第19話 最強の冒険者
「...どこまで行くんですか?」
「1番奥。」
ラグナさんの後ろを歩くこと1時間程。
第4階層を抜け、ついには第5階層に突入した。
そこから更に1時間程歩いても歩みを止めないのを見て、漸く声をかけたのだが...返ってきたのはそんな言葉だった。
「え?まさか、ダンジョンボスに挑むんですか?僕戦いませんよ?」
「当たり前だろ。ここのボスはAランクだぞ。お前なんか鼻息で死ぬわ。」
ここ碧の洞窟は全5階層からなるダンジョンで、FからBランクの魔物が幅広く湧くというその性質から、銅から金級の冒険者まで幅広く利用されている。
但し、第5階層の最奥に居るダンジョンボスに挑む者は殆ど居ない。
ラグナさんの言う通り、ダンジョンボスはAランクの魔物だからだ。
一流の冒険者ですらレイドを組み、鍛錬を積んだ兵士ですら軍として挑む魔物。
それがAランクだ。
そしてそんな怪物に単身で挑む事を許された冒険者こそが、白金級の冒険者なのである。
「じゃあまた僕は見学ですか?...どうして?」
リザードマンの時とは訳が違う。
手本を見せられたとて...ボスの行動パターンを学んだとて意味が無い。
どんな奇跡が起きようと、どんな機転を利かせようと、僕ではAランクの魔物に勝てるわけが無いのだから。
「今一度俺の強さを見せてやろうと思ってな。」
「強さ、ですか。それならもう充分に伝わってますが。」
ここに至るまでに出会った魔物の中には、Bランクの魔物もいた。
一流の冒険者が複数人でかからないと倒せないような魔物たちだ。
しかしラグナさんは、さして苦労することも無く討ち滅ぼしていた。
イガラシ村でもBランクの魔物を含む集落(集落単位ではAランク相当)を潰している。
その強さはこれでもかというくらいに理解しているつもりだ。
「...ふん。これからお前に見せるのは、俺が何故強いのかっていう理由の部分だ。」
「理由?...あ。」
そんなやり取りをしている間に着いてしまった。
碧の洞窟、その最奥。
岩肌に不釣り合いな立派な大扉。
ラグナさんはその扉を躊躇なく開く。
ギィ...
っと音を立て、ゆっくりと開いていく扉。
「お前...俺の祝福が何だか分かるか?」
「...え?」
そういえばまだ聞いていない。
白金級であり、これほどの強さを持っているのだ。
レア職ではあると思うが...
「【剣士】だ。」
「......は?」
剣士?
コモン職の中でも更に在り来りな、あの剣士?
僕が前世で出会ったコモン職達は、せいぜいが銀級だった。
金級から先はレア職の領域の筈。
「な、何を言っているんです...?剣士がこんなに強いわけ...」
「よく見てろ。」
ボス部屋の中央に君臨する影。
近付くにつれその輪郭はハッキリと浮かび上がってくる。
体高5mを超える巨体。
手にはその巨体と同等の大きさを誇る凶悪な斧を持ち、頭に逆巻く2本の角は童話に出てくる悪魔のソレを彷彿とさせた。
碧の洞窟のダンジョンボス。
二足歩行の水牛の怪物。
【大魔水牛】だ。
「お前に、強さってヤツを教えてやる。」
ラグナさんが駆け出すのに合わせるように、大魔水牛は雄叫びを上げた。
「ブモォォオオオッッ!!!」
その叫びが生み出す衝撃波で、僕の身体は後ろへと吹き飛ばされる。
「だッ!?...ぐぇ。」
「そのままそこで見てろ!」
壁に叩きつけられて肺から空気が失われる。
ラグナさんはそんな僕の様子を背中越しに確認しながらも、大魔水牛へと突っ込んで行った。
「ゴォモォッ!」
「...遅せぇよ。」
大魔水牛が振り下ろした巨大な斧。
大質量のそれが地面へ激突し、派手な火花と風を散らす。
だがそれだけだ。
ラグナさんは最小限の動きで斧を躱し、そのまま斧に飛び乗り、丸太のような腕を伝って頭へと向かって行く。
「ブモッ!」
対する大魔水牛も角を使って迎撃しようと首を振るうが、ラグナさんはその動きを読んでいたかのように右手を突き出し...
「【火球】。」
と、唱えた。
「えっ?魔法?」
右手から生み出された火が30cm程の球体を形作り、大魔水牛の頭へと飛んで行く。
そして射出されたのとほぼ同時に着弾。
しかし相手も流石はAランクと言うべきか、真正面から火球を受けたにも関わらず眼球すら焼けていなかった。
事実、そんな攻撃は無意味とでも言う様に首を振るい、角による攻撃を続行する。
たが...
「はい残念。」
そこに既にラグナさんの姿は無い。
火球が着弾したと同時に飛び上がり、既にその身体は大魔水牛の後頭部に躍り出ている。
僕の目線からはそれが確認出来たが、大魔水牛からすれば突然姿が消えたように見えただろう。
ラグナさんは逆さまに落下しながら身体を捻じるように回転する。
ゴトッ。
気付けば、大魔水牛の頭は地面に落ちていた。
頭の落下と同時にしっかりと足から着地するラグナさん...。
僕はその姿見て、声が出せなかった。
「......。」
太刀筋が全く見えなかった。
身体を回転させた時に斬ったのだろうと推測は出来る。
だが見えてはいない。
大魔水牛の首は、きっとリザードンの鱗よりも数段硬いだろう。
それを、落下しながら一刀両断した。
人間業じゃない。
これで...祝福が【剣士】?
「分かったかザコ弟子。お前が目指そうとしてるのは、大魔水牛の方の強さだ。」
大魔水牛の死体から素材を剥ぎ取りながら、ラグナさんは語る。
「だか勝ったのは俺だ。」
「......。」
恐らく、能力値で言えば大魔水牛の方が上だろう。
Aランクのダンジョンボスとコモン職の祝福持ちでは、どうしたって向こうに分がある。
「【火魔法】のスキルが無い俺の火球じゃ、こいつにダメージなんて入らねぇ。...その上、火球を習得するのに1年、使いこなすのにもう1年かかった。」
火球は、スキル持ちなら数日でマスターする初歩的な魔法だ。
前世で戦った冒険者たちの中にも使い手は何人も居た。
そして彼らと比べると、ラグナさんの火球は小さかった気がする。
但しその発動速度、射出速度は異様に早い。
攻撃としてではなく、目眩しとして利用するならあれが最適だろう。
「【剣技】での補正もたかが知れてる。まともに打ち合えば一合目で俺は死んでる。」
質量の差。
力の差。
武器同士がぶつかれば、一撃で押しつぶされる。
ぶつかれば、の話だが。
「でも勝った。しかも余裕で。」
そうだ。
ラグナさんは勝った。
「......。」
もし仮に。
僕がラグナさんの身体に乗り移れたとして、大魔水牛に勝てただろうか。
いや、まず無理だ。
恐らく初撃で死んでいる。
そうか。
つまりはそういう事か。
「分かったか?祝福も、スキルも、身体も、所詮は道具であり手段に過ぎねぇ。それをどう使うか...十全に使いこなせるかが全てなのさ。」
僕はリザードンを喰らう事で【槍術】というスキルを得た。
これは道具だ。
手段だ。
僕の身長で槍を上手く扱えるか?
僕の力で槍を素早く振るえるか?
答えは否。
スキルによる恩恵は確かにあるだろうが、物理的な問題は立ちはだかる。
であるならば、ラグナさんが僕に買い与えた短剣こそが、今の僕の最適解だろう。
「四重取りだろうがズルだろうが何でも構わねぇ。それ自体を"無し"って言ってるわけじゃねぇさ。だが、それに溺れるのは無しだ。中身が追い付かねぇうちから手段ばっかり増えちまうと、ただの器用貧乏で終わっちまう。」
ラグナさんは火球を習得して使いこなすまで2年を費やしたと言った。
これほどの戦闘センスを持っていても2年。
「オッサンの戯言だと思うか?...言っておくが、これは最強の冒険者としての言葉だぜ?」
戯言だなんて思わない。
剣士というコモン職でありながら、Aランクの魔物を容易く屠るラグナさんは、きっと僕には想像もつかないような鍛錬を積んできたのだろう。
そんな人の言葉を戯言扱いなんてしていいわけが無い。
「...ラグナさんって最強なんですか?」
「おうよ。俺は聖金級よりも強ぇ。」
ちょっと盛ってるところはご愛嬌だろう。
「分かったら帰るぞ。訓練をつけてやる。」
「...あ。」
そういえばそんな話だった。
今から帰ったら日も暮れた後だと思うが...
この人にそんな慈悲などあるはずも無い、か。




