第4話 王権は、数を数えない
ノクティルの外れに、石造りの建物があった。
看板はない。
紋章も掲げられていない。
だが、入口に立つ二人の男の立ち姿で、
少年には分かった。
――王権だ。
無駄のない姿勢。
武器は見せないが、隠してもいない。
「お待ちしていました」
中から現れたのは、
灰色の外套をまとった中年の男だった。
神官の白とも、闇市の黒とも違う。
どこにも属さない色。
「……誰が、待っていたと」
「我々です」
男は、簡単に名乗った。
「王都評議会、
境界担当補佐官」
少年は、内心で息を整えた。
「補佐官、ですか」
「はい」
男は、あっさり頷く。
「ここは公式な場ではありません。
だから、
公式な言葉も使いません」
建物の中は、広かった。
机の上には、
一枚の巨大な地図が広げられている。
王国全土。
隣国。
海と山脈。
だが――
少年の視線は、
すぐに一点に吸い寄せられた。
「……ここは」
地図の一部が、白紙だった。
地形線も、地名も、国境もない。
「記載されていない地域です」
補佐官は、平然と言った。
「……なぜ」
「数に入っていないから」
あまりに即答だった。
「昔は、ありました」
補佐官は続ける。
「都市も、交易路も」
「では……」
「今は、ありません」
少年の喉が鳴る。
「……沈殿層に、落ちた?」
補佐官は、少しだけ眉を動かした。
「その言葉を、
どこで知りました?」
「答えを、
質問で返すんですね」
少年の声は、静かだった。
補佐官は、小さく笑った。
「失礼」
そして、あっさり言った。
「はい。
沈みました」
少年の胸が、締め付けられる。
「そこにいた人たちは」
「記録上、
存在していません」
補佐官は、地図を指で叩く。
「国を守るためには、
線を引く必要があります」
「線……」
「守る線です」
補佐官の声には、迷いがない。
「守れない場所を、
守ると約束しない」
少年は、地図から目を離せなかった。
そこには、
切られた世界の跡がある。
「……鍵を、使えと?」
補佐官は、首を振った。
「使え、とは言いません」
意外な答え。
「貸してほしいのです」
「……違いは」
「責任です」
補佐官は、はっきり言った。
「使えば、
あなたが世界を閉じたことになる」
「貸せば?」
「我々が、
必要な判断をします」
少年は、静かに首を振った。
「それは……
同じです」
補佐官は、少し考えた。
「感情論ですね」
「人の話です」
少年は、そう返した。
「数に入らない人の」
補佐官は、溜息をついた。
「あなたは、
国を救ったことがない」
「ええ」
「だから、
選べない」
少年は、否定しなかった。
「……でも」
補佐官は、地図の端を指す。
「ここは、
救いました」
王都。
城壁に囲まれ、
地図の中心にある場所。
「数百万人が、
生きています」
「……代わりに」
少年の声が、かすれる。
「数えられなかった人が、
沈んだ」
補佐官は、肯定も否定もしなかった。
「選択とは、
そういうものです」
沈黙。
建物の中で、
紙が微かに揺れる。
「……僕は」
少年は、ゆっくり言った。
「その地図を、
完成させたい」
補佐官の目が、細くなる。
「白紙を、
埋めたいと?」
「ええ」
「不可能です」
「だから、
拒みます」
補佐官は、初めて言葉を失った。
「……拒否、ですか」
「数えない選択を、
拒否します」
少年は、地図を見たまま言った。
「守れないから、
最初から切る――
それを、認めません」
補佐官は、静かに地図を畳んだ。
「……あなたは、
危険だ」
神殿と同じ言葉。
「分かっています」
少年は、頭を下げた。
「だから、
ここには長くいません」
扉へ向かう背中に、
補佐官の声がかかる。
「忠告です」
少年は、振り返らなかった。
「白紙は、
必ず増えます」
外に出ると、
夜の空気が肺に刺さった。
鍵を握る。
静かだ。
だが、地図の白紙は、
頭から離れなかった。
――数に入らない。
その言葉が、
この世界の“答え”なのだと、
はっきり分かってしまった。
少年は、歩き出す。
次に白紙になる場所を、
自分が作らせないために。
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