幕間 神は、すでに数を数えている
大神殿の最深部は、音が存在しない。
外界の風も、祈りのざわめきも届かないその空間で、白衣の神官たちは円環状に立っていた。足音すら許されず、床に刻まれた紋章の上に、影だけが重なる。
「――確認されたのだな」
中央に立つ老神官が、低く問いかけた。
「はい」
応じたのは、先ほど現地から戻ったばかりの祈祷官だった。
額には汗が滲んでいる。
「《閉界の鍵》が、完全に目覚めました」
その言葉に、誰も声を上げない。
だが、空気がわずかに沈んだ。
「担い手は?」
「少年です。
能力なし。戦闘経験なし。
――極めて臆病」
一人の神官が、苦い表情を浮かべた。
「……最悪だな」
老神官は、静かに首を振る。
「いいや。最善だ」
視線が集まる。
「《閉界の鍵》は、力を求める者には反応しない。
英雄にも、王にも、信仰者にもだ」
老神官は、床の紋章を見下ろした。
「だからこそ、
選ばれない者が選ばれる」
沈黙。
別の神官が、慎重に口を開く。
「……使われる可能性は?」
「低い」
即答だった。
「彼は、拒否する。
祈祷隊の報告からも、それは明白だ」
「ならば、放置しても――」
「できない」
老神官の声は、冷たかった。
「鍵が“存在する”こと自体が、問題なのだ」
神官たちの前に、淡い光が浮かび上がる。
七つに分かれた世界の図。
「神々の干渉は、すでに限界に近い」
老神官は言葉を続ける。
「《閉界の鍵》が完全に発動すれば、
我々は――ここにはいられない」
一人の若い神官が、思わず息を呑んだ。
「神が……消える、と?」
「正確には、届かなくなる」
老神官は目を閉じた。
「祈りは返らず、奇跡は起こらず、
神殿は、ただの石になる」
それは、死よりも重い未来だった。
「だからこそ」
老神官は、ゆっくりと宣言する。
「《閉界の鍵》は、神殿が管理する」
「……担い手は?」
しばしの沈黙。
「生かす」
だが、すぐに続けた。
「意思は不要だ」
誰も反論しなかった。
それが、この場所での答えだった。
「追跡を継続せよ」
老神官の杖が床を打つ。
「神は、まだこの世界を手放さない」
円環の外で、鐘が鳴った。
それは祈りの音ではない。
狩りの合図だった。
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