うるせぇ、全部投げ捨てて愛に生きろ!
ネリー・ブライの人生は中々に波瀾万丈だった。
そこそこ大きな商家の娘として生まれ、優等生として王立アカデミーに通いと順風満帆の青春期を過ごしていたネリー。
しかし、父親が乾坤一擲の新事業に大失敗して歯車が狂った。
学費が払えずアカデミーからは退学。
借金により一家は離散し、先立つ金も後ろ盾もない彼女は、娼館で働くか冒険者になるかの二択を迫られることになる。
結局彼女は冒険者になることを決意。
冒険者稼業はきつい、汚い、危険の3K職場であり、当然様々な苦労もした。
それこそ、やさぐれて口調が少々変わる程に。
しかし、彼女にはアカデミーで学んできた知識と商家仕込みの嗅覚があった。
生まれつき図太さ逞しさもあった。
そんな彼女は努力の末に、『辺境を調査し論文に纏めたものが欲しい』というニッチな需要を満たす『冒険学者』としての地位を確立する。
そうして少しばかりだが生活に余裕ができた頃に、男もできた。
散々苦労したがここからは再び順風満帆……と思いきや、その彼氏がヒモ男だったことからまたも雲行きが怪しくなる。
内心不満に思いながらも「私もそろそろいい歳だし、彼を逃すと一生結婚出来ないかも……」なんてズルズル行っているうちに、男は増長。
ネリーの稼いだ金を使い込んで飲みに行き、酔った勢いで絡んだ相手が貴族で懲役20年で牢屋にぶち込まれた。
すまないネリー、反省している。
だから保釈金を払って牢屋から出してくれ!
そんな事をのたまうクズ男。
籍は入れておらず、そう言えば「付き合おう」と明言すらもされていなかったので助けてやる義理もないのだが、今まで多忙で他の異性と付き合った事もなかったが故に完全にダメンズに引っかかっていたネリー。
彼女はバカ高い保釈金を稼ぐために危険を伴う未開の地へ赴き、毒蛇に脚を噛まれて死にかけた。
そこを現地部族の青年に助けられ、そのまま村に滞在して生活を共にし、その文化をレポートを纏めつつ現在に至る。
「うん、脚は完治だ。後遺症もなさそうで良かったね。」
「ありがとう。本当に助かったわ。薬まで分けてもらって、なんとお礼を言えば良いのか……」
「いや、困った時はお互い様だよ。それに回復が早いのは君の応急処置がよく出来ていたからだろう。」
青年の名前はケミス・ファーマスと言った。
民族衣装をまとった碧眼褐色の美丈夫で、部族の薬師をしている。
恋愛脳ならこれはもうキュン展開だが、ネリーの場合はそうならなかった。何故ならーー
「ケミス、診察は終わったの?」
「ああ、ヤーク。よくきたね。」
いつもケミスの側には、ヤーク・イデアナという族長の娘がいて仲睦まじそうだったからである。
具体的にいうと距離が近いというか、物理的にひっついていたりする。
ケミスはヤークがいない時に「ほとんど妹みたいなものだよ」と言って笑っていたが、ネリーにはわかる。
これはもうすぐ、雨に濡れて二人きりになって顔の赤さは篝火のせいじゃなくて心に素直になって溺愛になるやつだ。
お似合いの二人を邪魔するのは本意ではない。
そ、それに私にも帰りを待つ男はいるし……(震え声)
「二人は本当に仲がいいわね。きっと50年後もそうしているわよ。」
それで、『情けは人のためならず』という名台詞を信じてアシストするような言葉をかけてやったのだが、二人の顔が曇った。
あれ、なんかまずいこと言っちゃった?
「……と、いうわけでこのまま雨が降らないとケネスは雨を司る女神様に身を捧げる必要があるのです。」
「立場も責任もあるからね、仕方のないことなんだ」
諦観の混じった表情の二人から事情を聞いたネリーは激高した。
「うるせぇ、そんなもん、ぜんぶ放り投げて愛に生きろ!」
かつて理不尽な運命に翻弄された自分と重なって、思わず叫ぶ。
なんでも、最近この地方は日照りが続いていて、あと一週間雨が降らなければ雨乞いの儀式をするという。
その方法は大掛かりな焚き火をしながら村一番の美男子を生贄に捧げる事で、その役にはケミスが内定しているのだと。
「ナンセンスよ!」
アカデミーで学び、冒険学者として様々な地を訪れていたネリー。
どんな経緯でこんな儀式ができたかは、手に取るように分かった。
科学が未発達な時代、各地の族長達は様々な方法で信仰する神に祈り、過去の成功体験を元に祈祷を作り上げてきた。
ケミス達の部族は過去に焚き火と生贄を捧げた後に雨が降った結果、それが儀式として定着したのだろう。
確かに、儀式で大規模な焚き火を行うことは理にかなっている。
それが上昇気流となり雲を作り、雨を降らすことがあるからだ。
「でも生贄は不要だわ」
「......なぜそういいきれるんだい?」
まず、女神の存在が観測されていない。
それにいい男を火炙りにすることを望み、皆が悲しむのをみて悦にひたる神がいるとしたら、それは邪神の類だ。
「少なくとも、信じて心の支えにする対象には相応しくないと思う。全く、認知の歪みって怖いわよね。」
「なるほど、ダメ男を助けようと遠征して死にかけた君が言うと説得力が違うね。」
それは今言わなくていいから!
「あと、もしそんな嗜虐的な神がいるなら、『へぇ〜アンタ達そんなに困ってるの〜、じゃあもっと苦しめるね』と考える方が自然じゃないかしら。つまり生贄は逆効果。」
「凄いですネリーさん。私、そんなことは考えたこともありませんでした!つまり、ケミスが死ぬ必要はないのですね!」
ネリーの言葉に目を輝かせるヤーク。
しかし、ケミスはまだ何かを考える素振りをしている。
「まだ何か心配があるのかしら?」
「ああ。素晴らしい考えなのだが……保守的な族長達が納得するかなと思ってね。単純に生贄をなくすだけだと、女神様の怒りを買うことを恐れると思うんだよ」
それに、焚き火で必ず雨が降る保証はないだろう?
その時、君に怒りの矛先が向かないか心配なんだと続けるケミス。
その言葉にネリーは思う。
やっぱりコイツは賢くていい男だな。
自分の命が危うい時に、私の心配をするなんて......
だからこそ、絶対に死なせたくないな。生きて幸せになって欲しい。
「なるほどね……よし、族長達には生贄の代案を提示するわ。きっとそれで上手くいくはずよ!」
◇
結局、一週間たっても雨は降らず雨乞いの儀式が行われることになった。
まずは、いつも通り大掛かりな焚き火。しかし、今回の儀式は、ここから先が変更されている。
祈祷師に代わり声を張り上げるネリー。
「さあ、女神様。今回は趣向を変えて薄着の男を沢山ご用意しました!」
これが彼女の策。
「今雨を降らせば、彼らが感謝の濡れ透け舞を奉納します。水も滴るいい男が見放題ですよー!」
族長達に「もし自分が女神なら、火炙りにされる男より、セクシーな濡れ透け男達の踊りが見たい!」と熱弁して実現させた代案である。ちなみに、村の女達も深く頷いていてそれも実現の後押しとなった。
少々癖を暴露している気がするが、なぁに所詮は旅の恥。
かき捨てかき捨て。
続く日照りにより薪が乾燥しているらしく、火は轟々と燃え塵芥を含んだ上昇気流が空へ運ばれていく。
それを、こっそりと仕込んだ風の魔法陣でさらにサポート。これで雨雲ができるはずだ。
しかしーー
「お、おい。雨が降らないじゃないか」
「やはり生贄が必要なのでは……」
なかなか雨が降らず、村の年長者達から猜疑の声があがりはじめた。
ネリーの背中を冷や汗が伝う。
その時、両側に控えていたケミスとヤークが耳元で囁いた。
「……きっと大丈夫だ。ネリー、もう少し時間を稼ぐために、別の趣向を提示してみてくれ。」
「私達にできる事なら何でも言って下さい。」
うん、わかった。ありがとう。
ところで今、『なんでも』っていったね?
ポーカーフェイスを保ちながらも、内心では焦りを感じて半ギレしていたネリー。
ならばイベントにかこつけて焦れったいアンタらもくっつけてやるわいとヤケクソ気味に叫んだ。
「わかりました女神様!もし雨が降れば、ここの村一番の美男子ケミスが、愛する女とまぐわう姿も奉納いたします。さっさと雨を降らして、心ゆくまで出歯亀してください!」
1時間後。
村の男達は土砂降りの雨の中で濡れ透けの舞を奉納していた。
しかし、誰も死なずに済んだことからその表情はとても明るい。
「本当にありがとうございました。」
「いいえ、それよりもごめんねヤーク。『愛する女とまぐわう姿を奉納する』なんて言っちゃって……」
冷静に考えるととんでもないこと言っちゃったなと反省するネリーの言葉だったが、キョトンとするヤーク。
「いえ、驚きはしましたがそれはケミスに関わることですし私は全然。むしろネリーさんの方こそよろしかったんですか?きっとケミスは『愛する女』として貴女を指名しますけど。」
「え?いやいや、貴女とケミスってお似合いだと思うんだけど……」
その言葉にヤークは吹き出した。
「私とケミスは血が繋がっているんですよ。幼い頃に両親を流行病で亡くして、ケミスは先代医師に、私は族長に、それぞれ引き取られたんです。」
だから籍は違うんですがと言って笑うヤーク。
「だから言ったじゃないか、ヤークはほとんど妹みたいなものだって。」
ネリーが口をあんぐりと開けていると、後方から声が聞こえた。舞の奉納が終わり、濡れ助となったケミスがいつのまにか戻ってきていたらしい。
濡れた薄着が身体に張り付くことで引き締まった身体のラインが強調されていた。
また、水滴が垂れないようオールバック気味にされた髪や首筋を伝う水滴がセクシーさを演出しており、思わず赤面してしまうネリー。
そこにケミスは爆弾を投下する。
「それと、寝所の用意ができた。そこでお願いなんだが、ネリー……『愛する女』として君を指名させてくれ。」
「ええ?!」
い、いやいや。
私、そんな誰とでもすぐ寝る軽い女では……
「勿論責任はとる。俺のことが嫌いではないのだろう?結婚して一緒に暮らそう……それとも、嫌か?」
眉根を下げた顔。
ドキッとする。その表情は反則だ。
「い、嫌じゃないんだけど、というかむしろ嬉しいんだけど……そう!書きかけの論文と牢屋で待ってるダメ男が……」
内心嬉しいくせに肝心な所でヘタレてゴニョゴニョ言い出すネリーに、ケミスはため息を一つ。
そして、いつぞや彼女から言われた言葉を返した。
「うるせぇ、ぜんぶ放り投げて愛に生きろ!」
「ひゃ、ひゃい」
その後二人について少しだけ話そう。
結論からいうと、これもまたいつぞやのネリーの想像した通りの展開になった。
すなわち、寝所までの移動で雨に濡れて二人きりになって、顔の赤さは篝火のせいじゃなくて心に素直になって溺愛になるやつだった。
なお、ネリーは書きかけの論文についてはその後キッチリと完成させた。
まとまった金を手にし、愛するケミスとの子供を育てることに使うためである。
ちなみに王都のヒモ男は順当に懲役20年のお勤めを果たすことになったが、まあこの辺はネリーにはもう無関係の話だろう。




