私に品格は無いのか?
月末までもう10日を切ったこのタイミングで、成約間近の案件がポシャった。
17か月の間、ノルマを達成し続けたのに……
急遽、来月の“ネタ”を追い込んではいるけれど……今、踏み込み過ぎると“おじゃん”になりかねない。
このままでは来月支給されるボーナスの査定に“社長の心証”が入って大幅減額は免れない!!
余りにもタイミングが悪すぎる!!
「ええか!! お前らの仕事は“ヒューマンリソース”やないんや!!あくまで“マンパワー”なんや!!ジェジェコ稼ぐんやったら裸になれ!!」
営業成績最下位の男子社員が丸坊主になって詫びを入れた時の社長の訓戒だ!
この会社は男子社員にはこのような泥臭さを要求し、女子社員には言外に“枕営業”を仄めかす。
『女子も活躍できる会社!!』
求人サイトに載っていたキャッチコピーは確かに本当だ!
評価は男女関係なく成績のみ!!
どんな方法を使っても(実際、詐欺告発されて“尻尾切り”にあった次長もいたらしい)成約を取った者が勝ちの会社だ。
強い者は弱い者から優良物件をもぎ取り、強者弱者の格差は広がるばかり……
セールスが殆ど会社に居ないのは数字に追われているだけでは無く、社内が余りにも殺伐としているからだ!
前職が独立系旅行会社の“アウトセールス”で……ある程度“腕に覚えのある”私は一年半前に入社してから毎月ノルマを達成していたが、達成するたびにノルマは厳しくなる。
なまじ歩合制にしていない事が逆に“ブラック”で……2年目の私の昇給は微々たるものしかなく、ボーナスで大幅に稼ぐしかなかった!!
それなのに!!
自慢でもなんでもないが、私が“女”を武器にしたのはメイド喫茶のバイトの時しかない!!
実際にやってみて……私は“私の見た目”に対する下卑た男の行動に心底ウンザリした!!
笑っちゃう話だが、その頃の私の夢は『おばあちゃんになって孫と戯れる事』だった!!
『早く“おばあちゃん”になりたい!!その為にはすぐさま結婚せねば!!』
10代にして溢れんばかりの結婚願望を持った私は徹底的に年上狙いで……結果的にオトコの手垢に塗れたが……何も“産めなかった”。
頭に花を咲かせているだけのバカな私はようやく夢から覚め、頭を180度切り替えて独りで生きて行く事への模索を始め、数々の職業を渡り歩いた。
そしてようやく巡り合えた旅行会社の“アウトセールス”は、私の天職とも思えたのに……かのパンデミックのせいで会社の方がポシャってしまった。
パンデミックになる前の年に、終の棲家としてのマンションを購入した私は頭金をかなり入れたので、“寸志”の様な退職金と失業手当だけでは貯えが枯渇するのは目に見えていた。
『多少厳しくても少しでも給料のいいところへ』と入社したのが今の会社だった。
この1年半、自分としては頑張ったと思う。ようやくまともなボーナスが貰えると思った矢先にまたノルマが厳しくなった。
それでも何とか“形”ができていたのに!!
その日は打つ手が潰え、止む無く会社へ戻ると、黒い霧の様な独特の雰囲気が私を覆った。
射る様な視線を感じ振り返ると3か月前に入社した加藤さんがソッポを向いた。
今朝はキューティクルさらさらだった彼女の髪は肩の辺りで重く縒れている。
「お前がボヤボヤしてるからよう!」
私にいきなり言葉を投げ付けて来た課長は加藤さんの両肩に手を置いて、濡れ髪ごとセクハラ的に揉みしだいた。
「谷中興産には加藤ちゃんに行ってもらった」
“谷中興産”は今朝ポシャった案件だ!!!
どうして??!!!
思わず二人を睨んだ私の視線は全くスルーされる。
「初成約おめでとう!! 加藤ちゃんの成長は上司として喜ばしいよ!!」
課長に“揺さぶられながら”加藤さんは無機質に言葉を置く。
「これも課長のご指導のお陰です。本当にありがとうございます」
「そうだな~!どっかの誰かさんと違って加藤ちゃんは素直だから、得意先から好かれるんだよ」
「課長!」
「どうした吉田?」
「雨宮酒店、来月の導入決定しました!!」
「雨宮酒店と言えば……」
課長はわざとらしく私の方に首を捻じ曲げ、言葉を継ぐ。
「佐倉がもたついてたところだよな」
「ハイ! 佐倉が出した見積りは“無駄が多すぎる”ので私が整えて再提出しました!」
バカな!! これ以上削ると品質性能がガタ落ちになり、しいては安全性も損なわれる!! そうならないように考え抜いて出した見積もりなのに!!
私が怒りを押さえて無言になっていると
課長は加藤さんから離れて私の方へ歩み寄り、私の胸に小指を引っ掛けながら肩を小突いた。
「佐倉よぉ~!お前、何やってんだ!! オレ達は単に儲ける為だけに仕事やってんじゃねえぞ! お客様とWINWINの関係になれるよう努めてんだ!! お前のやり方じゃお客様の信頼無くすぞ!! 常日頃、社長も仰ってるだろ!!『お客様は神様だ!!』って。 それが出来ねえんだったら辞めちまえ!!」
「佐倉の“指導”は私がやりましょうか?」
ニヤニヤと近付いて来る矢野係長に
「係長ダメですよ! 佐倉は加藤ちゃんみたいに素直じゃないからこっちがセクハラで訴えられますよ!」と言う吉田主任。
「吉田よぉ~セクハラって何語だ?」と聞く課長は、私の胸をガン見しながら加藤さんの肩を揉みしだいている。
「佐倉!!ノルマ未達成なら“指導”は確定な! お前のていたらくを今すぐ社長に報告してもいいが、ボーナス前じゃお前も困るだろ?! いい加減、腹くくった方がラクになれるぞ!」
こいつら全員!!
私を底なし沼に引きずり込もうとしている!!
散々あがいてみたけれど……私の様な半端者は結局搾取されるだけなのか……
そんな私にまだ“品格”のカケラが残っているとすれば……
『人を騙すのと自分の身を売るのとでは、どちらの方がより品格を下げてしまうのか??』
見込み客リストを目で追いながら私は暗澹たる思いで“底なし沼”に歩を進めていた。
終わり
三日謹慎いたしましたが、やっぱり黒い私です……(^^;)
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