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追いかけてこないで

「カーティア。最近、俺を避けてないか?」

 

 王宮のきらびやかな廊下を歩いていた私は、いきなり強く腕を掴まれ、呼び止められた。

 ディルール男爵の一人娘の私は、文官として書類を届けた帰りだった。

 急に引き留められたので、小柄な私はつんのめりながら振り返る。ミルクティーブロンドの髪がふわりとなびいた。

 そこにいたのは幼なじみのダイナード・ファッジオ。亡きお兄様の親友だ。

 騎士服に身を包んだ彼は凛々しく実力もあり、二十七歳という若さで、第二騎士団の長を務めている。

 切れ長の目は鋭いけれど、相変わらず整った顔が人目を引く。

 

「ダイナード……!」

 

 トクンと心臓が跳ねる。

 彼を見ると、いまだに胸が疼いてしまう。五歳のときに一目惚れして以来、私はずっとダイナード一筋だったから。

 でも、もうこの気持ちに区切りをつけることにしたばかりだ。

 さりげなく周囲を見渡し、ひと気があるのを見て、ほっと胸をなで下ろす。

 今はいろんな意味で、彼に会いたいけど会いたくなかった。

 

「避けてないから放して」

 

 本当は避けていたけど、そう言ってそっけなく手を振り払う。

 でも、ダイナードは今度は心配そうに私のあごを持ち上げ、精悍な顔を近づけてきた。すらりとした長身をわざわざ屈めて。

 赤茶の前髪がさらりと揺れ、その下の黒い瞳がじっと私を見つめる。

 ドキドキを通り越して、バックンバックンと心臓が踊る。胸がうるさい。

 本当に止めてほしい。いい加減、自分の魅力を自覚してくれないかな。

 好きな人にこんなふうに迫られて、平静でいられるわけがない。

 私の思いとはうらはらに、ダイナードは心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 

「顔色悪いぞ? ちゃんと食べてるのか?」

「食べてるわよ。だから、放してってば!」

 

(近すぎるってば!)

 

 早鐘を打つ心臓に気づかぬふりをして、顔を逸らした私は足早にそこから立ち去ろうとした。

 とにかく早く彼から離れたかったのだ。

 お兄様から私のことを頼まれたからといって、いつもダイナードは保護者みたいな態度を取る。

 何度止めてと頼んでも。

 今日もダイナードはついてきて「これ、もらったんだ。やるよ」と小さな包みを差し出した。それは鍛えられた騎士らしい体躯にまったく似合わない、可愛く包装されたものだった。

 今、街で評判のクッキーの包みに見える。

 

「せっかくもらったのなら、あなたが食べたら?」

 

 私はチラッと見ただけで、足を止めずに言う。

 どうせ女の子からのプレゼントだろうに、私に横流ししてくるなんて無神経だと腹を立てた。

 彼は会うたびに、こうして私に甘いものを渡してくる。

 前は無邪気に自分のために用意してくれているのだと思い込んで喜んでいたが、そうではないことを先日知った。それを裏づけるようにダイナードは言う。

 

「俺が甘いもの苦手だって知ってるだろう? もらってくれると有り難い」

 

 誰かからもらったものの、持て余して私に渡そうとしているようだ。

 小走りになっている私に長い脚で悠々と追いついてダイナードは包みを押しつけてくる。

 そっと溜め息をついた私は仕方なくそれを受け取った。そうしないと、ダイナードはずっとついてきそうだったのだ。

 

「ありがとう。それじゃあ、私は資料室に書類を取りに行くから、またね」

 

 早口で一方的に挨拶をして、彼とここで別れようとする。けれども、ダイナードは離れてくれず私に並んで歩く。


「なんでついてくるのよ?」

 

 私は気が気でなく彼を追い払おうとした。

 今はまだ廊下に人影があるからいいけど、二人きりになると困るのだ。

 

「やっぱり避けてるじゃないか! 俺がなにかしたか?」

「別に」

「ちょっと前までは『ダイナード、ダイナード』と言って、俺の顔を見た瞬間に駆け寄ってきたのに」

「っ……大人になったのよ」


 過去の自分の姿がよみがえって、顔を赤らめた私は拗ねた口調で返した。こういうところが子どもっぽいのだろう。でも、すぐには変えられない。

 可愛らしい顔つきと言われるけど、童顔のため歳より幼く見られることが多い。ダイナードにもずっと子ども扱いされている。


(もう十九歳になったのに)


 昨年から私は王宮の文官として勤め始めた。

 それで、王宮騎士であるダイナードに会える機会が多くなったのを喜んで、事あるごとにかまってもらいに行っていた。

 いつも彼は精悍な顔を緩め、私の相手をしてくれていたから勘違いしていた。

 ダイナードも歓迎してくれているものと。少なくとも悪い気はしていないだろうと思っていた。

 

(バカだったわ、私……。あの人に言われるまで気づかなかった)

 

 暗い気持ちに陥りそうになった私は、そんな場合ではないと思い直し、前方を見た。

 言い訳に使った資料室が見えてくる。

 

「大人って……つい一ヶ月前までそうだったじゃないか。って、まさかお前――」

「とにかく急いでるから、ついてこないで!」


 あきれたようにダイナードは言いかけて、ふとなにか思いついたように問い詰めようとするから、私は遮った。ここで追及されると困るのだ。

 

「待てよ。まさか俺に言えないことでもあったのか?」

「しつこい!」


 わざと邪険に言って、視界に入ってきた資料室に駆け込んだ。

 しかし、ダイナードは追いすがってくる。


「待てって、カーティア!」


 急いでドアを閉めようとするが、重厚な扉はそう簡単に動いてくれない。一歩遅くダイナードが身体を滑り込ませてきた。

 

「あっ、ダメッ!」

 

 それを止めようとした私と彼は向かい合う形になる。

 手を伸ばした私の制止もむなしく、パタンとドアが閉まった。

 その瞬間――

 私の服が消えた。

 ダイナードの目の前で素っ裸になったのだ。

 

「きゃああああ!」

 

 私は盛大な悲鳴をあげてうずくまった。

 警戒はしていたけど、まさかねと疑う気持ちもあった。

 本当に服が消えることになるとは心の底からは信じていなかったのだ。

 

(ウソでしょう? 絶対見られた! ぜんぶ見られた! 恥ずかしすぎる……)

 

 羞恥心に全身を赤く染めた私は、身体を丸めて叫んだ。

 

「いやあああ、だから、来ないでって言ったのに! ダイナードのバカッ! バカッ! 嫌いッ!」


 よりによってダイナードに裸を見られるとはとパニックになって、思いついた言葉をポンポンと彼に投げつける。


「……わ、悪い」

 

 目を見開いて固まっていたダイナードは訳がわからないながら謝り、慌てて上着を脱いで、私に着せ掛けてくれた。

 しかし、その上着も私に触れたとたん、消えてしまう。

 目を剥いたダイナードは大きな声をあげた。

 

「なんでだ!?」

 

 彼はまじまじと私を見てから顔を赤くして、慌てて視線を逸らす。

 涙目になった私は、ダイナードをにらんでふたたび叫んだ。

 

「もう、出てって! す……嫌いな人と二人きりになると服が消える呪いにかかっちゃったのよ!」



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