助手席の君
助手席の君
俺の友人である日髙はそれなりにモテる。まず、ツラがいい。端正だけど、表情が豊かで、愛嬌がある。性格も悪くない。さっぱりしていて、気の良い兄ちゃんって感じ。趣味は車いじり。「ツナギ姿が格好良い!」って、知り合いの女が力説していた。
そんな日髙には、カノジョがいる。それも、たぶん、束縛が激しい系。日髙から直接聞いたことはないけど、確信がある。人を乗せないことで有名な日髙の車ーー大親友の俺ですら、後部座席しか許してくれないのだ。ちなみに、俺の他には、後部座席であろうと乗せているところを見たことがないーーの助手席には、いつも、女モノのアクセサリーがぽつりと残されているのだ。
助手席を覗き込む。ほら、今日もある。きらきら光る、片方だけのイヤリング。この前は、花の形の髪飾りだった。日髙とペアのリングなんてことも、あったっけ。あからさまに。存在を主張するように。
「行哉、シートベルト」
「はいはーい」
バックミラーごしに、日髙と目が合った。後部座席に体を沈めて、シートベルトをしめる。日髙がアクセルを踏んで、車が静かに走り出した。
「どこ行くん?」
「どうしよ。何も決めてない」
「海に行こうぜ! 海!」
「今、春だけど」
でも、いいね、と日髙が笑った。
「日髙ってさ、ドライブ好きだよね」
「まあ、運転するの好きだからね」
「運転上手いよな〜、俺、日髙の車で酔ったことねぇもん」
「行哉、酔いやすいんだっけ?」
「マジ最悪よ。父ちゃんの車でゲロったことあるし」
頬杖をついて、過ぎゆく街並みを眺める。窓を開けると、春の匂いがする風を感じて、まどろむようにゆっくりと瞬きをする。こんなに心地よいのだから。
「もっと他にも乗せたらいいのに」
「人を乗せることは、好きだよ」
「嘘つけ。断ってばっかじゃん」
まあ、それはそうだけど、と日髙は肯いた。前を向いていて、その表情は見えない。
「好きなんだよ。車に乗せて、シートベルトを締めてしまえば、俺がハンドルを握っている限り、その子はひとりでどこへも行けない。そうして、ずっと一緒に、どこまでも走って行けるーーそんな気分にさせてくれるところが」
赤信号で、車が停まる。日髙はシートに転がるイヤリングを拾い上げ、手のひらのうちで見つめたあと、するりと胸ポケットにしまった。
「いくら行哉でも、見せてあげないよ」
なんだ、と俺は小さく笑った。柄にもなく、心配なんてしていたけれど。
ーーなんだ、お似合いのカップルじゃないか。