6.貴女が居ない
現在は大学生になった麻里衣。卒業を控えた4年生で、就職をするか大学院に進むかで悩んでいる。
普段は、勉強が疎かにならない程度でアルバイトに励み、喫茶店とコンビニのアルバイトを掛け持ちしていた。
休みの日は大学の友達と遊んだりしていて、小学校の時仲の良かった香織とは、それから中学と高校も一緒であったので、現在も良く連絡を取り合う良き親友である。ただ香織は、高校卒業後就職の道を選んだ為、学生の麻里衣とはあまり時間が合わず、二人はここ二、三年は会っていなかった。
麻里衣は現在も両親と暮らしており、自宅住まいなのでそこから大学へ通っている。家に居るときは、マリーと名付けたアンティーク人形の服を繕い、海外の小説を読みながら異国の地へ思いを馳せる。同じ読書の趣味を持つ友達同士と行く大学の卒業旅行では、小説で題材になった地域に準えて旅をする予定なので、その関係の小説を順を追って読み返していた。
一通りのことを終えて寝静まる前には、マリーへ手紙を書く。マリーが麻里衣の前から消えて、約十一年。毎日手紙を綴り、次の日の朝ポストへ出す。毎回幾日か過ぎた後、その手紙は住所不定で麻里衣の元へ送り返されてくるのだが。
家に居るときは、郵便配達員のバイクの音が聞こえるとすぐに外へ出て、自宅の郵便ポストの中を見つめる。やはりそっくりそのまま送り返されてきた手紙に、いつもなら諦めのため息を吐きつつ、手に取り部屋へ持ち帰るが、今回は何を思ったのか、乱暴に手に取るなり真二つに破いて地面へ叩き付けたのだ。
前日は雨が降っており、乾ききっていない地面には水溜りが所々出来ていて、叩き付けられた手紙は水分を含み、封筒に書かれた"マリー・ヴェルニー様へ"の文字は滲み、何が書いてあるかよく分からなくなっていった。
それを拾うことも忘れたように麻里衣は家へ入り、二階の自室へと駆け込み、ベッドへ倒れこむなり小さな子どものように、声を上げて泣き叫ぶ。
近くにある、小学生の頃から変わらずに使われている学生机の上には、以前に送り返されてきた、マリーとの交換ノートが静かに置かれていた。
泣き続けて少し落ち着いた麻里衣は、交換ノートを読み返すことにした。記憶を幼い頃へ逆戻りさせたかったのだ。
気持ちが自然と幼い頃へ戻り、マリーがいたあの頃へ意識が吸い込まれていく。
麻里衣は家へ帰るなり、すぐに部屋へ駆け込んで交換ノートを開く。最近はいつもそのような感じで、麻里衣の母は「いったい何に夢中になってるのかしら」と小首をかしげ呆れるほどだった。
佐奈達との交換ノートを断ったマリーだったが、自分は麻里衣と仲良くなる手段にそれを選んだ。お互いの気持ちが噛み合わず、初めのうち麻里衣は警戒して、意図の探る文を交換するものになってしまったが、長く続けていると悪意の無いことが解って自然と楽しみに変わっていた。
ノートのページの初めにマリーが考えた"絶対に他の人には見せない"などの約束事が書かれていて、他愛も無いことだけれど秘密の共有というのは、幼い少女達の心を揺さ振り絆を深めるには十分だった。
少し思い起したところで、麻里衣は恥ずかしそうにはにかみ笑いを浮かべる。
"私の、誰よりも大切なマリイちゃん"
決まってマリーは文章の終わりにそのような一文を添えていた。麻里衣は大切そうにそこの部分を、指でなぞる様に撫でるのであった。