宇宙での日常
宇宙に人間が住むようになった未来の世界。
火星軌道上にあるステーション、ローウェル・スリーで起こる事件に少女リコが挑む、SFミステリーです。
01
「ふぅ、早く終わんないかなぁ・・・」
火星軌道上を回るステーション『ローウェル3』の船外ディスプレイを眺めながら、リコはため息をついた。
室内に視線を戻すと、放りっぱなしだった学習プログラムの画面がブーンという低いノイズを出して再び壁に映し出された。
「やりたくない事は、どうしてこうも時間かかるものなの」
誰に話すわけでもなくリコはつぶやいてから部屋の中央にある作業ディスプレイへ向かった。
歩くというよりは跳ぶと言った方がいいかもしれない。
リコの住む第四居住区は地球の四割ほどの重力しかないからだ。
二一二八年、人類が漆黒の空に住居としての灯を燈してはや七十年。
このステーションが建造されたのはもう二十年も前である。
直径五百メートルという大きさは当時では大規模なものであった。
遠心重力発生機関を持ち、毎分約二回転して各居住区の重力を発生させている。
現在でも火星開発の拠点として利用されているが老朽化が進み、最近では新たに建造された別のステーションや月に移住する人も増えた。
リコはそんなステーションに住む少女だった。
02
『・・・フィン』
軽いモータ音がして部屋のドアが開き、両手にコーヒーカップを持ったケンが入ってきた。
彼はシェアメイトであり、恋人でもある。
「お、やっぱりサボってるな」
そう言いながら彼はカップの片方を差し出した。
「だってめんどくさいんだもん」私は言葉を吐き出してから手渡されたコーヒーを一口飲んだ。
「まぁまぁ。そう言いながらもそろそろ終わりじゃんか。もうちょっと頑張ろうぜ」
ケンが作業ディスプレイを後ろから覗き込み、進捗を確認する。
ディスプレイには数式や記号が表示されているため、何やら難しそうなことをしているなといった顔をして彼はソファーに腰かけた。
「そういえば、教授が研究室まで来いって言ってたぜ」
「えー、何だろ。こないだ出した論文のことかなぁ……」
提出した論文は確かに初校ではあったものの、手直しされる隙は無いはずだ。私は意味もなくふと天井を見上げる。
「まぁ、とりあえず行ってみればわかるだろ」
「うん、そうだね。これ終わったら行ってみる」
「おう、それがいいよ」そう言うと、ケンは立ち上がり部屋から出て行こうとした。
「あれ?もう行っちゃうの?」
「ああ、今日はエリックの自作飛行艇の試運転に付き合うんだわ」
「またぁ? もういい加減諦めたらいいのにー」
「まぁ、そう言うなって。少しずつ改良はされてるんだからさ」
エリックは二人の同級生で、いわゆる機械いじりオタクである。
研究室でゴミ同然になった物や粗大ゴミ以外のなにものでもない物、壊れた宇宙飛行艇の部品などを集めて個人用宇宙飛行艇を作るのが彼の趣味だ。
いつかその飛行艇で地球まで行くのが夢らしい。
ケンもそういった男のロマンや空を飛ぶ物が好きなので普段からエリックの趣味に付き合っている。
そんな二人を見て私は内心(ホントに男って生き物は……)といつも呆れている。
「それじゃ、またあとでな」
ケンは前を向いたまま片手を振りながら部屋を出て行った。
その後姿に「気をつけてねー」と声をかける。
「さて、あたしもこれを片付けて教授のところに行かないと……」
ケンとの会話で気持ちがリフレッシュされた私は、ようやく真面目な顔で作業ディスプレイに向かったのだった。