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第11話 豹変


「まさか聖女がクルムちゃんだとはね。」


宿屋の前を歩いていたラグナさんを見付け、急いで宿を飛び出した僕は、すぐに彼に追い付く事が出来た。


急に声をかけられたラグナさんは驚いていたが、それ以上に今はビックリした顔をしている。


「聖女が現れた事自体は知っていたんですか?」

「うん。街中で噂になっていたし、ここでも随分と騒がれていたよ。」


僕たちは今、冒険者ギルドに居る。

道端で声をかけた時、僕の様子から何かを察してくれたラグナさんが、落ち着いて話を聞ける場所に行こうということでここに連れてきてくれたのだ。


冒険者ギルドは2階建てで、1階は受付カウンターと依頼を張り出す掲示板があるスペースと、飲食が可能な食堂の様なスペースに別れていて、僕たちがいるのはその食堂だ。


ラグナさんが注文してくれた芋の揚げ物をつまみながら、僕はこれまでの経緯を話していた。

そこには僕が前世を思い出した事も含まれている。

流石に魔物だったという話は伏せたが、その他の事はほぼ全て話した。


結果、ラグナさんが食い付いたのは、聖女の正体がクルムであるという事だった。


「それより...俺に相談があるんじゃないのかな?」

「...はい。」


そう。

僕がラグナさんを見付け、必死に追いかけて声をかけたのは、相談があるからだ。


「僕を...鍛えてくれませんか?」

「まぁそうくるよね。」


僕の目標は冒険者になること。

そしてクルムを連れ出して、彼女も冒険者にしてあげること。


ただその為には力が必要だ。

冒険者として生活出来るようになるのも、教会から聖女を攫うのも、教会の威光の外に逃げるのも...

全てにおいて力が要る。


祝福を得たばかりの10歳の子供に当然そんな力は無い。

ましてや僕は戦闘職ですら無いのだから。


「報酬は用意出来るのかい?」


ラグナさんの質問は当然のものだ。

プロの冒険者として、僕のようなお荷物を抱えるなんてデメリットしかない。

何かしらのメリットが無い限り、引き受けたくなど無いだろう。


しかし、先述した通り僕は10歳の子供。

差し出せるものなんてせいぜい僕の身体くらいのものだ。


「ありきたりですが、何でもします...としか。」

「本当にそんなセリフを聞く日が来るとはね。」


ラグナさんは微笑みながらそう返した。


「いや、今のは少し意地悪だったかな。...実の所、報酬のアテはあるんだ。」

「え?」


報酬のアテがある?

何故ラグナさんの側に?

僕が疑問を浮かべていると、ラグナさんは話を続けた。


「一先ず条件を提示しよう。」

「は、はい。」


報酬とその見返りについて、ラグナさんが指を立てながら話していく。


「1つ目。君を鍛えるという事だけれど、俺に弟子入りをしてもらい、雑用や身の回りの世話を任せつつその合間に訓練をする...という形なら受けよう。」

「ッ!...はい。ありがたいです。」


元々そのつもりだった。

僕に出来る雑用なんてたかが知れているだろうけれど、文字通り何でもする覚悟はある。


「2つ目。弟子入り期間は5年間。君が15歳になり、冒険者登録出来るようになるまでだ。それまでは、クルムちゃんを連れ出そうとする事も禁止とする。」

「...はい。分かりました。」


一人前になるまでは、そもそもクルムを攫って逃亡するなんて事は出来ないだろう。

5年間も悶々と過ごすのは辛いだろうが、プロが必要だと判断した期間だ。

従おう。


「そして最後。これは君が一人前の冒険者になった後...クルムちゃんを攫った後の話しだ。」


話の流れからして、これが先程言っていた"報酬のアテ"なのだろう。

というかここまではほとんど僕のメリットしか話していない。


「クルムちゃんには冒険者の最高位、聖金(ミスリル)級になって欲しい。そしてその上で、とあるダンジョンの攻略に協力して欲しいんだ。」

「それは...」


急に難易度が跳ね上がった。

聖金級は頑張ったからといって成れるものじゃないと思う。

前にラグナさん自身が言っていた。

世界に7人しかいないと。


つまりそれは、才能に溢れた人間が死にものぐるいで努力して、さらに運に恵まれでもしない限りたどり着けない領域なのではないか。


返事が出来ないでいる僕にラグナさんが助け舟を出す。


「ふふ。まぁ最後の1つは"目指して欲しい"くらいのものだと思ってよ。クルムちゃんの意思も確認しないとだしね。」


そうだ。

僕が頑張っても、クルムが動いてくれないことにはどうにも出来ない事だ。

ただ、努力目標ということで良いのなら引き受けられる。


「ちなみに、聖金級を目指すというのは僕ではダメなんですか?」


戦闘職でも無いくせに何を生意気な、と思われるかもしれないが、聞かずには居られなかった。


「うん。ダメだね。」

「ダメですか。」

「ダメだね。」


数日前にクルムともこんなやり取りをしたな。


「リク君に才能が無いとかって話じゃないよ。...いや、才能が無いって話なのか。」

「どっちなんですか。」

「ははは。...まぁ理由は追追、ね。」


ラグナさんの表情に一瞬影が刺した様な...


「それよりどうだい?この条件で良ければ君を鍛えるけれど。」


何かを誤魔化すように続けるラグナさんが少し気になったが、僕としては申し分ない条件を提示して貰ったと思う。


「はい!ぜひお願いします!」

「うん。お願いされます。」


ともかくこれで、僕に未来が出来た。

夢を叶え、クルムを幸せにし、アリスガワ夫妻に恩返しをする...その足がかりが出来たのだ。


優しく微笑むラグナさんを見て、僕は肩の荷が降りたような気分になった。



...まさかそれが、優しいラグナさんを見る最後の機会になるとも知らずに。


「じゃあ今から君は俺の弟子だ。...ここからは余所行きの喋り方はやめるよ。」

「え?どういう...」


ガラリと雰囲気を変えたラグナさんに僕は問いかけようとしたが、その声は遮られてしまう。


「お前らァ!!俺に弟子が出来たぞ!!祝いに酒奢れやッ!!」


ラグナさんは席を立ち、周りの冒険者達に向けて大声を上げる。


「うへぇー!ラグナのアニキに弟子入りとか正気かよ坊主!」

「ガハハ!オレぁ死んでもごめんだね!」

「...というか、死ぬよな。」

「可哀想に。」


一体何が...

突如騒ぎ出す蛮族達と、目の前で豹変したラグナさんに呆気に取られていると。


バシッ!

と頭を叩かれた。


「何してんだリク!さっさと酒取ってこい!ジョッキが空になってるのが分からねぇか?」

「は、はい!」


暴力。

暴力を振るわれた。


何がなにやら分からないが、僕は痛い思いをしたくない一心でカウンターに走る。


今はとにかく、一刻も早く酒を届けないと。


また殴られる。


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