メルティ・ビター・バレンタイン
「悪いんだけどこれ……」
渡しておいてくれない?と、片思いの女の子から紙袋を手渡された。中身については詮索するまでもない。2月14日、甘い香りが校内中のあちこちから漂っていて、それだけで胸焼けしそうだ。
本当は断ってやりたかった。なんでアイツに。自分でやればいいだろ、と突っぱねて家に帰って不貞寝してしまいたい。
だが当の彼女、那須野まいの様子を見た。彼女の瞳と艶々とした黒髪が不安げに揺れているのを見て、俺は。
「……未来にだな?」
「そう!」
その名前が出るなり、先ほどまで見せていた寄る辺なく不安に悶えるような表情はどこかに消え失せ、代わりに満面の笑みが咲いた。笑窪がきゅ、と彼女の両頬を彩る。その様子に心臓は高鳴る。
「せっちゃん、叶井くんと仲いいでしょ?今日も部活で会うだろうし……」
「分かったよ。渡しとく」
自分でも驚くほど素っ気ない声。自分の心情は完全に隠せている。制御できている。どうやら自分の演技力もそう捨てたものではないらしい。
その答えを聞いてた彼女は安堵の表情を見せた。心底安心したような「よかった……」というつぶやき。
「叶井くん、普通に渡しても受け取ってくれないし」
ありがとう、と彼女は笑う。
果たして、俺はこの表情が見れてよかったと思うべきなのか。答えは一生出そうもない。
◇◇◇
「それで貰ってきちゃったんですか?」
「貰ってきちゃったんだなこれが。あまつさえ手ずから恋敵に熨斗をつけて献上するという情けなさだ笑うがいいさフハハハ」
「うわぁ……痛々しい。まぁ貰っておきますけど」
放課後、部室で合流した叶井未来に紙袋を手渡した。未来はそのプレゼントを少し嫌そうな顔をしてためつすがめつする。その姿すらこいつがやるとお伽話に出てくる王子様のように絵になるのだからやり切れない。
「なんか変なものとか入ってないっすよね。血で書かれた手紙とか何らかの毛とか……」
「知るか。自分自身の目で確かめてくれ」
「そんな、古の攻略本じゃないんだから」
ちなみに血で書かれた手紙も何らかの毛が入ったチョコレートもこいつは昨年、実際に受け取っている。そういうややメンがヘラった女子を引き付ける何かがあるのが叶井未来という人間だった。欠片も羨ましくなど無かったが、それでも持つ者にしか分からない苦しみなど見せられてもこちらのフラストレーションが蓄積するだけである。
「本当、どうしてこう……女子にモテるんすかね。ボク、性癖ヘテロなんですけど」
そういって未来は紙袋を机の上に置いて、大道具兼備品として用いているソファーに身を投げる。すらっとした細い腕を額に当てながら彼女は天井を仰いだ。ショートヘア越しに覗く瞳が気怠げに虚空を見つめていて、どこか蠱惑的である。だからそういう仕草だよ……と突っ込むのすらいい加減に煩わしくなってきた。
◇◇◇
叶井未来という女子生徒はとてつもなく女子にモテる。なぜモテるのか、と言えばそれはもう天性のものとしか言いようがない。175㎝という恵まれた身長と長い脚、それに整った中性的な顔つき。世の中でいうイケメンの条件をすべてそろえてこの世に産み落とされている。入学して一か月でファンクラブができたのも、入部以来このかた我が児玉高校演劇部の主演を総舐めにしてきたのもむべなるかな。実に忌々しい。
おおよそ、俺に無いものすべてを彼女は持っている。挙句に俺の意中の女子、那須野まいの好意まで得ていた。俺の憎しみと嫉妬を一身に受けるのがこの女……となりそうなところだが、こいつを嫌いきれない自分もいる。
同じ演劇部に所属しているので関わりは多い。数度の公演を共にこなすうちに連帯感が生まれてきたからか、休日の練習の際に俺の好きなアニメのTシャツを着て来たのをきっかけに話が弾んだからか、やっているソシャゲが一緒だったからか、あるいは……といろいろな理由はつけられる。要素だけを挙げればいけ好かない女子に、なぜ親しみを抱いてすらいるのか。一言にするのは難しい。
強いて言うなら、彼女は俺に対して悪意や侮りを見せたりしない、ということがあるかもしれない。人間関係において当たり前のことではあったが、高校生の自意識において当たり前のことほど難しいこともないだろう。つまりは見た目通りのさわやかな人間なのだった。……それはそれで腹立たしいというか、なんか気にくわないのだが。
「しかしまぁ……どうなんですかね、せっちゃん」
「なにが」
「言われたとおりに持ってくる素直さは美徳かもしれないけど、仮にも私を恋敵と呼ぶならほかの方策も考えるべきなのでは?」
「方策って何さ。まさかチョコの横領でもすれば良かったか?そんなみみっちいことが出来るか」
「あるいは……」
「あるいは?」
小学生のころから多くの女子にもててきたというコイツのことだ。彼女ほどの人間ともなると何らかの妙案があるのかもしれない。謹んで拝聴しようではないか。
「……ま、いっか」
「いや良くない。なんか言え。隠すな」
「あ、すみません、チョコ集めでちょっと忙しいんで」
そういって横にしたスマホで顔を隠してしまった。チョコ集めとはソシャゲのイベントの話である。現実でも集めて二次元でも集めるとは、ここまでバレンタインを満喫している人間もそうは居ないだろう。
◇◇◇
その日、部室に集まった人はまばらだった。
部員は全員が集まることはなく、めいめいに集まって好き勝手やっている。次の予定は来年度4月の部活説明会の際に行う10分ほどの劇。内容は決まっているし、短いこともあって切羽詰まってはいない。七月には本公演があるが、そちらは入部した新入生を交えて企画立案や配役も行うことになる。なので今現在、進められる作業は無い。いわば充電期間だ。
見ての通り叶井未来はスマホを前にゲーム内のチョコ集めに躍起になっているし、向こうでは真面目な部員同士で練習として即興劇をしているかと思えば、インパクトドライバーで木工に勤しむものもおり、端にはただ雑談に興じるだけの者もいる。総じて長閑な雰囲気だった。
俺は、と言えば担当になっている会計処理を前にうんうん唸っていてあまり長閑とは言えない。何度計算しても出納帳と実際の金額が合わない。前回公演の際に購入した衣装代と小道具代の領収書に不備があったか、それとも部費徴収の際のミスか、はたまた出納帳の記載漏れか、と当たりを付けて各種書類を漁っているのだが一向に原因は見つからない。タイムリミットは3月。最悪それまでに辻褄を合わせれば良い。なので一か月後の自分に丸投げしてしまってもいいのだが。
「そういえば」
ながら作業をお互い進める中、未来が声を上げた。
「それ、開けないんすか」
それ、と指さしたのは俺の作業中の机に置かれている紙袋のことだった。那須野が、ついでに俺に渡したもの。
『ありがとね、せっちゃん。これ、お礼!』
と、まるで屈託の無い様子で手渡された紙袋に対し思うところは沢山ある。さりとて好きな子から貰ったチョコを捨てることも出来ない。しかし他人に向けた本命チョコを運送する代価として貰ったものでもあるわけで、つまりはアンビバレンツ。痛し甘しというところである。
「……開けたくない」
「どうして」
目の前に明らかに本命のブツがある中、どうして目の前で開けられようか。ただ惨めになるだけである。その落差を直視して傷つきたく無い。締め切りに追われている訳でも無いのに面倒な会計処理を始めたのも、その惨めさを忘れるためのことだった。それをどうして掘り起こしてしまうのか、こいつは。
「……いや、分かんないっすよ。もしかするとそちらが本命だった、という可能性とかあるかも知れないじゃないっすか」
未来はやおら立ち上がり俺の紙袋を手に取ると、大仰な動きで語り始めた。
「せっちゃんのこと、本当は好きなのに……ただの友達にしかなれてない……一緒に居て楽しいし、気を遣わないで良いし……でも、そんな関係性に甘えてばかりも駄目だよね、わたし。そうだ、バレンタインデー!せっちゃんにチョコを渡して、本当の気持ちを伝えよう!ただ渡すだけだと恥ずかしいから……叶井さんに渡すついでってことにして!」
無駄に良い発声と感情豊かな動きで一連の台詞を語り、最後は俺に例の紙袋を返したところでこのエチュードは終了した。
「……まさか。ありえない夢は見ない主義なんだ」
「でも実際に見てみるまでは分からないでしょ?せーので開けてみたら案外せっちゃんのチョコの方が気合い入ってたりとか、あるかも?」
「………」
あるかも、という気がしてしまった。これも叶井未来という人間の持つ声と仕草の魔性というかなんというか……入部以来主演を総なめしてきたのは決して顔とスタイルだけが理由では無い。
さぁさぁ、と促されるまま横並びに同じ机に並んで、それぞれの紙袋を開封することになってしまった。
「せーのでいきますよ。……いっせーのーせ!」
結果から言うとすべては叶井未来の誇大な妄想でしか無かった。彼女には人をその気にさせる才能はあるが他人の心を予測する能力は無いらしい。未来にはハートをかたどり、ところどころ金色で彩られたゴージャスな一枚。対する俺は当たり障りの無い感じのキャンディ詰め合わせ。いや、チョコですら無いんかい、と漫才のような突っ込みまで入れてしまった。ただただ、惨めな敗北を喫しただけに終わってしまった。
「あー、そのー……キャンディも悪くないと思いますよ?ほら、チョコで胸焼けしたところに甘酸っぱいレモンキャンディでお口直しとか……」
「胸焼けするほど貰ってない」
誰もが手提げ袋一杯にチョコレートを詰めて帰れると思ったら大間違いなのである。
断っておくが戦果はゼロではない。
演劇部の女子連名で男子部員たちにプレゼントしてくれたものがある。加えて靴箱に入っていたブラックサンダー……は残念ながら友人(当然のことながら野郎)のいたずらだったのでノーカウント。
しかしこのノーカウントを計上してすら、決して胸焼けなどしないだろう。よしんば未来と同レベル以上に貰えたとしても、たったひとり好きな人から選ばれなかった痛みは消えはしないのだ。
傷心に浸りながらキャンディの包みをひとつ開けて口に放り込んだ。口内に広がる甘酸っぱさよ。これが青春の味か。
「……そもそも論なんすけど、どうしてそんなに好きなんです?」
「なんのことだ」
「那須野さんのこと」
「人を好きになるのに理由がいるか?」
「いやぁ、なんかイメージ合わないんすよねぇ。解釈違いっていうか?」
などと勝手なことを言いながらうんうん唸っている。
「強いて言うなら笑顔が可愛い。あとツインテールが凄くよく似合ってる。声も可愛い」
「外面ばっかり……あ、いや。まぁそんなもんですよね」
あはは、と取り繕う様に後頭部を掻く未来。何も取り繕えていないのだが。
「そういうお前はどうなんだよ。誰かを好きになる時に何を基準にするんだ?」
「ボクですか?そうだなぁ……ほら、ボクってば格好いいじゃないですか?」
「認めるに吝かではないがムカつくな」
「そうなるとほら、これまで外面に振り回されて痛い目にあってきたりもしたし、ボクのことよく知りもしないのに良くここまでって人も見てきたし……だから、何というか心穏やかに過ごしたいっていうか。なのでボクの容姿に過度に惹かれたりしないで、自然体でいられて、お互いの好きなものに寛容でいられて……ボクのことをきちんと見てくれる人。贅沢は言わないのでそれくらいですね」
「結構望んでるじゃねぇか」
贅沢は言わない、と言う人は往々にして自分の高望みを矮小に見せかける卑怯な心理を持っているように思うのだがどうだろう。
彼女の言葉を聞いていると、なんだか嫌な想像をしてしまった。
俺と彼女の望むものが違うのは確かではある。だが、その心理には共通したものもあるのではないか。求めるものはいつだって自分に無いもの、縁遠いものなのかも……などとネガティブなことを考えてしまった。
◇◇◇
その後、俺の元に新たなチョコレートが届くことは無く、意を決した那須野が現れて自分に思いを告げると言うことも無く、ついでに会計処理も片付くことは無かった。
『まもなく下校時間です。まだ残っている人は速やかに戸締まりし、鍵を職員室まで返却してください』
作業に没頭していたところを校内放送によって現実に引き戻される。
外を見れば黄昏時はとっくに終わっている。すっかり暗くなり、窓から見える運動場にも人は残っていない。他の演劇部員たちはめいめいに帰宅している。暗くなった部室を見渡せば、残っているのは俺と未来だけだった。
「そろそろ帰るか」
「ういーっす」
そういって撤収作業に入る。出納帳と部費をキャビネットにしまい、部室に鍵を掛け、消灯・戸締まりをして、職員室に鍵を返し……いつもどおりの手順。
薄暗く、冷たく、物寂しい廊下をふたりで歩いた。ひんやりとした空気に乗って石油の匂いが鼻の中を通り抜ける。ストーブの熱が消えた名残だろう。その匂いと同時に、終わってしまったな、と言う感慨が過った。
言うほど何かが起こることを期待していたわけではない。バレンタインデーに本気で重きを置いている訳でもない。那須野が俺にチョコレートをくれたり、あるいは見知らぬ第三者が俺に思いを告げてくれたり、あるいは……と考えない訳では無かったが、それが妄想の域を出ないことも重々承知だった。
それでも、この学校の中にはもっとこの一日を楽しんだり、何か劇的な……恋とか愛とか、そういうものを味わった人も居たのだろうな、と。そう考えると、祭の光景を外からずっと眺めていて、参加できないまま終わってしまったような寂しさがあった。
未来は何個かのプレゼントを纏めた大きめの紙袋を手にしている。総勢何個か……などと聞いてはいないし聞く気も起きない。ただ、これだけ貰えればイベントを楽しんだ、ということは間違いないだろう。
「ねぇ、せっちゃん」
「なんだ?」
「……サポート欄の礼装、ガチャ産のやつに変えといてくれないっすか?凸してましたよね。チョコはあらかた集めたんであとは素材の方に行きたいんで」
「ああ……いいよ。☆5のヤツな?帰ったらやっとく」
「いや、今やってください。帰りの電車で周回したいんで」
「勝手なヤツ……分かったよ、変えるから待ってろ」
他愛の無い会話が流れる。これもまた、いつもとそう変わらないやりとりだ。
「流石せっちゃん、よっ、やさしくていい人!」
「いい人には『どうでも』が付くんだろ」
ついでに言えば『やさしい』の漢字は『易しい』に違いない。
「まさか。お礼にコーヒーでも買ってきてあげましょう。校門で待っててください」
「え?ああ、ありがとう」
言うなり自販機コーナーのある方角へ駆け出す。俺に気を回すというのは珍しい話だった。まぁ貴重なギガを用いて設定するわけだからその分の対価としては妥当かもしれない。早速ゲームにログインし、未来の指示通りの操作をして待つ。
だが未来は中々姿を見せなかった。下校時間も迫っているというのに何をしているのだろう。冬の夜風に手足が冷え込み始めている。結局10分ほど待ってようやく現れた。
「お待たせです。はいこれ」
「うむ。受け取っておこう」
「ご査収くださいまし、勘定奉行様」
そう言って手渡されたのは缶コーヒー。きちんと俺の好きなブラックコーヒーだった。対する未来の手には黄色いラベルに黒い字の書かれたミルクコーヒーの缶がある。分類・乳飲料の甘すぎるほど甘い飲み物。未来が好きな飲み物として挙げているもので、実際よく飲んでいるのを見る。二本ともアレを買ってきて俺に手渡すんじゃ無かろうか、などと邪推していたのだが、杞憂だったようだ。
アルミ越しに伝わる熱に身を震わせる。それを十分楽しんでから、プルタブを開けて口につけた。熱は喉から食道を通って胃の中へと染み渡っていく。ほう、と白い吐息が出る。冷たい中で飲むホットコーヒーが一番美味しい。
「せっちゃん、甘いのあんま好きじゃなかったっすよね?」
「まぁな。どうも後が引いて良くない」
「チョコだとカカオ100パーセントのヤツとか好きだったり?」
「いや流石にそれは行き過ぎだわ」
70%くらいがチョコとして楽しめるボーダーラインじゃ無いだろうか。
「それは良かったです。…味音痴じゃなくて」
俺に言わせればやたらと甘いコーヒーを飲む人間の方がよほど味音痴に近い気がするが……まぁそこは人それぞれか。
そんなどうでも良い会話を続けながら駅まで向かい、同じ電車に乗った。登下校共に同じ路線の電車を使っている。俺の方が学校から3駅分近いので先に降りることになる。
電車の中では予告通りゲームの周回に精をだしつつ、時折会話を交わしたり片方が言った他愛無い発言に相槌を打ったりして時間が過ぎていく。そうこうするうちに俺の最寄り駅に停車した。
「それじゃ。明日もよろしく」
「あ……はい。それじゃ」
軽く会釈を返し合いながら電車を出た。それなりに人の出入りが大きい駅なのでそう簡単には改札口にはたどり着けない。さて、人の波が落ち着くまで待つか、と自販機コーナーのリサイクルボックスに先ほどの缶を捨ててすぐ横のベンチに腰掛ける。そうこうしているうちに未来の乗った車両が発車した。それを見て、「ああ、ホントに今日は終わりなんだな」と筋違いな切なさが身を包む。
そこに。ゆらり、と人影が俺を覆った。
「……せっちゃん」
先ほど発車した車両に乗っていたはずの叶井未来、彼女が俺を見下ろしていた。人混みに紛れて出てしまったのだろうか。とんだドジっ子ムーブもあったものだ。
「どうした、電車から弾かれちゃったか?」
「いえ……その、なんかかわいそうになってきたんで、あげますね」
そういうと右手に提げた紙袋から小分けになった包みを一つ、俺に渡してきた。
「おいおいおい……プレゼントの又貸し……いや、又渡しはさすがに……」
「流石にそんなことはしませんよ。ボクのことなんだと思ってるんです?」
俺だって流石にしないとは思っている。ただ、そうとしか思えない行動である。どうしても困惑せざるを得ない。ただまぁ、同義に外れていない、と彼女が言うのならそうなのだろう。
「分かった。ありがたく頂戴しとく」
「はい」
俺が礼を言ってから、奇妙な間が出来た。なんとなく納まりが悪い。普段ならあり得ない。これまでお互い黙っていたって居心地の悪さを感じたことは無かったのに。
気まずくなりながら、どう声を掛けるべきか言葉をぐるぐると探している中、先に口を開いたのは未来だった。
「……その、今日色々考えたんですけど。せっちゃんって何かしてるんですか」
「え?」
「もしかして何もしてないんじゃないですか」
「えっと、なんのこと?」
唐突な言葉に頭が混乱する。何とか今日一日の会話とか彼女の行動とかと文脈を繋げようとしてみたがうまく当てはまらない。
「那須野さんのこと。真面目な話、何もしなければ何も無いですよ。ボクは……少なくともしたいと思ったことはやってます。というかやりました。後悔したくないですから」
ちょうどそう言ったタイミングで次の電車がホームに到着した。少し立ち話する間にも車両が通るとは、我が最寄りながら忙しい駅だ。この分ではまた次の人混みが過ぎ去るのを待つ必要がある。
未来は「それじゃ」とそのまま去って行き、電車に乗り……俺に手を振った。去って行くその影を、俺は呆然と見送るしかない。
自室にたどり着いて、本日の戦果を勉強机に並べる。ブラックサンダー一個、女子部員からの連名チョコひとつ、好きな子からのキャンディ詰め合わせ一袋、そして叶井未来から手渡された出所不明の包み。
最後のひとつを落ち着いて見てみると結構気合いが……というより手間がかかっているように見える。濃い紅色をした布製の包みに緑のリボンで口のところが結ばれていた。メーカーの名前などは書いていない。
つまんで持ってみるとちょっとした重さもある。果たしてこれの出所はどこなのだろう、と狐につままれたような気持ちになる。
さて、と包みを開いて中身を取り出した。プラスチックで個包装になったチョコレートが五個。縁がギザギザのアルミホイルの中にパウダーの塗された、おそらく生チョコレートが納まっている。
それをためつすがめつ……そう、丁度今日、未来がやっていたのと同じように眺めた。
プラスチックから取り出し、口に放り込んでみる。ココアパウダーの内側にはやはりしっとりとした食感の生チョコレート。ただし、そう甘くない。むしろ苦い、ビターな味わい。高濃度のカカオチョコを生クリームと掛け合わせたらこんなくらいになるか、という味わいだった。かなりピンポイントに好みな味付けである。おそらく既製品ではない。手作りのように思える。
包みの中を見てみる。他には何も入っていない。この贈り物の真意とか出所を示すような情報は何も。
ひとつ、ふたつと味わって食べた。天井を眺めながら、今日あったこと、そして未来に言われた言葉を反芻しながら。その意味を、考えながら。
チョコレートの味と、その意味を……。
ふと熱が脊椎を通り抜けるような感覚が過った。それは溶けるような温もりのようで、あるいは苦さに痺れるかのようでもある。
その昂奮を振り払うように、那須野から貰った詰め合わせからキャンディを一粒だして、今度はそちらを口に入れた。
未来曰く“お口直しに丁度いい”という淡い黄色のレモン味。
だがレモンキャンディは部室で舐めた時よりも苦く、酸っぱく感じた。噛み砕くことも飲み込むことも出来ないまま、その味は口の中を駆け巡り続けた。