第6話 拒否の後悔
出立は、夜明け前だった。
誰にも告げなかった。
告げれば、引き止められることも、
黙って見送られることも、
どちらも耐えられなかった。
灰色の空は、
まだ夜の名残を引きずっている。
集落は静かだった。
眠っているのではない。
起きているが、
動かないだけだ。
それが、
この場所の朝だった。
少年は、
集落の端で足を止めた。
振り返る。
壊れかけた畑。
修復中の家屋。
消えた一角。
――自分が、
触れてしまった場所。
「……すまない」
誰に向けるでもなく、
そう呟いた。
返事はない。
それでいい。
歩き出そうとしたとき、
足音が聞こえた。
「やはり、
黙って行く気か」
エルグだった。
夜明けの光の中、
彼は相変わらず
灰を被ったような顔をしている。
「……起こしてしまいましたか」
「起きていた」
短い答え。
「ここでは、
眠りが深い方が珍しい」
少年は、
視線を落とした。
「……すみません」
また、
同じ言葉だ。
「謝るな」
エルグは、
きっぱり言った。
「謝罪は、
責任を取れない者の
逃げ道だ」
その言葉が、
胸に刺さる。
「……俺は」
少年は、
喉を詰まらせながら言った。
「拒否しなければ、
良かったのかもしれません」
初めて、
口に出した後悔だった。
エルグは、
すぐには答えなかった。
しばらく空を見てから、
静かに言う。
「そう思えるなら、
あんたはもう
無邪気じゃない」
それは、
責めでも慰めでもない。
「拒否は、
万能じゃない」
「……分かっています」
「だが」
エルグは、
少年を見る。
「後悔できる拒否は、
まだ使える」
少年は、
顔を上げた。
「……使える?」
「後悔しない拒否は、
ただの正義だ」
エルグの声は、
低く、重い。
「正義は、
世界を壊す」
少年は、
鍵を握りしめた。
静かだ。
だが、
以前とは違う。
そこには、
微かな“重さ”があった。
「……俺は」
少年は、
はっきり言った。
「切る側には、
行けません」
エルグは、
小さく頷いた。
「知っている」
「でも……」
少年は、
言葉を続ける。
「拒否が、
誰かを傷つけるなら」
「それでも、
拒否するのか」
少年は、
一瞬、目を閉じた。
灰層の人々。
消えた家屋。
助けた一人。
全部が、
胸の奥に残っている。
「……はい」
声は、
震えていた。
「誰かに、
切らせるよりは」
エルグは、
何も言わなかった。
ただ、
少年の肩に
小さな袋を置いた。
「食糧だ」
「……」
「次に行く場所は、
灰層より
厄介だ」
その一言で、
十分だった。
「……エルグ」
少年は、
最後に尋ねた。
「あなたたちは、
俺を……
どう思っていますか」
エルグは、
少しだけ考えた。
「面倒なやつだ」
それから、
はっきり言った。
「だが」
間。
「必要なやつだ」
それ以上の言葉は、
なかった。
少年は、
深く頭を下げた。
そして、
今度こそ振り返らず、
歩き出した。
灰層の境界は、
以前より
はっきり見えた。
近づくにつれ、
空気が重くなる。
拒否が、
沈殿層に馴染んでいる。
「……後悔する」
少年は、
独り言のように呟く。
「きっと、
何度も」
それでも、
切らない。
それが、
彼の選んだ
不完全な道だ。
境界を越える直前、
ふと、
背後から声がした。
「上に戻るなよ」
エルグの声だ。
「……戻りません」
少年は、
答えた。
「世界の縁へ、
行きます」
それで、
良かった。
境界を越える。
灰層の空が、
ゆっくりと遠ざかる。
少年は、
確信していた。
拒否は、
正しくない。
だが、
必要悪ならぬ、
必要な間違いだ。
その間違いを、
誰か一人に
背負わせないために。
彼は、
また歩き始める。
次の世界へ。
次の境界へ。
後悔を、
手放さないまま。
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