第三居住区のユマ教授
場面変わってここはステーション第三居住区
研究者であるユマ教授の様子を見てみましょう
03
第三居住区にある研究開発区画の、とある一室。
ユマは大きくため息をついて椅子にもたれかかり、持っていた鉛筆を机に放り投げた。
机の上には書きかけの図面が広げられ、隅に置いてあるカップのコーヒーはもうすっかり冷めてしまっていた。
紙と鉛筆は電子ペーパーや入力インターフェースの発達した現在ではかなり珍しいものとなり、入手も困難で高価であった。
だがユマは周囲からの
「そんな貴重な物を使うなんて、もったいない」という言葉を
「使える道具を使わない方がもったいないです」の一言で跳ね返していた。
そのこだわりの品を乱暴に扱うところから、ユマの疲労の度合いが相当高いことがうかがえる。
ユマはボサボサだった髪を手で整え、またひとつ、大きくため息をついてから立ち上がった。
コマのような形状のローウェル3の第三居住区は第四居住区よりもコマの外周側にあり、発生する重力が大きい。
日常を低重力条件で生活している宇宙生活者にとって、重力の大きな仕事場での時間は正直辛いものなのだ。
冷めたコーヒーの入ったカップをコーヒーサーバーにセットし、大きく背伸びをする。
最近は歳のせいか、腰痛になりやすいようだ。
しばらく体操をしていると、コーヒーサーバーから軽い電子音がしてユマは再び熱いコーヒーにありつくことができた。
熱いコーヒーをすすりながら、ユマはふと思い出したように机の隣にある作業ディスプレイに目をむけ、表示されている通信ツールのアイコンを見てメールソフトを立ち上げメッセージを入力し始めた。
「リコ=ハシュライトにメール作成。……ユマです。先日話した融合炉内の磁気共鳴に関して、君の意見が聞きたいです。先ほどケン君に伝言を頼んでおきましたが、もう少し私の中で固めてから話をしたいので、十七時に接続区画のスターバックスで話しましょう。……送信。……確認」
メール送信後、再びユマは机に戻り、図面に向かった。
04
接続区画のスターバックスは、私たちユマ研究室メンバーの待ち合わせによく利用されている。
私は二十分程で図面の見直しに区切りをつけると研究室を出て接続区画のコーヒーショップへ向かった。
接続区画は各居住区を繋ぐ通路の補強が入っている区画で、居住用に設計されていない。
そのため区画使用料が安く、店舗や倉庫などに利用されるようになっている。
私が目的の店の前まで来たその時、通路の向こう側から「ドーン」という低い音が聞こえた。
どうやら音は、店の五軒先にある倉庫から発せられたらしい。
倉庫の入り口から煙の様なものが出ているのが確認できた。
「はぁー、またかぁ」
私が見たその倉庫は、私の研究室のメンバーであるエリックが個人的に借りている小さな倉庫だ。
実際には倉庫というよりも工作室のように使われていた。
その倉庫のことは研究室のメンバーどころか、この接続区画を利用する人間のほとんどに知られていた。
通常、ステーション内で爆発事故などがあった場合隔壁閉鎖など緊急事態対策で大騒ぎとなるのが常識なのであるが、この接続区画においては、その常識は通用しない。
ここを利用する多くの人間にとって、こんな音が聞こえることが日常的風景であるのだった。
私はその煙の向こう側から、リコが呆れ顔で歩いて来ていることに気が付いた。
店の前で合流した私たちは、いつものようにお互い目を合わせ
「ホントに男って生き物は……」
とつぶやき、肩をすくめて店に入った。