第1話 影層への落下
境界は、閉じなかった。
越えたはずなのに、
終わった感触がない。
少年は、
足元を確かめるように立ち止まった。
灰層とは違う。
空は、
ほとんど見えない。
上を向いても、
暗がりがあるだけだ。
夜ではない。
常に影の中。
呼吸が、重い。
肺に空気が入るたび、
わずかに抵抗がある。
「……影層」
老人が言っていた通り、
ここは「戻れない者」が集まる層だ。
地面を踏みしめると、
確かな重さが返ってくる。
灰層の“軽さ”とは、真逆。
拒否を縫い止める余地が、
ほとんどない。
少年は、
胸元の鍵に触れた。
――重い。
金属のはずなのに、
指が沈むような錯覚。
反応が、鈍い。
拒否が、
届いていない。
「……歓迎されない、
ってやつか」
自嘲気味に呟く。
返事はない。
ただ、
遠くで何かが動く音がした。
足音。
それも、
隠そうとしない歩き方。
「……来たか」
声は低く、
疲れきっている。
影の奥から、
人影が現れた。
複数。
装備はまちまちだが、
共通点がある。
――警戒していない。
敵意はある。
だが、怯えがない。
それが、
少年の背筋を冷やした。
「旅人か?」
一人が問う。
「……そうだ」
「ここは、
旅をする場所じゃない」
別の声。
「戻れ」
即座に言われる。
少年は、
小さく首を振った。
「戻れません」
「そうか」
不思議なことに、
誰も驚かない。
その反応が、
ここが影層である証拠だった。
「……あんた」
最初に話した男が、
一歩前に出る。
「拒否の匂いがする」
少年の心臓が、
一瞬だけ強く打った。
「……分かるんですか」
「分かる」
男は、
即答した。
「ここには、
切れなかった奴らが
多すぎる」
言葉の意味が、
すぐに理解できなかった。
「切れなかった……?」
「切るべき場面で、
切れなかった」
男の声は、
乾いている。
「おかげで、
下に落ちた」
少年の喉が、
鳴る。
「……あなたたちは」
「切った」
別の人影が、
はっきり言った。
「だから、
ここにいる」
矛盾しているようで、
していない。
切ったが、
守りきれなかった。
だから、
影層にいる。
「……俺は」
少年は、
正直に名乗った。
「切らせないために、
歩いている」
空気が、
一段、冷えた。
誰も声を荒げない。
だが、
明確に距離ができる。
「……そうか」
最初の男が、
短く言った。
「じゃあ、
歓迎できない」
理由を、
聞くまでもなかった。
少年は、
鍵を強く握る。
拒否は、
ここでは武器にならない。
むしろ――
罪の匂いだ。
「……通してくれ」
沈黙。
やがて、
誰かが言った。
「勝手に来い」
「だが」
間。
「守らない」
それは、
宣告だった。
少年は、
ゆっくりと歩き出す。
影層の奥へ。
背中に、
視線が刺さる。
憎しみではない。
諦めと、
怒りが混じった視線。
「……ここでは」
少年は、
独り言のように呟く。
「拒否は、
罪になる」
答えは、
返らない。
影層は、
黙っている。
だが、
確かに重い。
拒否が、
初めて“通じない”場所。
少年は、
それでも歩いた。
嫌われる覚悟を、
もう持っているからだ。
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