依頼
レーミア・ヤグール。
齢十二歳の少女が何故、吸血鬼にされてしまったか?
ごく簡単に述べるならば、逆恨みで、である。
しかも彼女自身の咎ではなく、彼女の祖母(父方)への恨みによるものだった。
祖母は若い頃、一方的にとある男から恋焦がれられた。祖母は断り続けた。
許嫁にして、最愛の(後の)祖父になる人がいたからだ。
二人は男を振り切る為にも、と、早々に結婚した。
子供にも恵まれ、仕事もそれなりに順調、贅沢な暮らしではないが、幸せに暮らしていた。
その頃、祖母に横恋慕していた男はスラムに、その身を落としていた。
そこで知り合った怪しげな女…から、黒魔術を教わる事になっていた。
嫉妬と羨望、そして逆恨みは時を越え、孫娘であるレーミアにぶつけられた。
そして…吸血鬼にされたレーミアは家に帰る事も出来ず、生き血を求めて彷徨う事になる。
だが、彼女は負けなかった。
元々レーミアには魔法の素質があった(だから吸血鬼にされてしまった、とも言える)。
変身魔法に攻撃魔法、防御魔法と様々な技を独学で覚えた。
時には吸血鬼狩りと呼ばれる、専門の退治者たちと渡り合う事もあった。〈氷雷の女神〉という二つ名で、恐怖の対象とされた。
だが、それもいまは昔…。
吸血鬼専用に作られた、血液パックから血を飲みながら、レーミアは読書にふけっていた。
数年前に手に入れた山奥に建つ豪邸だ。といってもほとんどが本―レーミアの気に入りの蔵書たちだ。
レーミアは元々知的好奇心が旺盛だったので、『図書館に住みたい!』が幼い頃―それはもう遠い遠い昔の事だが―の夢だった。
お金はレーミアの片腕である(とある戦争の時、殺されかけていたのを救った)ニーナが大型コンピュータで日々、株と戦い、稼いでくれている。ありがたい。そして、もうひとり。
「レーミア様、お食事後の紅茶はいかがですか?」
ごく柔らかな声音、歳の頃は六十代半ばに見える紳士―ピシリと執事服に身を包んだ彼はエレン。
「あぁ、ありがとう。ダージリンがいいな」とレーミアは頼んだ。
何度も<様付け>はやめてくれ、敬語もやめてくれ、と頼んだが、彼は頑強だった。
エレンは言う「わたくしの女主人、不敬は致しません」と…。
仕方ないので、そのままにしている。
エレンもとある戦争の生き残りだった。
―まったく、世の中は平和になったよ…。
もう魔法は何年も使っていない。使う必要が無いからだ。様々な人外の集う、互助組織―<闇に棲まう影たち>という―ネーミングセンスはどうかと思うが、この組織は実際人外たちの大きな助けになっている。
レーミアがここで三人暮らしをしていられるのも、屋敷を用立ててくれ、血液パックを配達してくれる、彼らの存在は大きい。
最もそれなりの代価をレーミアも払ったが(現金)。
このまま、穏やかに過ごしていきたい―そう思っていた矢先だった。
レーミアへ異世界へ行き、その世界を牛耳っている、魔王を倒してくれ、と依頼が来たのは。
「は?」
がその話を聞いたレーミアの開口一番の台詞だった。
無論〈闇に棲まう影たち〉が様々な人外や―それは異世界にも及ぶ―保護や支援、時には争いもいとわない事は知っていた。
使者は跪いたまま、言葉を紡いだ。
「レーミア様のお強さならば、〈勇者〉を送るなどという、まどろっこしいマネをしなくともいいかと。それに一刻も早く、倒さねばその〈世界〉自体が崩壊の危機なのです」
使者は深々と頭を下げた。
「これはわたくしの身勝手なのですが…実はその世界は…元はわたくしのいた世界なのです。家族は死に絶えてしまいましたが、友やその大切な者たち、まだ無事な者たちがいるのです…レーミア様、お願い出来ませんでしょうか?」
レーミアはボリボリと頭をかいた。
―んー…。
まぁ、一応、恩があるしな…。
「わかった。出立はいつだ?その〈世界〉の詳しい情報…魔王だかの能力やら、わかってる事、全部教えてくれ」
使者が顔を上げた。パッと顔を輝かせる。
「では…」
「受けよう」
レーミアは頷いた。
「っと、その前に、そなたの名を教えてくれ」
「わたくしはロイ、と申します」と使者は答えた。
「ロイ、よろしく頼むな」
こうして、レーミア・ヤグールは異世界に旅立つ事になったのである。