第33話 魔軍進行
「...わかったわ。村の皆には私から伝える!リク君もくれぐれも気を付けてね!」
「はい。ありがとうございます。」
女性はカエデさんという名前らしい。
今までも村で見かけた事はあったけれど、名前は知らなかった。
...向こうは知っていたようだが。
暴漢に襲われかけ、そして目の前でその暴漢が死んだ。
かなり衝撃的な出来事のはずだが、カエデさんは思いの外早く落ち着きを取り戻してくれた。
村人への避難勧告は彼女に任せ、僕は女神騎士団の元へ戻る事にする。
老人や子供は避難が難しいかもしれないし、逃げた先で襲われる可能性もある。
仮に全員の避難が出来たとしても、村を焼かれてしまってはこの先の生活が成り立たなくなってしまう。
やはり女神騎士団を止めるのが1番だ。
しかし...正直かなり厳しい状況だ。
ギリオール、アルミンドの2人を屠った僕だが、この2人に関しては不意打ちが成功したからに過ぎない。
どちらも真正面から戦えば、おそらく負けていただろう。
そんなヤツらがあと20人近く居る...。
僕に、やれるだろうか。
「...生き残る事を最優先にしてね。」
「え?」
僕の表情が優れなかったのを見てか、カエデさんはそんなふうに声をかけてくれた。
「私達は大丈夫だから...リク君は自分のことを第一に考えて。」
「それは...でも...」
「って言っても聞かないわよね。この村の人はみんなそう。だから思う存分やれる事をやって、それでもダメなら逃げちゃいなさいな。信じてもらえないと思うけど、村の皆は絶対に無事だから。」
「......。」
それはなんの根拠もない励ましの言葉だったが、カエデさんの表情は決してデタラメを言っている様には見えなかった。
僕は不思議に思いつつもカエデさんに別れを告げ、家を後にする。
「...。」
やれるだけの事はやろう。
カエデさんはああ言ってくれたが、やはりどう考えても村に被害が出ないとは思えない。
「...くそ。1度試したいな。」
僕は森を進みながら呟く。
実はアルミンドを捕食した際、スキル【双剣技】を入手していたのだ。
人間を捕食してスキルを得られる事は希だが、このタイミングで入手できたのは大きい。
とはいえ僕は、短剣での訓練しか積んでいない。
短剣を2本持ち、同時に操るという双剣技...果たしてどこまで使いこなせるだろうか。
向いているかどうかで言えば向いているとは思う。
体格的に、軽量武器は僕に合っているのだ。
だが...ぶっつけ本番でというのはあまりにも危険だ。
スキルを得たからといっていきなり双剣で戦闘をするのは避けるべきだろう。
ラグナさんの教えもある。
1度どこかで試しておきたいが...。
「こういう時に限って魔物に出会わないんだよね。」
気付けば野営地の近くまで辿り着いていた。
まぁ仕方がない。
気持ちを切り替え、ここからの立ち回りを考えよう。
「さて...。」
手持ちの武器は、リザードマンの立槍、ラグナさんに買ってもらった短剣、ギリオールの剣、アルミンドの双剣。
スキルは、槍術、斧武、双剣技、水魔法、潜水、伸縮、変身、読心術、鑑定、アイテムボックス、捕食。
これらを駆使してこの状況を打開しなくてはならない。
―――――――――――
「...まずい。とてもまずい。」
あれから3時間程経った。
が、今のところ1人も狩れていない。
単独で野営地から離れている騎士が居ないのだ。
見張りをしている騎士たちはそれぞれ互いが認識出来るくらいの距離で徘徊している。
各個撃破出来る隙がない。
幸いなのは、彼らが魔力の節約の為か、はたまた単純に舐めきっているのか、魔力感知を行わずに五感のみで警戒している事だ。
魔物避けの魔道具を置いているのでそれで充分という事だろう。
おかげで今のところ、森の暗闇に紛れて一方的に観察出来ている。
「...くそ。あと何時間だ?3時間?いや移動開始は2時間後ぐらいか?」
時計がないので体感でしかないが、おそらく今は23時頃。
作戦開始は2時なので、村までの移動時間を考えるとあまり時間が無い。
野営地を離れてしまえば、彼らは集団で行動するだろう。
襲撃の機会はここしかないのだ。
そしてそろそろ、僕とアルミンドが斥候から戻らない事に疑問を持たれる頃だ。
彼らは皆アルミンドの女癖を知っているので、おそらくはそのおかげでまだ騒がれていないだけだろう。
だかそれも、もうそろそろ限界だ。
1度警戒されてしまえば僕に勝機は無い。
どうする。
どうするどうするどうする。
そんな風に思考の坩堝に囚われていると...
「ゴァォアォオォオアァァアアッ!!!」
「っ!?」
森の暗闇に轟音が響いた。
「魔物!?...こんな時にッ!」
声は上空から聞こえる。
空は木々に隠れているので姿こそ見えないが、魔力感知を向けるまでも無く、圧倒的な存在感がそこにはあった。
「ウォォオオオオンッ!」
空だけじゃない。
地上からも獣の雄叫びの様なものが響いてくる。
それも複数だ。
何故...どうしてこんなタイミングで。
女神騎士団だけでも手に負えないのに、魔物の群れなんて...。
「魔物だァ!」
「寝てる奴は叩き起こせ!」
「隊長!!指示を!」
野営地の方から騎士たちの怒号が聞こえる。
彼らもこの緊急事態に大慌ての様だ。
「...くっ。」
こうなっては仕方がない。
もう女神騎士団がどうこう言っている場合では無くなってしまった。
1人でも多く逃がすべく、村へと走る。
これはきっと魔軍進行だ。
そうとしか思えない程に周辺は魔物の気配で溢れている。
ライフィリア教の管理する【静謐の泉】が本当に魔軍進行を起こしてしまったのか。
他にも近くにダンジョンがあり、そこから溢れ出して来たのか。
それは定かではないが、魔軍進行の際は魔物たちは人の多い所に集まる。
このままでは避難先ごと村は呑まれてしまうだろう。
「...あぁ...もう!」
少し森を走っただけで、遭遇してしまった。
黒い大きな狼だ。
見た事のない魔物だが、少なくともリザードマン以上の圧を感じる。
そりゃそうだよな。
そこら中から魔物の声が..気配が漂ってくるのだ。
村までの道程で出会わないわけが無い。
「...。」
狼は静かにこちらを見ている。
僕はなるべく刺激しないようにゆっくりと短剣を抜いた。
やるしかない。
ここを切り抜けて、村へ行かないと。
それもなるべく早く。
勝てるかどうかも怪しい相手を前にそんな事を考えていると...狼はこちらに向かって駆け出して来る。
「くっ...。」
速い。
暗闇に溶け込む黒い身体。
その上で走竜を遥かに凌ぐ機敏さを持っている。
狼はほとんど目で追えない内に僕の目の前まで迫り...
僕を素通りした。
「...は?」




