第32話 暴漢に粛清を
「...お。帰ってきたな、ギル。さっきのガキは?」
「厩の裏で伸びてますよ。ありゃ金輪際俺らには逆らわないっすね。」
女神騎士団の1人に声をかけられ、僕はそう答えた。
確かこの騎士は、セルカという名前だったな。
【捕食】したギリオールの記憶で見た覚えがある。
「ハハッ。あのガキ、街の近くで助かったな。人気の無い所だったら死んでたぜ。」
「そっすね。ザコのクセに威勢だけは良い奴っているんすよねー。」
「だな。...っし、そろそろ出発だ。はぁ...あんな田舎まで行くのはダリィけど、これもお仕事だ。さっさと片付けて帰ってこようぜ。」
ああ、片付けよう。
お前ら全員、殺してやる。
期限は2日間。
女神騎士団がイガラシ村に着くまでの勝負だ。
――――――――――
2日後。
誰も殺せませんでした。
いや、機会はあったんだ。
宿泊の為に立ち寄った街では、夜間1人きりになる団員もいた。
道中も用を足しに隊列を離れたりする者もいた。
けれど、そこで殺してしまうと犯人探しが始まる可能性がある。
そして団の中に裏切り者が居る、という事になれば十中八九僕がそれだとバレるのだ。
女神騎士団は性根こそ腐っているものの、戦闘職の中でもエリート中のエリートしか所属出来ない。
中にはラグナさんと同等の魔力感知の使い手が居るかもしれない。
そうなれば祝福の成長度合いで今までのギリオールとは別人である事が露見してしまうだろう。
犯人探しの間は行軍が止まるかもしれないが、僕が捕まるなり殺されるなりしてしまえば、イガラシ村を救う事が出来なくなってしまう。
それだけは避けなければならない。
結果的に僕はこの2日間、まともに動く事は出来なかった。
しかし、機会はまだある。
「よし。決行は深夜2時とする。それまで食事と休息を取りつつ、作戦の確認を行うぞ。」
イガラシ村から1時間程の位置にある平原。
ここから村の間には鬱蒼と繁る森がある。
そこで野営の準備をする団員達に向け、グレイゴードンが声をかけた。
深夜2時...。
今は日没直後だから、時間はある。
この時間で出来る限りのことをしよう。
グレイゴードンから作戦についての情報共有が行われ、その後は食事を摂る者、休息を摂る者、見張りをする者と別れていった。
食事を摂った後、僕は自ら名乗りを挙げ、斥候を買って出た。
理由を付けて村に行き、村人の避難をさせる為だ。
「おいギル。抜け駆けは無しだぜ?」
「分かってるよ。俺1人で皆殺しは流石に無理だ。」
「チッ...相変わらず口の利き方がなってねぇな。」
「そりゃ先輩譲りっすね。」
よし。
皆遠征の疲れがあるからか、斥候をやりたがる者は居ない。
都合良く1人になれそうだ。
そう思った矢先...
「私も一緒に行きましょう。ギリオール君を信用していない訳ではありませんが、何せまだ新人ですからね。お手本をお見せしますよ。」
アルミンドという気取った騎士がそう名乗りを挙げた。
コイツは無類の女好きだ。
過去に同様の作戦で、女性関係で問題を起こしているらしい。
確か祝福は【双剣士】だったか。
「アルなら斥候経験もあるしな。...ギルに変なことまで教えんなよ?」
「ふふふ。何のことやら。」
双剣士は身軽さが売りの祝福だ。
斥候には向いているのかも知れない。
同行者の存在は面倒でしか無いが...仕方がない、か。
新人1人に仕事を任せるというのはあまり現実的では無いしな。
僕とアルミンドは野営地を外れ、森に入る。
夜間ではあるが念の為街道は避け、下草を踏み折りながら進んだ。
終始無言で歩き続け、たまに現れる魔物はアルミンドが瞬殺していく。
そしていよいよ村が見えて来た。
「...ここから魔力感知で探る感じでいいんすよね?」
「ん。んー...まぁ本来ならそうなんですけどね。」
ギリオールの記憶から斥候の基本手順はおさらい済みだ。
前世で食った冒険者達もこの辺りの基本は同じだったのでそれをそのまま口に出したのだが...
「違うんすか?」
「ふふ...あそこ、分かります?」
そう言ってアルミンドが指す先には、村の端に位置する民家があった。
僕は魔力感知をそちらに向けるが、如何せん今の僕では距離が遠過ぎて魔力が届かない。
「すんません。俺には遠過ぎて...」
「ふぅん?前は100mくらい余裕とか言ってませんでした?」
「...いや、ちょっと盛ったっす。」
これは嘘じゃない。
ギリオールは修練不足でほとんど魔力感知が使えなかったのだ。
優れた祝福を持っていたのになんとも勿体ない限りだ。
「そ。まぁいいけど。...あそこの家ね、女性が1人で住んでるっぽいんですよね。それもおそらくは若い子が。」
「...はぁ。」
そうだ。
あそこは確か、旦那さんを早くに亡くした女性が1人で暮らしている。
嫌な予感がした。
「作戦が始まってからだと中々時間が取れないかも知れないでしょう?今のうちに少し遊んでおこうかなって。」
「......。」
殺気を隠せ。
殺るならアルミンドが隙を見せてからだ。
「ギリオール君は家の外で見張っててください。それとも、君も混ざりますか?」
「...いや、俺はいいっす。」
「ふふふ。君にはまだ早かったですね。」
今はコイツの話に合わせよう。
大丈夫。
隙なら必ず出来る。
アルミンドが先行し、僕がその後ろに続く形で民家を目指す。
遠目に見える家々はまだ明かりが点いているが、イガラシ村はド級の田舎だ。
日暮れ後に外を歩いている人なんて居ない。
コンコンコン。
アルミンドはどこまでも気楽な様子で民家の扉を叩く。
「はーい。...って、どちら様ですか?」
「夜分にすみません。女神騎士団の者です。少しお話よろしいでしょうか?」
「ええと...はい。」
扉を開けて現れたのは予想通り、若い女性だ。
女性はほとんど抵抗なく、僕たちを招き入れる。
一目見て女神騎士団と分かる格好をしているとは言え、些か不用心では無いだろうか。
いや、もしかしたら子供の僕が居ることで安心させてしまったのかも知れない。
「それでその、お話というのは?」
「そうですね。...ではまず、こちらをご覧ください。」
アルミンドはそう言って、腰から2本の短剣を抜いた。
「...え?」
「抵抗すれば斬ります。大人しく服を脱いで横になってください。」
嫌に慣れたその所作が、彼の余罪を表しているようだった。
本当に胸糞悪い。
「ギリオール君は外で見張りを。...なるべく早く終わらせますので。」
「...うっす。」
女性ににじり寄りながら言うアルミンド。
女性は何がなにやら分からないと言った様子で、目の端に涙を溜める。
...ダメだな。
これ以上は見ていられない。
僕は【変身】を解き、顔を戻しながら声をかける。
「僕はミクリヤ=リクです。直ぐに片付けますので落ち着いてください。」
「えっ...リク君?」
「は?何を...」
唖然とする2人。
構わず僕はギリオールの剣を抜く。
奴を食った時、スキルは得られなかった。
前世と同じだ。
人間を食っても殆どスキルや能力面での恩恵が無い。
「【取り出し】【水球×5】。」
アルミンドの首に向け、切っ先を突き出す形で剣を構える。
剣に向けて飛び込むように、アルミンドの正面側に水球を召喚し、吹き飛ばした。
「がっ...!?」
うん。
やはり膂力だけでは貫け無かったな。
アルミンドの祝福は僕のそれより数段上で、無防備だった首でさえ恐ろしい強度を持っていた。
けれど流石に不意打ちという事もあり魔力強化も間に合っていなかったので、どうにか貫く事に成功した。
「...家の中を汚してすみません。」
「あ...え、えぇ...。」
呆然とする女性。
そりゃそうだ。
あまりにも状況がとっちらかっている。
僕は彼女を落ち着けるべく、ゆっくりを事情を説明する。
こんな状況で心苦しいが、お願いしたい事もあるしな。
早急に正気を取り戻してもらわなくては。




