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10話 優しいという劣等感

「ほら走ってよ! ここを事件現場にしたくないでしょっ!」


「ちょっとエミナさん待って……! オレ体力ないんだって――」


 エミナに連れて行かれた場所は体育館裏であった。確かに、1人の女子生徒がヤンキーみたいな輩に絡まれている。

 女子生徒はかなり大人しそうな子で、このヤンキーを撃退するのは難しそうだ。


「キミ……さっきみたいにやるんだよ、失敗はこの世からの退学、すなわち死を意味する」


「ハ、ハードモードすぎないかい……」


 オレは子鹿のようにヒザが震えるのを我慢しながらもヤンキーに向かっていく。女子生徒が助けを求めるようにオレに目線を寄せたことでヤンキーも気付いたようだ。

 ヤンキーは拙い巻き舌を交えながらオレ達のことを脅してくる。


「ンラアアアアアアア!? この子と一緒に心中しようってかァ、アアアアア!?」


「……ごめん、い、言ってる、ことが、わ、わか、わか分からないわ……」


 オレは精一杯カッコつけてみるが、声までもが震えている。ビビり散らかしているのがバレバレである。


「オレはなァ! お前みたいにここぞとカッコつけるヤツが大っっっっ! 嫌いなんだよォ……大人しくサイフ置いて頭下げな?」


「……させない、オレ、その子まもる」


 女子生徒は怯えて声を出すことすら難しい。だが、自分の手を握って何かお願いするような動作を見せている。ここでオレが逃げるなんて言語道断だ!


 オレは頭の中に文字を思い浮かべる。アシナガデイムにやったように、なにか武器になりそうな平仮名が無いか想像をふくらませる。


「『へ』……ダメだ、ブーメランなんて使いこなせない。『て』……これもダメ、虫取り網でどう戦えってんだ……」


 オレがなかなかいい感じの文字を思い浮かべられずにいると、見かねたエミナが寄ってきてオレを叱った。


「いいから早く勇気見せなさいよ……! 今のキミ、ダサいわよ! ほら早く、いいところ見せてやんなさい!」


「オレの、いいところ……」


 そんなこと言われても思い浮かばない。運動はダメダメ、勉学ならまぁまぁできるくらい。コミュ力もないし、ギャグセンスがあるワケでもない。見た目も悪いし、イケボでもない。オレに唯一ある長所なんて、優しさくらい。オレは周りに同調して1人を攻撃したりはしないし……


「何ブツブツ喋ってんだ、ゴラァッ!」


「し、しまっ――」


 よそ見していた。やってしまった。またオレのうっかり癖が出てしまった。


 殴られている、蹴られている、どつかれている。オレは小柄だけど、ヤンキーは大柄。それに誰が見ても分かる……こいつは喧嘩慣れしている!


 でも、ここでやられたら「死」というエンドを迎えてしまう。この世はもう、これまでの現実じゃないのだから。


「……うるさい、うるさいんじゃああああ!」


 オレは精一杯の力を込めてヤンキーの胸を殴った。だが、勢いあまってオレはよろけてしまう。それをいいことにヤンキーはみぞおちに膝蹴りを笑いながらぶちかましてきた。


「……ッ、ガハアアッ……!」


「おいおい情けねぇ……! その程度で喧嘩売ってきたのかよォ……なぁ!」


「グアアアア!」


 オレはうずくまることしかできない。そんな時だった、遠くから誰かの声が飛んできた。


「先生ー、こっちです、大変!」


「えー、何だよ初日からぁ! めんどくせぇ……」


 恐らく新入生と思われる生徒と一緒に不機嫌そうに来たのは生徒指導の教師、青山だ。


「……おいおいおいおいおいおい、おいぃぃ! 何初日から暴れとんじゃゴラァ、アァ!?」


「……やべっ、逃げるぞ!」


 ヤンキーは慌ててポケットからバイクの鍵を取り出してその場から立ち去った。鼻血を流しながらもオレはせめても届かないその手を伸ばす。


「……待てぇ、こんなこと……しておいて……」


 オレは何とか立ち上がろうとすると、まるでクレーンにでも掴まれたのように持ち上げられた。そして、鬼の形相のような青山と目があった。


「お前さ、入学初日にこんなことするって脳みそ腐敗しとんか、あ?」


 ……え? 理解できなかった、その言葉が。


「……オレは……ただ、助けに来た――」


「喧嘩せんでもオレ呼んだら良かったよな、あ?」


 そうしてオレは生徒指導室に呼ばれた。親も駆けつけ、2VS1で怒られた。唯一良かったのは、担任の鬼川がまぁまぁ、となだめるようなこと、そしてお母さんが終始不思議そうな顔をしていたことだ。オレ悪くないよな、流石に……




 








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