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コンストラクションキー

ユマ研究室のゼミが始まった。

とはいえゼミの内容は研究とは離れた近況報告や雑談などから始まることが多い。

好奇心旺盛なリコはステーション内で話題になっている失踪事件の可能性をゼミメンバーに投げかけた。


研究課題の議論を放り出して、ゼミメンバーは事件の推理大会を始める。

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「ああ、それかぁって……、ということは教授も同じ考えなんですか?」


私は少しの驚きと、少しの安心が入り混じったような気分で聞き返した。


「いや……。今、リコ君に言われて可能性のひとつとして明確になったんだよ。さっきまでは考えが形になっていなかった」

ユマ教授は白衣のポケットに突っ込んでいた右手を出して、人差し指で天井を指してクルクルと回している。

これがどんな意味のゼスチャーなのかは分からない。

形になっていなかった思考を指でからめ取ってまとめているということなのだろうかと私は思考力の五パーセント程度を使って考えた。


私のささやかな混乱をよそにユマ教授は続ける。

「でも今の状況を矛盾なく説明できる仮定の一つとして、失踪した人がバラストエリアまで出てしまっているというのはとてもリーズナブルな想定だと思う」


「ですよね。それが一番矛盾がない形ですよね」

インスピレーションで出たアイデアが課題にピタリとハマると、次の課題が見えてくる。このあたりは研究とまるで同じだ。

「ただ、どうやって第一居住区のエリアから外周部に出たのかという問題は残ってしまうけど」

そう言うとユマ教授はフゥ……とため息をついた。


「出れますよ、バラストエリア! ちょっと面倒ではありますけど……」

急にエリックが手を挙げた。彼が自分から発言するのは珍しい。

もちろんケンとの会話でツッコミなどを入れることはあるのだが、自分の意見をこの場で出すことは記憶に残っているこの一年の間に一度もなかったと思う。

「やっぱりできるの!? でもどうやって? 第一居住区よりも外周のエリアは管理局の人でも簡単にはセキュリティ抜けられないだろうから選択肢から外していたんだけど」

私が当たり前の疑問を投げかける。


このステーションではそれぞれの居住区は自由に行き来ができる。もちろんそれぞれの身分証で各区画のゲートを通らなければならないが……。

ただ居住区以外に行くことは簡単ではない。

宇宙に人類が進出して長い年月が経ったが、それでも地球とは比べ物にならないほど危険が多いのが宇宙なのだ。十分コントロールされたステーションの居住区を外れれば、場所によって数百℃を超える温度差や真空に近い極低気圧条件、太陽フレアの宇宙線や放射線などの人間の命を容易に削る厳しい環境となる。

そんな危険な環境へのアクセスは、当然のようにステーションの管理局で厳しく制限されている。


「管理局がバラストエリアのメンテナンスのために通るセキュリティがガチガチの通路とは別に、ステーション建設時の作業用エアロックがあるんだよ」

普段ゼミでは他のメンバーの意見をひたすら聞いて、自分のゼミレポート作りと研究論文の材料に利用するだけのエリックが珍しく饒舌(じょうぜつ)に話す。

エリックは古い技術オタクなのだ。オタクは自分の好きな話をするときは早口なんだと私は思う。

「その作業用エアロックは今はもう解除用パスコードも公式には残っていないからただの隔壁(かくへき)みたいなものになっているんだけど、建設当時は通常のユーザーが使うパスコードとは異なる作業者向けパスコードってのが用意されていたんだよ」


それならば知っている。セキュリティの講義で出た昔の物理的な鍵の話だ。

旧時代にはまだ機械式の鍵の仕組みがあり、鍵穴に物理鍵を差し込んで鍵に刻まれたパターンで鍵の一致照合を取って開錠していたのだ。

その物理鍵には通常のユーザーが使うオーナーキーといくつかの鍵をまとめてオールマイティに開けられるマスターキー、そして建設中に作業者がアクセスできるようにするための建設作業者用のコンストラクションキーという物があった。

「つまり、エリック……。バラストエリアに出るためのコンスキーみたいなパスコードを使っているってこと?」

「そう。しかも建設作業者用のエアロックは一定時間内の開閉ならば管理局へのアラームも出ないんだ」


ないと思っていた問題解決のための条件が思わぬところから出てきたので、私は少し興奮した。

ケンは椅子の背もたれに体重を預けて天を仰ぎながら、両目を左手で覆った。彼の考えは言葉を待たずとも予想できる。


(ああ、また始まった。これで今日のゼミは終わるんだ……)と。

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― 新着の感想 ―
まさかそんなセキュリティホールがあったとは! 密室トリックでよくある隠し通路的なカンジでワクワクします(^∇^) そしてオタクは自分の興味対象になると早口で饒舌になるの、めっちゃわかるって思いました…
デゴチ先生のSFと聞いて、とても楽しみにしていました。 先生の知識と好奇心を活かした、ワクワクする小説。 一気読みしてしてしまいました。 私もSFを書いておりますが、過疎ジャンルなので先生の参戦が嬉し…
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