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世界を救うには切り捨てが必要らしいけど、俺は拒否することにした ―切り捨てない選択をしたら、誰にも歓迎されなかった  作者: 深影シオン
第4章 境界は、選ばれていた

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第3話 神殿代理人は、祈らない

 鐘の音が、聞こえなかった。


 それだけで、異常だと分かる。


 ノクティルには小さな礼拝堂がある。

 形だけの神殿分院だ。


 だが、そこでは祈りが鳴らない。

 鐘は飾りで、祭壇は形式でしかない。


 少年は、扉の前で立ち止まった。


 中にいる。


 ――祈っていない者が。


「入っていいですよ」


 先に声をかけてきた。


 若い男だった。

 白衣を着ているが、胸の紋章は目立たない。


 祈祷官ではない。

 管理官だ。


 部屋の中は、簡素だった。

 祭壇の前に机が置かれ、

 紙束と地図が広げられている。


 男は、椅子を指し示した。


「座ってください」


「……祈りは?」


 少年が尋ねると、

 男は一瞬だけ言葉に詰まった。


「……ここでは、必要ありません」


 それが答えだった。


「神殿の方ですよね」


「ええ」


 男は頷いた。


「正式には、

 境界監査官です」


 少年の胸が、わずかにざわつく。


「監査……」


「祈りが、

 どこまで届いているかを測る仕事です」


 男は、紙束を一枚めくる。


「ノクティルは、

 興味深い街です」


「切られなかったから?」


 男は、微笑んだ。


「よくご存じで」


 軽すぎる反応だった。


「……なぜ、切られなかったんですか」


 男は、指を止める。


「切れなかった、が正確ですね」


 訂正は、何気なかった。


「境界が、

 想定より歪んでいた」


 少年は、静かに聞いている。


「歪みは、

 沈殿層に流れました」


 その言葉が、

 あまりにも自然に出てきた。


「……知っていたんですね」


「ええ」


 即答。


「沈殿層は、

 閉界の副作用ですから」


 少年の呼吸が、少しだけ乱れる。


「副作用……」


「薬には、必ずあります」


 男は、当然のように言った。


「重要なのは、

 致死量を超えないこと」


 少年は、目を伏せた。


「……超えたら?」


「閉じます」


 迷いのない答え。


「それだけです」


 沈黙。


 部屋の中で、

 紙が擦れる音だけが響く。


「あなたたちは……」


 少年は、ゆっくり口を開いた。


「沈殿層に、

 人が住んでいることを?」


 男は、首を傾げた。


「“住んでいる”という表現は、

 正確ではありません」


「……生きている」


 男は、少し考えた。


「残存している、が適切です」


 その言葉が、

 刃のように胸に刺さる。


「それでも……」


 少年は、言葉を探した。


「それでも、

 切るんですか」


 男は、初めて表情を曇らせた。


「切らなければ、

 現世が崩れます」


 重い言葉。


 だが、そこには祈りがない。


「神は……」


 少年が言いかけると、

 男は小さく首を振った。


「神は、

 この議題には関与しません」


 はっきりと。


「世界を閉じる判断は、

 人の仕事です」


 少年は、静かに息を吸った。


「……それでも、

 正しいと思っている」


「ええ」


 男は、机の地図を指で叩く。


「我々は、

 失敗を最小化している」


 そのとき、

 鍵が、ほんの一瞬だけ重くなった。


 拒否の反応。


「……僕は」


 少年は、立ち上がった。


「失敗を、

 切り捨てるために、

 生きていません」


 男は、驚かなかった。


「でしょうね」


 むしろ、納得した様子だった。


「だから、

 あなたは危険だ」


「……危険?」


「はい」


 男は、はっきり言った。


「あなたは、

 副作用を“問題”として見てしまう」


 それは、神殿にとって

 最も都合の悪い存在だった。


「忠告します」


 男は、最後に言った。


「この街に、

 長く留まらない方がいい」


「なぜ?」


「沈殿層は、

 一定量を超えると、

 “切り返す”」


 少年の背筋が、冷えた。


「あなたが拒否を続ければ、

 ノクティルは、

 次の境界点になります」


 それは、脅しではなかった。


 事実の報告だった。


 少年は、静かに頭を下げた。


「……教えてくれて、

 ありがとうございます」


 男は、わずかに目を細めた。


「感謝されるとは、

 思っていませんでした」


「事実を、

 言ってくれたからです」


 少年は、扉に手をかける。


「あなたは、

 嘘をついていない」


 だからこそ――

 恐ろしい。


 扉を出ると、

 外はいつも通りの街だった。


 人々は笑い、

 店は開き、

 子どもは走っている。


 だが、少年には分かる。


 この街は、

 もう“数えられている”。


 切るか、

 切らせないか。


 選択は、

 確実に近づいていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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