第10話 やりたい事とやるべき事
クルムが居た部屋から追い出され、そのまま教会の外にまで連れ出されてしまった。
「く、クルムちゃんが...聖女!?」
「はい。聖女様のご両親にはこちらの手紙をお渡しください。後ほど私達もご自宅までお伺いいたします。」
僕たちを待っていた商人のおじさんにシスターが手紙を渡しながら説明をしている。
僕はぼんやりと教会を見上げながらこの先の事を考えていた。
この先...そんなものがあるのだろうか。
冒険者になる夢は、とてつもなく遠のいた。
強く握りしめてぐしゃぐしゃになった紙には【大商人】の文字がある。
ガイムさんとアリアさんとの約束で、祝福が戦闘職で無ければ冒険者にはなるなと言われている。
一緒に冒険者になる約束をしたクルムとは引き離されてしまった。
まるで全ての出来事が、「お前の夢は叶わない」と言ってきている様だ。
「これから僕は、どうしたらいいんだろう。」
思わず漏れた呟きに答えてくれる人は居ない。
商人のおじさんはシスターから受け取った手紙を懐にしまい、僕や他の3人の子供達を連れて宿へ向かう。
イガラシ村はほとんど外貨を持たないので、おじさんに預けられた旅費は必要最低限らしい。
その為、明日には宿を引き払い街を出るのだそうだ。
「なーなー。リクは大商人だったんだろ?」
「いいよねー。街に出かけられるじゃん。」
「俺なんか農民だぜ。せめて木こりが良かったよー。」
「私は革職人だった。お父さんは喜んでくれそうだけど...」
「それはそれで良いよな。まぁ、クルムに比べるとみんな似たようなもんか。」
「それな。」
僕たちはおじさんが商売を終えるまで待機しておくように言われ、宿に籠って祝福について話していた。
「......。」
夕方には食事の為に街に出るとの事なので、あと数時間はこのままだ。
「おーいお前らー。せっかくだから少し観光でもしていくかー?」
すると、暇を持て余した僕たちに気を使ったのか、狩人のお兄さんが部屋を訪ねて来てそんな事を言う。
お兄さんはこの旅の護衛役で、商人のおじさんが街に行く時にはいつも付き従っているそうだ。
「え!いくいく!」
「わたしお店とか見て回りたい!」
「俺は武器屋に行ってみたい!」
皆乗り気の様だ。
僕も本来であればこんな風にはしゃいでいたのだろうと思う。
けれど...
「僕は待っています。」
望みの祝福が得られなかった上に、ここにはクルムも居ない。
とても観光を楽しむ気分にはなれなかった。
「そうか?んじゃ留守番よろしくな。」
狩人のお兄さんはそのまま子供達を連れて部屋を後にした。
「...ふぅ。」
なんだか1人きりになるのは久しぶりな気がする。
道中ではみんなが居たし、特にクルムとはずっと話していた。
「......。」
せっかく1人なので、頭の中を整理しよう。
まず僕が貰った祝福について。
祝福はそれぞれにスキルというものを獲得出来る。
【剣士】であれば【剣技】を。
【商人】であれば【鑑定】を。
【運び屋】であれば【アイテムボックス】を。
そして僕に与えられた【大商人】は...
【鑑定】と【アイテムボックス】を使える。
【鑑定】
視界に収めたモノを分析、評価出来る。
【アイテムボックス】
異空間に物を出し入れ出来る。容量は個人差が有り、祝福のレベルアップと共に拡大していく。一定以上の魔力を持つ生物には使用出来ない。
もし僕が商人を目指すならこれほど有用な祝福は無いと思う。
きっと父と母も喜んだ事だろう。
けれど僕が成りたいのは冒険者だ。
鑑定やアイテムボックスでは魔物を倒せない。
加えて、祝福には身体能力を強化したり、魔法の発動に必要となる魔力を得たりといった効果があるのだが、非戦闘職にはその恩恵はほとんど無い。
実際、前世で戦った冒険者の中にも技能職の者が居たが、さほど苦労せずに捕食した覚えがある。
「...きっつ。」
次にガイムさんとアリアさんとした約束について。
これについては前から考えていた事だが、2人に認めて貰えなくても僕は冒険者になりたいと思っていた。
だがそれは、最低限の礼を尽くせる場合の話だ。
冒険者として大成して恩返しをするという事も考えていたのだが、それは祝福が戦闘職であった場合の案で、そもそも戦闘職なら2人は認めてくれるという話になった。
であれば、1番に考えるべきはクルムの事だ。
彼らの一人娘であるクルムが幸せであること。
それこそが僕が尽くすべき最低限の礼というものだと思う。
両親を亡くしてからというもの、2人には本当にお世話になった。
そのお返しが一人娘の不幸せだなんて流石に許されない。
僕自身が僕を許せない。
そしてクルムは、冒険者に成りたいと言った。
僕と一緒に冒険者に成りたいと。
だからクルムの祝福が非戦闘職で、彼女が冒険者を諦めなければならない状況になったら、僕はアリスガワ家に残るつもりでいた。
そして彼女の両親を説得し続けようと。
自惚れかも知れないが、彼女の幸せには僕が必要だと思ったからだ。
一時は僕1人で冒険者になる道も考えたが、やはりそれは違うと思い直した。
彼女が僕を必要とする以上に、僕には彼女が必要だと思ったのだ。
けれど事態は、僕の考えていたものとは全く違う方向に進んでしまった。
「......。」
教会を追い出された時のクルムの表情。
それが頭から離れない。
僕自身、自分が戦闘職の祝福を貰えなかった事にショックを受けていた事もあり、ほとんど頭が回っていなかった。
今こうして頭の中を整理してやっと落ち着いてきたくらいだ。
そして落ち着いてくると今度は、頭の中がクルムの顔でいっぱいになった。
あの顔が、彼女にとっての幸せだなんて到底思えない。
一般的に考えれば、聖女というのは羨望の目で見られる事もある立場だろう。
きっと良い暮らしが出来るのだと思う。
けれどクルムは、冒険者になりたいのだ。
昔からお転婆で、無茶が好きで、じっとしていられない子だった。
冒険者になりたいと言い出した時は驚いたけれど、今にして考えれば、彼女にピッタリな生き方だと思う。
うん。
そうだ。
聖女なんてガラじゃないよな。
「よし。」
整理できた。
僕がやるべき事が分かった。
祝福なんて関係ない。
血反吐を吐いてでも身体を鍛えて、冒険者になる。
そしてクルムを教会から攫う。
2人で冒険者になる。
これしかない。
洗礼の直後はどんよりと曇っていた頭の中が、驚くほどスッキリとしていた。
心做しか、窓から見える外の景色も綺麗なものに映る。
「みんなに着いていけば良かったかな。」
気持ちが前向きになってそんな事を考え始めた時...
「ん?あれって...」
宿屋の前の道を歩く、1人の男性に目が止まった。
「ラグナさん?」
気付けば僕は走り出していた。




