燃料漏れと冷めたカフェオレ
倉庫でのエンジン試運転失敗による爆発は、たいしたことなさそうです。
倉庫でのシーンとその隣のコーヒーショップでのリコとユマのやり取りの様子をご覧ください。
05
白煙が立ち込める倉庫で、気が付くと俺はエリックと折り重なるようにして倒れていた。
どうやら試運転中に爆発が起き、二人とも吹き飛ばされたらしい。
幸い、普段から耐衝撃スーツを着ていたので怪我はないようだ。火もすでに消火システムが消し止めていた。
「エリック……、今回の失敗の原因は何だ?」
「はっきりとは分からないけど、エンジンと燃料タンクの接続? エンジンはこないだまで使ってたものだから問題があるとは思えないし。多分どっかが燃料漏れしていて、それに引火したんじゃないかと思うよ」
「呆れた……。その原因は何度目だ? 俺は同じ原因で三回は吹っ飛んでるぞ」
「そうは言ってもこの原因は一番ありがちな原因だからね。原因は同じでも使ってる部品は違うんだからどうしても防ぎきれないところはあるよ」
失敗したと言うのにエリックはどこか嬉しそうに言う。
そんなエリックの笑顔に俺はすっかり怒る気が失せた。
「ま、いつまでも文句言っててもしょうがないし、とりあえず片付けて原因究明すっか」俺はそう言いながら立ち上がる。
「そうだね。エンジン逝ってなきゃいいけど・・・」エリックも立ち上がり、飛行艇の方へ向かった。「そういや、吹っ飛ぶ直前に見たんだけどリコが通って行ったね」
残骸を片付けながらふと思い出したようにエリックが言う。
「え、いたのか。いや気づかなかったな。まあ、またいつもみたいに『ホントに男って生き物は……』って言ってたんだろうよ」
「あはは。こういうのはなかなか精神年齢のお高い方々には理解しがたいんだろうね」
「でもよ、あいつだって科学者の卵だぜ? もっとこういうのに理解を示してもいいと思うんだけどな」
とはいえ、以前は爆発事故が起きるたびに二人して正座をさせられ、すさまじく怒られたものだった。
危うく『もう飛行艇の自作はしない』という誓約書を書かされそうになったこともあった。それを考えるとリコも徐々に理解を示しつつあるのだろう。
俺は落ちていた燃料タンクだったステンレスの塊と切れ目の入った燃料パイプだったゴミを拾い上げつつ、少し笑った。
06
一方、リコとユマは落ち着いた照明に照らされた店の奥のボックス席に座っていた。
「つまり、君は炉の中じゃなくて、外側のコイルの方に問題があると思うわけね。なるほど、それは考えていなかった」
カップにクルクルと渦を作っていたスプーンをトレイに置き、ユマ教授は泡の消えた冷めたカフェオレを飲み干した。
「相変わらず考え方の切換えが面白いね、君は」
カフェオレのカップを置くと、教授はテーブルに備え付けの通信コネクタに自分の手首から出ているインターフェースケーブルを接続した。
どうやら今出たばかりのアイデアのアウトラインを、研究室のホストコンピュータに用意してあったスクリプトに入力しているらしい。
教授が入力している間、私は店のカウンタ内で働く店員をぼーと眺めていた。
私は教授のインターフェースケーブルを見るのが苦手だ。
私の右手に埋め込まれているようなマイクロマシン型の無線インターフェースが実用化されたのは約十年前。
教授の年代の大人たちは有線のケーブルを使っている。
人の体で爪と歯よりも固い部分があるという不自然が気持ち悪い……。
自分の苦手なことなのに、なぜこんなに考えてしまうのだろうと思いながら私はさらにカウンタ内の様子を眺めた。
いつの間にか、さっきまで数人いた店員が一人になっていた。
教授が再び私に視線を戻したと同時に、スクリプトの計算結果がテーブルの共通ディスプレイに表示された。
「簡単な計算だけど、パッとみたところ矛盾するようなところは無いね」
「えへへ・・・、やったぁ」
私は両手で持っていたホットココアをちびりとすすり、肩をすくめて目を細めた。素直に嬉しい。
「じゃあ教授! これで課題提出は免除ってことで……」
「それとこれとは話が別です。そういえば、あと一日だったね。君はいつも締め切りぎりぎりに提出するよね」
勢いよく身を乗り出して提案した私は、教授に釘を刺されて今度はスローの逆再生のように元のソファに座り直した。
再び肩をすくめて目を細めたが、今度は眉間にしわを寄せて不満を表明した。
「締め切り間近にしか動かないところは、君は本当にカエラに似てる」
「ただし私はお母さんとは違って、ちゃんと課題合格しますもんねー、へへん」
「たしかに大学の課題のたびに再提出になるカエラに、研究室が同じってだけでよく付き合わされて苦労していたからなぁ」
旧世紀の世界では大学の教授とその学生というのは親子ほど歳が離れていることが多かった。
しかし柔軟性の高い学習システムが一般的となり学校というものの存在意義が薄くなった現在では、若くして教員になる者や壮年になり学ぶ者など多様になった。
ただ、リコとユマの場合は実際にリコの母とユマが同級生であるため本当に『親子』の歳の差があった。
今、二人がこうして話しているのも、周りからすれば、ちょっと若いお母さんが娘とお茶をしている、ぐらいに見えるはずである。
「ま、とにかくこれで研究に進展ありそうだから、ひとまずは解散するか」
空になったリコのカップを見て、ユマはソファから腰を上げた。