第5話 それでも、切るべきだった世界
翌朝、
集落は静まり返っていた。
人は動いている。
作業も続いている。
だが、
目が合わない。
それで十分だった。
少年は、
エルグに呼ばれ、
集落の外れへ向かった。
昨日、
消えた家屋の跡。
そこには、
何も残っていない。
瓦礫すら、
沈んだ。
「……ここに、
人は?」
「住んでいなかった」
エルグは、
淡々と言った。
「だが、
次の世代のための場所だった」
少年の胸が、
小さく軋む。
「……すみません」
「謝罪はいらない」
エルグは、
首を振った。
「知るべきだ」
そう言って、
歩き出す。
少し離れた岩場に、
石の扉があった。
装飾はない。
だが、
明らかに人工物だ。
「……これは」
「記録庫だ」
エルグは、
扉を押し開けた。
中は、
驚くほど整然としていた。
石板、
紙束、
欠けた結晶。
どれも、
丁寧に保管されている。
「……こんなものが」
「灰層は、
逃げ場じゃない」
エルグは、
はっきり言った。
「引き受けた場所だ」
少年は、
息を呑む。
エルグは、
一枚の石板を示した。
「これは、
上の世界の
最後の記録だ」
刻まれた文字は、
ところどころ欠けている。
だが、
十分に読めた。
――資源枯渇
――境界不安定
――連鎖崩壊予測
「……切られなければ」
少年の声が、
震える。
「上は……」
「終わっていた」
エルグは、
即答した。
「確率九割以上」
冷酷な数字。
「拒否が続けば、
全てが沈んだ」
少年の頭に、
ノクティルが浮かぶ。
地図から消えた村。
「……じゃあ」
「切るべきだった」
エルグは、
はっきり言った。
少年は、
何も言えなかった。
否定できない。
「俺たちは、
それを知っていた」
エルグは続ける。
「だから、
降りた」
「……自分たちから」
「そうだ」
エルグは、
別の記録を取る。
そこには、
集落の名前があった。
上の世界では、
すでに消された名。
「切る役を、
誰かに押し付ける前に」
「自分たちで、
引き受けた」
少年の喉が、
鳴る。
「……それは」
「英雄的か?」
エルグは、
小さく笑った。
「違う」
「責任を、
分散させただけだ」
拒否とは、
正反対の選択。
だが、
筋が通っている。
「……俺は」
少年は、
絞り出す。
「切る選択を、
間違いだと思っていた」
「間違いだ」
エルグは、
即答した。
「だが」
間。
「必要だった」
その言葉は、
重かった。
少年は、
頭を抱えたくなった。
拒否は、
正しさだと思っていた。
だが、
正しさは
世界を終わらせることもある。
「……神殿は」
「知っている」
「王権は」
「計算している」
エルグの声は、
淡々としている。
「彼らは、
冷たい」
「だが、
無知ではない」
少年は、
目を閉じた。
拒否は、
すべてを救う魔法ではない。
切ることは、
すべてを壊す悪ではない。
「……それでも」
少年は、
ゆっくり顔を上げた。
「それでも、
俺は……」
エルグは、
続きを待った。
「……切れない」
沈黙。
長い、
長い沈黙。
やがて、
エルグは頷いた。
「それでいい」
少年は、
驚いた。
「……いい、んですか」
「俺たちは、
あんたを
理解したかっただけだ」
エルグは、
真っ直ぐに言った。
「間違いだと
分かった上で、
選ぶなら」
「それは、
覚悟だ」
少年の胸に、
何かが落ちた。
正しさではない。
救いでもない。
覚悟。
「……ここを、
出ます」
少年は、
静かに言った。
「これ以上、
壊さないために」
エルグは、
頷いた。
「それが、
最善だ」
記録庫を出ると、
灰色の空が広がっていた。
以前より、
少しだけ濃い。
少年は、
鍵を見つめる。
拒否は、
間違いかもしれない。
だが――
引き受ける者が
いなければならない。
それが、
自分だと
思ってしまった。
灰層は、
静かに続いている。
世界が、
まだ終わっていない証として。
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