ。
(だからといって、ユリスとどうこうなるわけないのに)
にこやかに今日の予定を話しているユリスを見上げる。
考えたら、ユリスも幼なじみだから昔からよく知っていて、気兼ねなく話せる間柄だ。
というより、二言目にはからかってくるから、いつもプンプン怒っていて、気を使うもなにもなかった。
その彼にレディ扱いされる日が来るとは思わなかった。
ダイナードをあきらめる日が来るとも思っていなかったけど。
すぐ思考がダイナードに戻ってきてしまって、溜め息をつきそうになる。
慌ててユリスの話に集中するようにした。
「ほら、市場が見えてきたぞ」
「わぁ、にぎやかね!」
広場に所狭しとテントが立ち並び、その隙間を埋めるようにぎっしりと人がいる。
肉の焼けるような香ばしい匂いが漂い、太鼓や笛などの楽しげな演奏も聞こえてきた。
それはまるでお祭りのようで、こんなに大規模なものだとは思っていなかったので、私はワクワクして、目を輝かせた。
馬車を降りて、近寄るとよりいっそうの賑わいに気分が弾んでくる。
私はユリスと一緒に露店を見て回った。
はぐれるといけないからと彼と腕を組んで。
「あっ……」
お店を回るのは楽しかったけど人混みに疲れて、休憩しようと市場を抜けたとき、向こうからやってくるダイナードと鉢合わせした。腕にはロザンナさんがしがみついている。
よりによって一番会いたくない人となんでこんなところで会っちゃうんだろう。
噂通り、ダイナードはロザンナさんとお付き合いを始めたのだ。
(やっぱり私が重荷になっていたのね……)
舞踏会に誘いたくても私がいたから誘えずにいたのだと思うと申し訳なさでいっぱいになる。
泣いてはいけないと唇を噛みしめ我慢する。ユリスにつかまった手にも力が入ってしまったようで、なぐさめるように頭をなでられた。
「よう、ダイナードもロザンナ嬢とデートか? めずらしいな」
気安い感じでユリスが声をかけたのに、ダイナードは私を見つめたまま眉をひそめ、頭痛がするというように額に手を当てた。
「……カーティア……なぜ……?」
なにを聞かれているのかわからなかったけど、次の瞬間、ダイナードが頭を抱え込み、うめいたから慌てて駆け寄った。
「ダイナード! 大丈夫?」
「……あぁ、カーティア。俺は……」
丈夫なはずの彼のこんな姿は見たことがなくて、重大な病気だったらどうしようとうろたえる。
ダイナードは私の腕を掴んで、なにか言おうとした。
でも、その前にロザンナさんがダイナードの頭を抱きかかえた。
「ダイナード様、大丈夫ですか!? 王宮の医務室へ行きましょう!」
そう言ったあと彼女は、ダイナードの耳になにかささやいた。
私の腕を握っていた彼の手が落ちる。
恋人らしい親密さを目の当たりにして心がきしむ。
「あ、あぁ……」
よほど頭痛がひどいのか、うつろな表情になったダイナードがうなずいた。
ロザンナさんはこちらを見て、申し訳なさそうな顔で言う。
「ごめんなさい。ダイナード様の調子が悪そうなので、私たちはこれで失礼しますね」
「はい。お気をつけて。早くお医者様に診てもらってください」
心配だったけど、恋人のロザンナさんがいるのだから私の出番はない。
切なく思いながら、彼らを見送った。




