夜明けのコーヒー
500字くらいです。
夜明けのコーヒー
深夜の喫茶店。香りもクソもなく、薄くて苦いばかりのコーヒーを注文する。そのコーヒーを、向かいに座る友人は、心から美味しそうに飲んでいた。友人ーーヨダカに尋ねる。
「いつ、出るんだ」
「君と別れたら、すぐにでも」
ヨダカの足元には、小さなボストンバッグが置かれている。
「都会に行けば、美味いコーヒーが飲めるぞ。ここのなんか、コーヒーだと思わなくなる」
「それは楽しみだな」
ヨダカは寂しそうに笑って言った。
「手紙を書くよ」
「いらねぇよ。さっさと忘れちまえ」
寂寥感漂う、うらぶれた町のことなど。そこにありふれた、貧しい男のことなど。なにせ、友人の旅立ちに、出涸らしのコーヒーを奢ってやることしかできないのだ。
この町では、大人も子どももなく、安い賃金で一日中働かされる。教育という概念すらない劣悪な環境で、ヨダカは、驚異的なまでに聡く、賢かった。環境に見合ったしたたかさも持ち合わせていた。都会に行けば、もう二度と、戻ってはこないだろう。
聡明なヨダカ。薄情なヨダカ。送られる手紙はやがて、途絶えるだろう。そうして遠くなった友人を想い続けるほど、この町も、俺も、暇ではない。
だから、せめて、このコーヒーを飲み終えるまでは、別れに浸り、寂しさを愛おしもう。
泥のようなコーヒーを啜る。
窓から、星の消えた空を眺める。夜明けが近かった。