第20話 突然の休日
大魔水牛を倒した後、ボス部屋には2つの扉が現れた。
一方は【ダンジョンコア】が鎮座するコアルーム、もう一方は宝箱が置かれた宝物庫。
2つの扉はそれぞれの部屋に繋がっている。
そのどちらにも転移陣というモノが設置されており、これを踏むことでダンジョンの外に一瞬で転移する事が出来るのだが、ダンジョン攻略者はこのどちらかの扉を選択する必要がある。
複数人での攻略の場合、代表者1名が扉を選択する事になり、片方の扉を開けるともう片方は消えてしまうという仕様になっている。
これはダンジョンマスターの最後の悪あがきと言われている。
「お宝をくれてやるから見逃してくれ」という事だ。
とはいえ、コアルームの扉を選ぶ者は少ない。
ダンジョンコアを破壊するとダンジョンマスターは死に、ダンジョンは新しく魔物や宝、罠を生まなくなるのだが、それは脅威の排除であると同時に、資源の放棄になってしまう。
なので、国やギルドからダンジョンコアの破壊依頼でも無い限り、基本的にはコアの破壊は厳罰の対象となるのだ。
コアルームの扉は青、宝物庫は金とそれぞれ色分けされているのでまず間違えることは無い。
ラグナさんも当然、宝物庫の方を選んだ。
宝物庫の宝箱には【清流の大斧】という武器が入っており、使用する機会も無いため売りに出すとのこと。
ちなみに大魔水牛の死体は、めぼしい素材を剥ぎ取った後で僕が貰った。
アイテムボックスに喰わせ、スキル【斧武】と【水魔法】を手に入れたものの、手放しで喜ぶことは出来なかった。
祝福と業が強化された事は喜ばしい事だったが、スキルに関しては恐らく死蔵する事になる。
ラグナさんによる教育は、僕にそう思わせるだけの衝撃があったのだ。
しかしラグナさんからは...
「【水魔法】の方なら有りかもな。...まぁ死ぬほど訓練するなら、っていう注釈付きだが。」
という言葉を貰った。
そうか。
別に何もかも捨てる必要は無い。
自分が使いこなせる範囲に絞って磨く分には問題無いのか。
けれどラグナさんですら火球1つに2年をかけた。
それは覚えておくべき事だろう。
スキルがある分、魔法を覚え使用出来るようになるのは僕の方が早いかもしれないが...上手く使えるかどうかとは関係が無い。
そこは戦闘センスというか、経験が物を言うところだと思う。
とにかく驕らず、磨き続けよう。
本当の強さを身に付ける為に。
その後街に帰り、冒険者ギルドに報告を済ませ、ラグナさんの家に戻ったのはすっかり日が暮れてからの事だった。
予定外に帰宅が遅くなってしまった事によりリロアさんは相当お冠だったが、それを見越したラグナさんがお土産に買っていた甘いお菓子を渡すことで事なきを得た。
この辺りは流石に異常性愛妻家。
奥さんのご機嫌取りを熟知している。
そして夕食を済ませた後の訓練では、散々扱かれた。
「...よっわ。」
ラグナさんのこの言葉は僕を充分以上に傷付け、今後驕る心配など無さそうだと変な安心感を覚えた程だ。
「スキルの方はともかく、祝福を鍛える為にも【捕食】はバンバン使ってけ。格上を2体も喰って尚この有様なら、心配は無さそうだ。」
当然この言葉にも傷付いた。
ラグナさんは相手を見ればどの程度祝福が育っているのか凡そ分かるらしい。
リザードマンと大魔水牛を喰って僕の祝福と業はかなり成長し、当初は力に振り回されることを心配していた様なのだが...やはりどちらも戦闘職じゃないからか、能力値の上昇はそれ程でも無いらしく、その心配は杞憂に終わったようだ。
今後も討伐系のクエストを受け、討伐による経験値と捕食による恩恵で、祝福と業を育てる。
そしてそれ以上に訓練に力を入れ、自身の身体やスキル、魔法を使いこなす事に重きを置いていく。
僕の育成計画はそんな方針で固まった。
――――――――――
碧の洞窟に挑んでから10日が過ぎた頃。
2日に1回はダンジョンに赴き、その他の時間は大半を訓練に費やすという地獄の日々を送っていた僕だが...その日はいつもと違う1日となった。
「今日は休みな。」
「.......ヤス...ミ...?」
ヤスミ?
人名か?
いやダンジョン名か。
もしくは新しい訓練方法だろうか。
言葉の響からして訓練方法の場合はマズイ。
恐らくヤスリを使ったものだ。
なんだろう。
踵をヤスリで削り、つま先立ちで生活させることで敏速性を上げるというものだろうか。
ヤダなぁ。
「なんかアホな事考えてんだろ?今日は訓練もクエストも無しだって言ってんだよ。今日だけじゃなく明日と明後日もな。」
ボコっ。
と頭を殴られて正気に帰った。
ヤスミ...休みか!
まさかこの人の口からそんな言葉が出てくるとは。
「うふふ。リク君頑張ってたもんねー。たまには羽を伸ばしていらっしゃい。お小遣いもあげるから。」
「リロアさん...結婚してください。」
「もうリク君ったら。...もう少し大きくなったら、ね。」
「よし。リク、表に出ろ。床を汚したくねぇ。」
突然の休みというご褒美に感情が荒ぶってしまった。
嬉しい。
正直とても嬉しい。
「しかしなんでまた休みなんて...師匠、調子悪いんですか?」
「舐めんなよザコ弟子。俺はいつだって絶好調だ。」
修行の日々の中で、僕はラグナさんを師匠と呼ぶようになった。
「今更だがお前にラグナさんって呼ばれるの気持ち悪ぃな。師匠って呼べ。」という有難いお言葉をいただいたからだ。
「...大人の事情ってのがあんだよ。」
「リク君はどこか行きたい所あるの?もし良かったら私が案内しようか?」
む。
これはあまり掘り下げない方が良さそうだ。
ラグナさんだけならともかく、リロアさんも話の方向性を変えてきた。
僕は空気が読める子供だ。
ここは流されよう。
「そうですね。観光とかもしてみたいですが...クルムの所に行ってみようかと。」
結局、教会で別れてからクルムとは会えていない。
巷に流れてくる噂で、王都から貴族が会いに来たとか、神殿騎士団と共にダンジョンに行ったとかいう話は聞いていたので、とりあえず無事なのは分かっていたが...。
僕自身も多忙かつ疲労困憊という満身創痍な状態だった為に、後回しになってしまっていたのだ。
「あら良いわね。私も会ってみたいわー。」
「はンっ。ガキ同士の逢瀬なんて生意気なんだよ。」
逢瀬って...
別に僕達はそんな関係じゃないし、そもそも無事に会えるかも分からない。
だがいずれクルムは王都へと連れていかれてしまうらしいし、その前に会って伝えておきたいのだ。
僕が15歳になり、冒険者ギルドに登録出来るようになったら迎えに行くと。
クルムの方が誕生日が早いのでその時にはクルムも登録出来るから問題は無い。
そしたら一緒に冒険者をやろう、と。
そう伝えたい。
「...あ。」
「どうしたの?」
誕生日。
そうだ。
あまりに忙しくて忘れていた。
「クルムの誕生日。今月の25日なんです。」
「まぁ。5日後じゃない。何か買って行ってあげないとね。」
子の月の25日。
今日から5日後のその日はクルムの11歳の誕生日だ。
会えるかどうかも分からないが、僕はリロアさんにお小遣いを貰い、プレゼントを買ってから教会に向かう事にした。




