第3話 正しかったはずの選択
煙が、空を覆っていた。
森を抜けた先にあったのは、集落だった。
いや――集落だった“もの”。
屋根は崩れ、壁は焼け、道には人が倒れている。
まだ温かい体。まだ乾ききっていない血。
少年は、その場に立ち尽くしていた。
「……遅かった」
声が、喉に張り付く。
ここは、さっきの集落よりも大きい。
十数軒はあったはずだ。
――助けられたかもしれない。
鍵が、ずしりと重くなる。
拒否したときだけ、こうなる。
まるで責めるように。
瓦礫の間から、うめき声が聞こえた。
少年は、はっとして駆け寄る。
倒れていたのは、老人だった。
胸が上下している。
「……大丈夫ですか」
老人は、薄く目を開けた。
「……祈りが、来た」
掠れた声。
「白い……人たちが……」
神殿。
老人は続ける。
「選ばれた者だけが……
連れていかれた」
「……選ばれなかった人は」
問いは、愚かだと分かっていた。
老人は、視線を逸らした。
「……ここに、残された」
少年は、歯を食いしばった。
これが、神殿の言う“浄化”。
救う数を決め、
切り捨てる数を決める。
「……なんで」
声が、震える。
「なんで、こんなことを」
老人は、かすかに笑った。
「世界のため、だろう」
皮肉でも、怒りでもない。
ただの事実として。
そのとき、空気が変わった。
祈りの圧。
重く、静かで、逃げ場のない感覚。
「……来た」
少年は、立ち上がった。
白い外套が、集落の外に並ぶ。
数は、先ほどより多い。
祈祷官の一人が、前に出る。
「ここにいるのは、君だな」
視線が、まっすぐ刺さる。
「《閉界の鍵》の担い手」
少年は、一歩下がった。
「……何しに来たんですか」
「回収だ」
即答。
「被害が拡大している」
少年は、思わず叫んだ。
「あなたたちのせいだ!」
祈祷官の表情は、変わらない。
「違う」
淡々とした声。
「君が、使わないからだ」
言葉が、胸を貫いた。
「君が鍵を閉じれば、
これ以上、浄化は必要ない」
瓦礫の間で、風が鳴る。
少年の視界が、揺れた。
――使えば、終わる。
この集落も、
次の集落も、
その先の街も。
でも。
「……それは」
声が、震える。
「世界を救うふりをして、
世界を切り刻むことだ」
祈祷官が、眉をひそめた。
「理解が浅い」
「理解してます!」
少年は、叫んだ。
「だから……だから、嫌なんです!」
その瞬間、鍵が強く脈動した。
境界が、閉じかける。
空気が、軋む。
祈祷官たちが、ざわめいた。
「……拒否反応?」
「いや、これは――」
少年は、歯を食いしばり、鍵を握り込んだ。
「……開くな」
自分に、言い聞かせる。
次の瞬間。
闇が、地面を割った。
ミルナだった。
「遅いって言ったでしょ」
皮肉な声。
「こうなる前に、壊せばよかった」
祈祷官の一人が、叫ぶ。
「闇界の者だ! 排除せよ!」
「無理無理」
ミルナは笑った。
「もう、ここは“歪んでる”」
闇が暴れ、祈祷陣が乱れる。
だが、完全には壊れない。
「行くよ!」
ミルナが、少年の腕を掴んだ。
「……嫌だ」
少年は、振り払った。
「また、誰かが死ぬ」
「もう死んでる!」
ミルナの声が、鋭くなる。
「選ばなかった結果が、これ!」
祈祷官の詠唱が、最終段階に入る。
光が、集落を包み始めた。
少年は、老人を見た。
動けない体。
諦めた目。
――今度こそ。
鍵が、限界まで重くなる。
使えば、全て終わる。
拒めば、また失う。
少年は――
拒んだ。
鍵を、地面に叩きつける。
その瞬間、境界が“弾いた”。
光が、押し返される。
祈祷が、破裂する。
「なっ……!」
祈祷官たちが、吹き飛ばされる。
完全な勝利ではない。
だが、完全な敗北でもない。
集落は、半壊で済んだ。
ミルナが、息を呑む。
「……それ、拒否だけで……」
少年は、膝をついた。
「……これが、限界です」
世界は、まだ壊れている。
人も、まだ死んでいる。
でも。
――切らせなかった。
それだけが、残った。
祈祷官たちは撤退した。
計算外の抵抗だった。
ミルナが、少年を見る。
「……やっぱり、厄介」
少年は、笑えなかった。
ただ、思った。
逃げるだけじゃ、足りない。
拒むだけでも、足りない。
それでも――
切らせない存在には、なれるかもしれない。
その小さな可能性だけを胸に、
臆病者は、立ち上がった。
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