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満たされた悪夢



長い長い夢を見ていたような感覚だった。

少女は目を覚ますと、何故か「ここは何処だろう?」という戸惑いに襲われた。

確かに見覚えのある場所なのだが…。柔らかなベビーピンクの壁紙に電灯、ふかふかのベッド…。

コンコン、とノックの音がした。

はい、と反射的に返事をした。

声が自分のものとは思えなかった。

ガチャリと扉を開けて、入ってきたのはほっそりとした三十代半ばと思しき女性と同年代の男性だった。

そのふたりを目にして、少女はいかずちに打たれたような衝撃を覚えた。

「…父様? 母様?」

どこか呆然としている娘の様子にまず母が「あぁ、レーミア、心配したのよ」ベッドのそばに来て、ふわりと抱きしめてくれる。

懐かしい、どこか甘いような母の香り。

反対側に父が来て、頭を撫でてくれた。

「レーミア、平気かい?お医者様が言うには大丈夫らしいが…どこか痛いとかないかい?」

優しく髪を梳くようなその手触り。

瞳から自然、涙がこぼれた。

大粒の涙が次から次から溢れてくる。

少女は幼子のように、母の胸で泣き続けた。


次の日。念の為、診察に来てくれた医師は改めて、レーミアの身体には何の異常もない、と告げた。

「気分はどうだい?」と問う初老の医師に、少女は「なんともない」と答えた。

両親から聞いた話はこうだ…。

四日前の土曜日。

レーミアはひとり、街に出かけた。

近付く友人たちとのクリスマスパーティに持っていくプレゼントを見に。

ところが、約束の夕方六時をまわって、八時を過ぎても帰ってこない。

十二歳の女の子だ。心配になった両親は警察に届け出た。

街の裏路地で倒れているレーミアが発見されたのは、その日の夜中三時過ぎの事だったそうだ。

担ぎ込まれた病院で、低体温症と言われ、治療を一通り受けた。

しかし、意識が戻らず、ひとまず両親はレーミアを家へ連れ帰って来たそうだ…。

「それから三日も眠ってたのよ、あなた」母が林檎を剥いてくれながら言う。

そんな話を少女―レーミアは不思議な気持ちで聞いていた。

自分の体験と思えなかったのだ。

「でも、元気になってくれたみたいで良かった」母はニコッと笑い、「はい、ウサギさん」と林檎を渡してくれた。

愛らしい林檎のウサギに、レーミアは「うわぁ」と声をあげた。嬉しかったのだ。

「ありがとう、母様」言って、レーミアはパクリと林檎を齧った。

弾ける果汁が瑞々しく、甘くて美味しい。

母はその様子を見て、微笑んでいた。


数日後。レーミアはすっかり元気になった。友人たちとのクリスマスパーティに参加出来なかったのは残念だったが、「来年一緒にやろうね、絶対だよ」と言ってくれたのが嬉しかった。

そうして新年を迎えて、しばらく経った頃、レーミアは奇妙な夢を見た。

その夢の中では、レーミアはひとりぼっちだ。ひどく喉が渇いている。

真冬の道を裸足で走っている。何者かに追われているのだ。

レーミアは頬を伝う涙を懸命に拭いながら、必死で走っている…。

また、こんな夢も見た。

その夢の中では、レーミアはその小さい身体を縛り上げられている。

口には猿轡さるぐつわを噛まされ、ご丁寧に手錠と足枷までされている。

そうして有象無象の人々から

「このバケモノ!」

「人殺し!」などと罵声を浴びながら、蹴られたり殴られたりした。

酷い悪夢だ。

毎夜毎夜苛まれ、すっかり眠れなくなったレーミアの目元には、くっきりとくまが浮き、心配した両親が医師に相談したが、いっかな原因は不明だった。

レーミアは夜に怯え、夢に怯えた。

食事もろくに摂れず、痩せていく娘を両親は心配して、小児専門の精神科医に診せたりもしたが無駄足だった。


「うぅ…」

額に汗を浮かべ、呻くレーミアを冷たい眼差しで見つめる者があった。

〈時使い〉こと、魔王に仕える魔導師・リーファだった。

彼女は独り言ちる。

「〈聖女〉とかいう触れ込みだけど…この子、吸血鬼だったとはね」

レーミアの身体はいま、魔王城の一室のベッドに横たえられている。

そうして、その魂の記憶を水晶に映し出し、眺めているのだ。

そう、レーミアはリーファの魔法により、魂ごと封じられている。

そうして直接ダメージを与えるべく、捏造した両親たちとの思い出を流し込み、幸せを感じさせながら、本来体験した迫害や虐待などの記憶を夢として投射しているのだ。

苦しみ、弱りきったところを叩く。

いかな不老不死の吸血鬼でも、魂ごと破壊してしまえば怖くはない。

リーファが、そろそろかな?と、ベッドの上のレーミアの顔を覗き込んだ、その時だった。


水晶には苦しむ少女の姿ばかりで、リーファは油断していた。

レーミアは考えうる〈対策〉をして来ていた事を知らなかった。


白く細い腕が信じられない強さでリーファの首を捕らえた。

喉笛を押さえ付けられる。

「素敵な夢をありがとう。お嬢さん」

レーミアは言うなり、腕に力を込め…その首をへし折った。

手を離す。リーファの身体が転がった。

ふん、と息を吐く。

「まったく…悪趣味な女だ」

ベッドから降りる。


「やっと、魔王様とご対面か」

レーミアは扉を開け、部屋を出た。


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