第17話 起死回生
ダンジョンの第3階層を歩く事5分程。
「...最悪だ。」
僕は絶望的な光景を目の当たりにしていた。
「逆だった。」
ラグナさんに取り残されたのは一本道だったのだが、どちらに進めばいいのか分からなかったのだ。
とりあえず山勘で進んでみたところ、直ぐに階段にぶつかった。
階層間を移動する為の階段だ。
しかしその階段は下に伸びている。
このダンジョンは下へと広がるタイプなので、この階段の先は第4階層だ。
「せめて...せめて地図を...。」
ダンジョンの入口から第3階層に入ってすぐくらいの所まではある程度道順を覚えている。
だが、そこから先に関しては未知だ。
なにせ気絶した状態で運ばれている。
都合よく全ての道程が一本道などということも無いだろう。
ただでさえ僕の手に余る様な魔物が跋扈しているというのに、その中を地図も無しに進むなど正気の沙汰じゃない。
「...行くか。」
とはいえうだうだ言っていても仕方が無いので、僕は踵を返して進む事にした。
そこから10分程歩くと、遂に現れてしまった。
魔物だ。
「グギャギャッ。」
道の脇に流れる川から這い出てきたのは、やはりと言うべきかリザードマンだった。
もしかしたらこの階層にはリザードマンしか湧かないのかも知れない。
兎にも角にも棒立ちしていてはただ殺されるだけ。
僕は腰から短剣を抜き、正眼に構える。
対するリザードマンもこちらに向け槍を構え、ゆっくりと近づいてきた。
「ギギィヤッ!」
「......。」
ここに来るまで考えていた。
ラグナさんの放った言葉の意味を。
あの人は「何を見せてやったのかを考えろ」と言っていた。
ラグナさんがリザードマンとの立ち合いで見せてくれたもの...
「ギャッ!」
「...ッ!」
僕の間合いより外、リザードマンの間合いに入った瞬間、槍が僕の頭を目掛けて突き出される。
それを短剣で弾きあげ、そのまま懐へと侵入した。
出来た。
思い描いていた通りに。
分かっていなければ反応出来なかったが、僕にはそれが分かっていた。
ラグナさんが見せてくれたのは、リザードマンの動きの癖だ。
数分間の打ち合いを見ただけだったが、こちらが剣を正眼に構えていた時...リザードマンが一定の距離から放つ初撃は、必ず頭を狙ったものだった。
「ぅらぁ!」
「ッギィィ!?」
そのまま体当たりでリザードマンの身体を押す。
本当は吹き飛ばしたかったが、彼我の体格差ではこれが限界だった。
槍を突き出したばかりで体勢が整っていなかった事もあり、僕の貧弱な体当たりでもどうにか転ばす事が出来た。
リザードマンは尻もちを着いた状態ですら僕より背が高い。
改めて体格差を思い知らされる。
僕はこの好機を逃すまいと、短剣をリザードマンの首へと突き出す。
「...ふッ!...だァ!?」
ガキンッ!
まるで金属同士が打ち合ったかの様な音を立て、短剣は弾かれてしまった。
刃が通らなかったのだ。
無防備な首に全霊でもって突き出した一撃なのに。
「いやいや!これは教わってませんよ!?」
リザードマンが体勢を整えている間に、慌てて後ろに下がり距離を取る。
どうする。
ここからどうすればいい。
もう一度同じ事をして転ばせた隙に、今度は逃げるか?
いや、無理だ。
どう考えても向こうの方が脚が速い。
倒す以外の選択肢は無い。
「クソ。考えろ...考えろ考えろ考えろ考えろッ!」
ダメだ。
時間が足りない。
考えている間にリザードマンは体勢を整え終え、こちらに向かって走って来ている。
「ギッギィ!」
「あぁ!もうッ!」
思い出せ。
頭への攻撃を防がれた後、次の攻撃は...
「...グッ!」
僕の腹部を目掛けて突き出された槍を、既のところで回避する。
横腹すれすれを通り過ぎる槍の先端。
全身から嫌な汗が吹き出した。
「らァッ!」
「ギッ...ガァアアアっ!?」
半ばヤケになって振りぬいた短剣で、リザードマンの手を斬り付けた。
リザードマンはその痛みから槍を取り落とす。
そこに再び体当たりを食らわせる。
「ギィユィ...ィ...。」
しかし今度は、無事な方の手を地面に着く事で、転倒を回避された。
マズイ。
これはマズイ。
このままでは、あいつは直ぐに体勢を立て直し、槍を拾って...
「...。」
槍を...拾って?
僕は地面に落ちた槍に手を伸ばした。
ヒタり。
金属の冷たさが手に伝わる。
「グギャ?...ギャッギャ!」
僕の未熟な身体では満足に持ち上げる事も出来ない。
そんな様子を見て、リザードマンが嘲笑うかのような鳴き声を上げた。
けれど、僕の目的はそこじゃない。
この槍を振るう事では無いのだ。
「...【収納】。」
手に伝わっていた重さと冷ややかさが消失した。
「...ギャギ?」
やった。
出来た。
武器を奪えた。
「ギャギィガァ!!」
何をしたか理解した訳では無いだろうが、武器が無くなったという事実と、そしてそれを僕がやったいうことは認識出来たのだろう。
リザードマンが激昂して走り寄って来る。
よし。
ここからだ。
ここからが大事。
実の所、事態は好転していない。
槍を持った状態のリザードマンについては、その動きを予習済みだった。
しかし、素手での戦闘に関して言えば全くの未知。
故に状況はむしろ悪くなったと言えるだろう。
「......。」
大丈夫。
策はある。
後は場所と、タイミングだけ。
憤怒の表情を浮かべながら走ってくるリザードマンをしっかりと視界に収めつつ、僕はジリジリと後退する。
トン。
と、背中が洞窟の壁に着いた。
「ギャギャッ!」
しめた。
そう思ったのだろう。
追い詰めた、と。
そう愚考したのだろう。
違うぞ。
この状況は僕が狙って作った、反撃の一手だ。
「...来いッ!」
「ギェェッ!」
凶悪な爪を剥き出しにして振り上げたその手が、僕の頭上で煌めいた時。
ここだ。
アイテムボックスを素早く操作する。
さっき奪った槍を、壁と地面の間から生える様な形で取り出した。
本来なら重力に従い地面へと倒れ込むはずのそれは、重力の鎖に囚われるよりも先に対象へとぶち当たる。
そして...
ザシュッ!
「ッ...ギィエェ...」
僕の股下から飛び出している槍が、リザードマンの喉から入り、後頭部から飛び出していた。
「ふ...はぁぁあ〜。」
やった。
やったぞ。
極度の緊張状態から開放された僕は、全身が萎んでしまうのではないかと錯覚するほど息を吐いた。
「っとと...。」
グラりと倒れ込んで来る巨体をどうにか避け、僕は眼下に倒れ伏したそれに目をやる。
「......。」
改めて、よくもまぁこんな巨大な相手に勝てたものだ。
手法が手法だけに再現性は些か怪しいところだが、とにかく今は生き残ったことを喜ぼう。
「...ん?」
と、僕が感動に打ち震えていると、リザードマンの身体から何かが流れ込んで来るのを感じた。
これは...
そうか。
祝福が強化されたのか。
魔物を倒す事で祝福は強化される。
前世では相手を殺す事=喰らう事だったので、身体の外からこの感覚を味わうのは初めての経験だった。
全身がじんわりと暖かくなるのを感じる。
格上の相手を倒した事により、効果を実感出来るレベルで祝福による恩恵が強くなったのだろう。
いや、もしかしたらそれだけじゃないのか。
前世を持つ者の特権が...
「あ。とりあえず...【収納】っと。」
僕は思い出したかのようにリザードマンの死体と槍をアイテムボックスに仕舞っていく。
せっかくの戦利品だ。
こいつをラグナさんに突き付けてドヤ顔してやる。
「......?」
収納が済んだ時、僕の中で声が聞こえた気がした。
《これは使える》と。
死体を何かに利用出来るという意味では無い。
槍を再利用出来るという意味でも無い。
使える、というのはつまり、祝福を使えるという事だ。
いや...この場合は"業"を、か。
僕の前世の祝福...つまり業が囁くのだ。
コイツを喰らえ、と。
「【捕食】。」
僕はその声に従い、業【捕食箱】に付随するスキルを発動した。
「ぉ...おお。」
先程の感覚よりも更に明確に、僕の中に力が流れ込んでくるのが分かる。
懐かしい感覚だ。
そうだ。
僕は前世でこの感覚を何度も体験した。
捕食した対象を吸収し、自分の業を強化した時の感覚。
スキル【捕食】。
取り込んだ亡骸を吸収し、糧とする。
僕はこのスキルよって、業の強化やスキルの習得...記憶の追体験などを行ってきた。
魔物を捕食した時はほとんど記憶を読み取れる事が無かったのだが、業の強化やスキルの習得はむしろ魔物を喰らった時の方が効率的だった覚えがある。
実際今も、リザードマンの持っていたスキル、【槍術】を得る事が出来た。
だが...前世で経験した時より、明らかに業の成長を感じる。
いや、これは業だけじゃなく...祝福も成長している、のか?
リザードマンを倒した時にも同じ感覚があった。
もしかするとこれが、前世を持つ者の恩恵なのだろうか。
つまり僕は、魔物を殺す事で祝福と業を共に成長させる事ができ、更に魔物を捕食する事で同じく二重取りが出来るという事か。
一体の魔物につき、他の人の4倍成長出来るのだとすれば...
「...これなら、いける。」
戦闘職を持たない僕でも、一人前の冒険者に成れるかもそれない。
そんな希望が湧いてきた。




