第2話 切ることで生き延びた者たち
影層の集落は、
灰層とはまるで違っていた。
建物は低く、
石を積み上げただけの簡素なものだが、
異様に頑丈だった。
崩れないように、
ではない。
――壊す前提で、
作り直せるように。
少年は、
そのことに気づいた瞬間、
背筋が冷えた。
「止まれ」
短い声。
入口らしき場所で、
二人の人影が道を塞ぐ。
武器は、
見せつけるためではなく、
“いつでも使える位置”にある。
「……拒否の匂いのやつだな」
「そうだ」
即答。
「通す?」
「通す」
迷いがない。
「だが、
守らない」
6-1と同じ言葉。
少年は、
何も言わずに中へ入った。
集落の中心には、
焚き火があった。
炎は弱い。
だが、
消えない。
人々は、
その周りに円を描くように座っている。
静かだ。
だが、
灰層のような“無関心”ではない。
――値踏みだ。
「座れ」
低い声がした。
焚き火の向こうに、
一人の女が立っていた。
年齢は、
二十代後半から三十代前半。
黒髪を後ろで束ね、
服装は実用一点張り。
装飾は、
一切ない。
だが、
決断を下す者の目をしている。
「……あなたが」
少年は、
口を開いた。
「切る側だった人ですか」
女は、
首を傾げた。
「“だった”?」
その問いに、
少年は詰まる。
女は、
焚き火のそばに腰を下ろした。
「私は、
今も切る」
はっきりと言った。
「……今も?」
「境界は、
ここでも揺れる」
女は、
地面を指で叩く。
「揺れれば、
決断がいる」
少年の喉が、
鳴る。
「……名前を」
「カイナ」
短い名。
「元は、
神殿の境界補佐だった」
場の空気が、
一瞬、張りつめる。
少年は、
思わず息を呑んだ。
「……神殿が」
「正しいかどうか、
聞きたいか」
カイナは、
先回りして言った。
「……はい」
正直な答え。
カイナは、
少しだけ考えた。
「正しくはない」
即答。
「だが、
やらなければ、
世界は残らなかった」
その言葉に、
誰も異を唱えない。
焚き火が、
小さく弾ける。
「私は、
数を見た」
カイナは続ける。
「境界の崩壊速度、
資源の枯渇、
連鎖沈殿の確率」
淡々と、
事実だけを並べる。
「拒否が続けば、
全滅する」
少年は、
唇を噛んだ。
灰層で聞いた話と、
一致している。
「……それでも」
少年は、
言葉を探しながら続けた。
「切るのは……」
「嫌だった」
カイナは、
遮った。
「当然だ」
「……」
「切る判断を、
喜んだ者など
一人もいない」
その声には、
嘘がなかった。
「だが」
カイナは、
焚き火を見る。
「拒否する者がいたせいで、
切りきれなかった世界もある」
少年の胸が、
強く打つ。
「……それは」
「そのとき、
下に落ちた」
カイナは、
少年を見た。
「ここだ」
影層。
「……あなたは」
少年の声が、
震える。
「俺を、
どう思いますか」
周囲が、
静まり返る。
焚き火の音だけが、
響く。
カイナは、
しばらく沈黙した。
やがて、
はっきりと言った。
「危険だ」
その一言に、
感情はない。
「拒否は、
善でも悪でもない」
「だが」
間。
「判断を遅らせる力だ」
少年は、
否定できなかった。
「判断を遅らせれば、
選べない者が増える」
「選べない者は、
最後に落ちる」
影層の人々が、
無言で頷く。
「……だから」
カイナは、
結論を告げた。
「ここでは、
拒否は敵だ」
少年の胸が、
痛む。
だが、
理解もしてしまう。
「……それでも」
少年は、
言葉を絞り出す。
「それでも、
俺は切れない」
カイナは、
目を細めた。
「知っている」
意外な答え。
「だから、
まだ話している」
もし切る側だったら、
もう追い出されている。
「……なら」
「条件がある」
カイナは、
静かに言った。
「この集落にいる間、
拒否を使うな」
「……使わなくても」
「存在するな」
重い言葉。
「影層では、
それが同義だ」
少年は、
言葉を失った。
拒否は、
自分そのものになっている。
「……分かりました」
そう答えるしかなかった。
カイナは、
焚き火に薪を足す。
「一晩だ」
「明日、
決めろ」
何を、
とは言わなかった。
だが、
選択肢は明白だった。
――拒否を捨てるか。
――影層を去るか。
少年は、
焚き火の揺らぎを見つめた。
切る者たちは、
悪ではない。
拒否する自分も、
正しくはない。
それでも、
どちらかを選ばなければならない。
影層の夜は、
重く、
逃げ場がなかった。
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