第1話 置いていかれるのは、いつも弱い者だった
剣が、森を裂いた。
鋭い金属音と同時に、木の幹が割れる。
その衝撃で、少年は地面に尻もちをついた。
「……来たか」
カイルが、剣を構えたまま低く呟く。
エルディアは、すでに詠唱に入っていた。
周囲の空気が、じわりと歪む。
――追いつかれた。
王権騎士団。
神殿よりも重く、闇界よりも迷いがない。
“勝つために来た”人間たち。
木々の間から、銀の鎧が姿を現す。
数は五。
少数精鋭。
「……カイル=ヴァルド」
先頭の騎士が名を呼んだ。
「久しいな」
カイルの肩が、わずかに揺れた。
「生きていたか」
吐き捨てるような声。
「今度は、何を守っている」
視線が、少年に向く。
胸が、凍りついた。
――狙われている。
「……下がれ」
カイルが、少年に背を向けたまま言う。
「え?」
「今すぐだ」
強い声。
「森を抜けろ。
追撃は俺が引き受ける」
少年の頭が、真っ白になる。
「ま、待ってください」
「時間がない」
騎士団が、剣を抜く。
「カイル……」
エルディアが、何か言いかけて、止めた。
彼女は、状況を理解していた。
――これは、戦いになる。
「……僕も、逃げます」
少年の声は、震えていた。
「でも……あなたたちは……」
「それでいい」
カイルは、振り返らなかった。
「お前がいれば、
俺は剣を振れない」
その言葉が、胸に刺さる。
「……僕のせい、ですか」
一瞬、沈黙。
「違う」
だが、すぐに続く。
「お前がいると、選べなくなる」
少年は、何も言えなかった。
それは、責めている言葉ではない。
だが、拒絶だった。
「行け!」
怒号と共に、剣がぶつかる。
エルディアが、少年の腕を掴んだ。
「今は……別れるしかない」
「……また、会えますか」
エルディアは、答えなかった。
答えられなかった。
少年は、走った。
背後で、剣戟が激しくなる。
怒号。金属音。魔法の閃光。
振り返らなかった。
振り返れば、
きっと、足が止まるから。
森を抜け、斜面を転がるように下る。
息が切れ、喉が焼ける。
それでも、止まれなかった。
やがて、音が遠ざかる。
完全な静寂。
少年は、膝から崩れ落ちた。
「……一人、だ」
声が、震える。
エルディアもいない。
カイルもいない。
誰も、守ってくれない。
少年は、鍵を取り出した。
鉄の鍵は、いつも通り、重く、冷たい。
「……使えって、言われなくなったな」
誰もいない森で、苦笑する。
だが、それは救いではなかった。
今度は、
自分で選ばなければならない。
逃げるのか。
隠れるのか。
誰かを巻き込むのか。
あるいは――
鍵を、使うのか。
少年は、深く息を吸った。
「……使わない」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
臆病者は、臆病者のまま、立ち上がった。
だが今度は、
誰の後ろにも隠れていなかった。
森の奥へ、一歩。
世界から、完全に切り離された場所へ。
彼は、自分の意思で歩き出した。
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