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世界を救うには切り捨てが必要らしいけど、俺は拒否することにした ―切り捨てない選択をしたら、誰にも歓迎されなかった  作者: 深影シオン
第4章 境界は、選ばれていた

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第2話 売られるのは、鍵ではない

 ノクティルの夜は、音が低い。


 昼の喧騒が嘘のように、

 灯りは落とされ、声は抑えられ、

 街全体が息を潜めている。


 少年は、中央通りから一本外れた路地に入った。


 看板はない。

 だが、扉は開いている。


 中から、かすかな話し声と、

 鉄と薬品の混じった匂いが漏れていた。


 ――闇市。


 エルディアが言っていた。


 「ここでは、

  売られるのは物じゃない」と。


 扉を押すと、空気が変わった。


 広くはない地下空間。

 石壁に沿って、簡素な机が並び、

 その上に、遺物や結晶、古文書が無造作に置かれている。


 だが、視線は一斉に――少年に向いた。


 鍵ではない。

 顔でもない。


 立ち方だ。


 逃げないが、構えもしない。

 拒むことに慣れた者の立ち方。


「……来たか」


 声をかけてきたのは、

 黒衣の男だった。


 年齢は分からない。

 顔の輪郭が、どこか曖昧だ。


「噂は、もう回ってる」


「……早いですね」


「境界は、そういう場所だ」


 男は、机の一つを指で叩く。


「鍵を見せろ、とは言わない」


 少年の肩が、わずかに緊張する。


「じゃあ……何を」


 男は、笑った。


「拒否だ」


 その言葉に、空気がざわめく。


「使わなかった」

「閉じなかった」

「壊させなかった」


 囁きが、闇市を巡る。


「街が半分で済んだって話もある」

「祈祷が弾かれたらしい」

「下で……波が立った」


 最後の言葉に、少年は眉をひそめた。


「……下?」


 男は、少しだけ声を落とす。


「沈殿層さ」


 即答だった。


「お前が拒んだ瞬間、

 灰層がざわついた」


 少年の指先が、鍵に触れる。


 静かだ。

 だが、確かにそこにある。


「……それで?」


「それで、だ」


 男は身を乗り出す。


「その拒否を、貸してほしい」


「貸す……?」


「一回でいい」


 男の声は、真剣だった。


「閉じかけている場所がある。

 お前が拒めば、

 そこは切られずに済む」


 少年は、即答できなかった。


「……その代わりは」


 男は、少し考える。


「沈殿層への道を教える」


 周囲が、ざわつく。


「おい」

「それは――」


「いいだろ」


 男は制した。


「どうせ、

 このままでも辿り着く」


 少年の胸が、ざわめいた。


 ――辿り着く。


 それは、避けられない未来だ。


「……拒否は、道具じゃない」


 少年は、ゆっくり言った。


「使えば、

 誰かが楽になる代わりに、

 誰かが押し付けられる」


 男は、目を細める。


「それでも?」


「それでも、

 売れません」


 はっきりとした拒絶。


 闇市が、一瞬静まり返る。


 やがて、男は肩をすくめた。


「……やっぱりな」


 失望ではない。

 むしろ、納得したような声音。


「だから、

 価値がある」


 少年は、顔を上げた。


「売らないから?」


「違う」


 男は言った。


「売れないものを、

 持ち続けているからだ」


 その言葉に、

 少年は何も返せなかった。


 そのとき、奥の机から声が上がる。


「ねえ」


 振り向くと、

 フードを深く被った女が立っていた。


「拒否したとき、

 胸が痛まなかった?」


 唐突な質問。


「……痛みました」


 正直に答える。


 女は、ゆっくり頷いた。


「それでいい」


 フードの奥で、

 微かに笑った気配がした。


「下ではね、

 痛みがない選択ほど、

 信用されない」


 少年の喉が鳴る。


 闇市は、

 ただの犯罪の場ではない。


 ここには、

 切られた側の論理がある。


「……もう一つ、忠告だ」


 最初の男が言った。


「この街は、

 拒否を歓迎するが、

 滞在は歓迎しない」


「なぜ?」


「拒否は、

 境界を不安定にする」


 男は、天井を見上げた。


「長くいれば、

 この街ごと、

 “次”になる」


 沈殿層。


 その言葉が、

 重く胸に落ちる。


「……分かりました」


 少年は、頭を下げた。


「今日は、話だけで」


「それでいい」


 男は、最後に言った。


「拒否は、

 広がる」


 少年が扉を出ると、

 夜風が、ひどく冷たかった。


 通りの灯りが、

 揺れて見える。


 鍵を握る。


 静かだ。


 だが、確かに――

 下からの気配がある。


 拒否は、

 一人のものではなくなりつつある。


 少年は、空を見上げた。


 星は、見えない。


 だが、その代わりに――

 街全体が、

 何かを待っているように感じられた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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