第1話 転生を自覚した朝
「.....。」
起きて早々で頭が回っていないけれど、どうやら僕は前世の記憶を取り戻したらしい。
魔物だった頃の記憶...。
暗くジメジメとした遺跡の中で見た、冒険者達の軌跡。
それに焦がれたあの頃の感情が、僕の中に帰ってきた。
熱い。
血が自らの温度を思い出したかのように熱い。
「...よし。冒険者になろう。」
自然と口に出ていた。
そうだ。
僕は冒険者になりたかったんだ。
あの頃には叶わなかった夢が、今なら叶う。
僕は人間で、10歳の子供。
うん。
目指せる。
「一旦整理しよう。」
まずは状況の整理だ。
人間として生まれ変わってからの記憶はある。
両親は既に亡くしているが、親代わりとして育ててくれたアリスガワ夫婦に面倒を見てもらい、不自由無く生活している。
僕が寝ているこの部屋も、2年前に僕を引き取る際に物置部屋を片付けて用意してくれたものだ。
実の子供でも無いのに、実の子供と同じように接してくれるアリスガワ夫婦には感謝してもしきれない。
「...大丈夫だ。」
魔物だった記憶を取り戻しても、僕はちゃんと人間だ。
人間に対して害意どころか好意を持っている。
尤もそれは魔物時代から同じだった様な気がするが...。
兎も角、あの頃の夢を...冒険者になる夢を、今日から目指していこう。
幸い、魔物時代に見た冒険者達の記憶で、冒険者として必要な技能や訓練方法はある程度分かる。
今のうちからコツコツ訓練していけばそれなりの冒険者には成れるはずだ。
そんな風に今後の展望について考えていると...
コンコンコン。
「リク君起きてる?朝ごはんにするから降りてらっしゃい。」
ノックと共に扉の向こうから声をかけられた。
奥さんのアリスガワ=アリアさんだ。
「はい、起きてます。今行きます。」
僕はベッドから降り、扉を開けた。
「おはよう。悪いんだけど今日もクルムを起こして来てくれる?あの子ったらリク君が行かないと全然起きてこないんだもの...。」
「おはようございます。わかりました。」
アリアさんは僕の部屋の向かい側の扉を示しながら呆れ顔でそう言って、1階に降りて行った。
これは僕の毎日の習慣だ。
アリアさんに僕が起こしてもらい、僕がクルムを起こす。
この家に住むようになってから2年程になるが、いつからかこんな習慣が出来ていた。
「クルムー。入るよー。」
僕はノックもせずに扉を開け、ベッドで眠るクルムに呼びかける。
「......んが。」
「今日も凄いね。」
毎朝芸術的な寝相を披露してくれる彼女は、アリスガワ=クルム。
この家の一人娘だ。
歳は僕と同い年で、僕の生家とアリスガワ家がお隣さんだったこともあり、クルムとは実の兄妹の様に育った。
明るく竹を割ったような性格の彼女には、両親を失ったばかりで塞ぎ込んでいた頃、随分と救われた。
「ほら起きて。朝ごはんだよ。」
「ん...んぐ。...んんん、ん。」
今日の寝相はまた一段と独創的だ。
ベッドに胡座をかく形で座り、頭は下を向いている。
正面から見るとお饅頭のようだ。
暫く声をかけながら揺すっていると、クルムはベッドにだらりと垂れる髪を振り乱し、ガバッと頭を上げてこちらを見た。
「...んあっ。...り、リクッ!?また勝手に入ったの!?」
「クルムが起きないのが悪いんでしょ。」
「だ、だからってさー!...寝顔見られたくないっていつも言ってるじゃん。」
「今日は下を向いてたから見れてないけどね。」
今日の寝相では髪が暖簾のように顔を隠していて、寝顔なんて全く見えなかった。
クルムの髪は座った状態だとベッドに広がる程に長い。
その髪色は彼女の両親のものとは違う。
お父さんは黒色、お母さんは栗色なのに対し、クルムの髪は綺麗な水色だ。
昔近所の子供にその事をからかわれたクルムは、両親に相談した。
どうして私の髪はこんな色なの、と。
彼女の両親はひたすらクルムの髪色を褒めた。
貴方の髪は澄み渡る青空の色だ、煌めく海原の色だ、女神の慈愛の色だ...等と褒め続けた。
元々が素直な性格の彼女はその絶賛の嵐を受け、踊りながら喜んでいた。
そしてそれ以来、一度も髪を切っていない。
こんなに綺麗なのに切ってしまうなんて勿体ない、のだそうだ。
僕は、絶賛いじけ中の彼女を見ながらそんなことを思い出していた。
「...ふふ。」
「あ!なに笑ってるのよ!」
「ごめんごめん。」
彼女の素直さ、前向きさは、いつだって僕を明るい気持ちにさせてくれた。
ただその姿を見ているだけで思わず笑い声が漏れてしまうくらいには、僕は彼女が好きだった。
「もうっ。...あ、そういえば。」
「ん?どうしたの?」
「えっと、リク...私ね...」
「2人ともー!早くしないとご飯冷めちゃうわよー!」
何かを言いかけていたクルムだったが、1階から僕たちを呼ぶアリアさんの声に遮られてしまった。
「やばい。アリアさんを怒らせないうちに早く行こう。」
「う、うん。そうね。」
普段は優しいアリアさんだが、1度恐ると村の誰よりも怖いのだ
僕たちは慌てて部屋を出て、1階へと降りていった。