第16話 ダンジョンに置き去り
第1階層では大ガエルとスライム、第2階層ではゴブリンとサハギンがそれぞれ湧いた。
僕が戦ったのは大ガエルとスライムのみで、ゴブリンとサハギンに関してはラグナさんか相手をしたのだが...
相手をしたというか、相手にならなかった。
ラグナさんの武器は片刃の剣...刀というものらしいが、それを一振するだけで魔物は死ぬ。
胴と首がお別れするのだ。
ちなみに第2階層の魔物の死体は、その一部を切り取り僕がアイテムボックスに収納した。
常設クエストというものがあるらしく、死体の一部を切り取り討伐証明とする事で報酬が貰えるらしい。
第1階層の魔物に関しては弱すぎてクエストも無いという事で捨ておいた。
放っておけばスライムが食って跡形も無くなるそうだ。
そして辿り着いたのは第3階層。
ここまで僅か1時間程度の事だった。
「まぁほぼ一本道だしな。魔物に手間取らなきゃこんなもんだ。」
第3階層では今回のクエストの討伐対象であるリザードマンが湧くとの事で、僕は少し緊張感が高まる。
一方ラグナさんは家の近所を散歩するかのような気楽さだ。
「とりあえず最初の一体は俺が相手してやる。手加減して分かりやすく戦ってやるからよく見とけ。」
「...はい。」
やはり実感が湧かない。
Dランクの魔物相手に殺されない自信が無い。
「そんな顔すんな。いざとなったら助けてやる。...多分。」
「お願いしますから絶対に助けてください。」
そんなやり取りをしていると、早速登場した。
リザードマンだ。
第3階層に入って狭い洞窟を少し進んだ所、若干開けた空間になっているそこには小さな湖があった。
その湖の畔に、全身を鱗で覆われた二足歩行の魔物が居る。
ともすれば竜の様にも見える頭を持つそいつは、片手に槍を携えていた。
体長はラグナさんと同じくらい...180cm程だろうか。
しかし体格はラグナさんを凌いでおり、肩幅は倍ほどありそうに見える。
それが、3体。
「3体か。よし...2体はさっさと処理して最後の1体を見本にするか。」
ラグナさんはなんでもない事の様にそう言うと、気軽な足取りで近づいて行った。
「ギャギャッ!」
「ギッギャ。」
リザードマンは2体が並び、その後ろを残りの1体が追従する形でラグナさんに近付く。
槍を構えて走ってくるリザードマンに対し、素手でただ歩いているだけのラグナさんという構図が、なんだかちぐはぐに見えた。
そして...
「よっ。」
椅子から腰を上げる時の様な緊張感の抜けた声。
僕が感知できたのはそれだけだった。
先行していた2体のリザードマンは、ラグナさんと接近した瞬間...頭が捩じ切れた.。
「ギギャ!?」
最後に残された1体は何が起きたのか分からないといった様子で短く鳴く。
「んじゃ、こっから手本見せるから。」
リザードマンの慌て様など知った事かと、ラグナさんは腰に履いた刀をゆっくりと抜く。
「ギッギャギィ!」
「はいはい。かかっておいで。」
リザードマンは槍を構え、ジリジリと躙り寄る。
これがダンジョンに属する魔物の悲しい性だ。
勝てないと分かっていても、本能からは逃れられない。
頭では逃げ出したいと思っていても、身体が勝手に敵に襲いかかるように出来ているのだ。
僕にも経験がある。
「相手が槍なら懐に潜り込め。お前は短剣だから余計にな。そんで...こう。これで殺す。」
「ギギャ!?」
「横なぎに振るってきたら...こうな。ここが空くだろ?」
「...ンギィ!」
「あとは...」
ラグナさんはリザードマンの攻撃を捌きながら口を動かし続ける。
確実に攻撃が入るタイミングでも刀を寸止めし、再び仕切り直す。
勝手に指導役に任命されたリザードマンが少し可哀想になってきた。
「...とまぁこんなところか。はいお疲れー。」
数分間攻防を続けた後、最後はあっさりとトドメを刺してしまった。
「簡単だろ?次はお前やってみろ。Dランクを倒せるかどうかが冒険者と一般人の分水嶺だからな。気合い入れていけよ。」
「......。」
そう言いながらリザードマンの討伐証明部位である喉元の鱗剥ぎ取り、拡張ポーチへと放り込んでいく。
3体目の剥ぎ取りが終わったところで僕はようやく声が出せた。
「...無理です。」
「あ?」
「いや無理ですって。あんな動きが出来たらそりゃ楽勝でしょうけど...今の僕には荷が重いですよ。」
「...よし。こっち来い。」
改めて指導してくれるのだろうか。
それとも気が変わって引き続き見学させてもらえるのか?
僕は手招きされるままにラグナさんへと近づいて行く。
そして目の前まで来た時...
「グぇッ!?」
「ちょっと眠ってろ。」
そんなセリフが聞こえたのを最後に、僕の意識は遠のいていった。
――――――――――
「ん...んぅ...。」
「やっと起きたかザコ弟子。」
「...ラグナ、さん?」
ゴツゴツとした地面に寝ていたせいで身体が痛い。
いや、痛いのは元々だったか。
だがこんなに腹が痛いのは何故だ?
「もう昼過ぎちまったぜ。こんな事ならさっさと帰りゃ良かった。」
状況が飲み込めない。
話しぶりからして、1時間ほど眠っていたのだろうか。
場所は...移動している?
「さて、んじゃサクッと説明すんぞー。」
「ちょっと待ってください。もしかして僕の腹を殴っ...」
「ここは第3階層の最奥だ。」
無視。
そして食い気味。
って、最奥?
「俺は先に帰って昼飯にするから、お前はここから1人で帰って来い。さっき俺が何を見せてやったのかをよく考えろ。そうすりゃあんな魔物程度どうとでもなる。」
「......は?」
「あーあ。わざわざ残って説明してやる俺って優しいなー。」
「いやちょっと待ってください。子供の腹を殴って気絶させた挙句、ダンジョンの奥に置き去りにする大人のどこが優しいって痛いッ!」
「うだうだうるせぇ。思わず手が出ちまっただろうが。」
僕の頭部を理不尽な暴力が襲う。
「んじゃまぁ、そういう事だから。達者でな。」
言うだけ言うとラグナさんは踵を返して帰っていく。
「だからちょっと待ってください...って早っ!」
一瞬身を低くしたかと思うと、瞬く間にその姿が掻き消えた。
「...嘘でしょ。」
第3階層の最奥。
銅級冒険者でなければ挑まないその場所に、非戦闘職の子供がたった1人。
どう状況を整理してみたところで、それはつまり絶望的状況であると言わざるを得ない。
「リロアさんに、言い付けてやる。」
僕に出来たのは、そんな独り言を漏らすことだけだった。




