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第7回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
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杉村享の恋愛

1.杉村享の困惑


 杉村享は困惑していた。

自他共に認める草食系男子である自身の生涯初の一目惚れに。

お相手は、研究室の先輩 熊倉巌の妹、熊倉花音。


 サラサラストレートヘアに清楚な顔立ち。ちょっと細身で巨乳気味。

まさに自分の理想を3D化したような女子が現れた。

 ほぼ男子大と言える杉村の大学には生息率ゼロ%と思われるような子。

 それもそのはず。今日は杉村の大学の一大イベント、学祭。花音は杉村の大学の学祭に遊びに来たのであって、女子大に通っているそうな。


 好みだ…これまでに会った誰よりも好みだ。

それにしても…よりによってこんな時に出会ってしまうとは。


 さて、突然ですが、ここで問題です。

杉村は理想の女子に巡り会えたのになぜ困惑しているのでしょう。


A.杉村は先週、彼女ができたばかりだった

B.杉村は花音の兄の熊倉巌と恋愛関係にあった

C.杉村はこの日、女装していた


 正解を見ていこう。

今日は学祭。杉村の所属する研究室では、学祭になにがしか出店する伝統があるそうな。

そして今年の出店はオカマバー。

学部生としては三年生でも、研究室生としては一年生の杉村は、もちろんオカマに扮する役で参加するわけで。この日は一目惚れデビューだけでなく、メイクデビューかつスカートデビューかつウィッグデビューの日だった。


ロングの巻き毛のウィッグにヒョウ柄のスカート、ばっちりメイクを決めた杉村に、お嬢様風の紺のワンピースを着た花音が言う。


「杉村さん、はじめまして! うっわ、めっちゃキレイ! 花音、負けたわー」

「ええっ…そ、そぉ? ありがと。でも…花音ちゃんのほうがキレイよ」


 かわいい。超絶かわいい。

せめて、ふだんの格好の時に会いたかった。


「おいっ、杉村! 花音に手ぇ出すんじゃねえぞ!」


 名の通り熊のごとしの熊倉兄とは異なり、名の通り可憐なること花のごとし。

まるで似ていない二人はもしかしたら、異母兄弟かもしれない。


 しかし、1日限定30杯、このオカマバーの目玉メニュー、テキーラのショットグラスに手で蓋をし「ドンッ」と音を立てて空気を入れ、飲み干す花音。

 前言撤回。酒豪 熊倉兄と確実に同じ血が流れている。

「じゃ、このあと予定あるから帰るわ」と片手を挙げて帰る花音の男前っぷりに、どうにも惚れてしまった。



2.杉村享の策略


 杉村享は策を弄した。

学祭以来、熊倉兄にせっついた。


「研究室のメンバーで飲み会しましょう。でも、男ばかりでむさ苦しいから、花音ちゃんにも来てもらうのはどうかなって。もちろんお友達も呼んでもらって」

「おいおい、お前、うちの花音狙いか?!」


 学祭の打ち上げ、クリスマス会、忘年会、新年会などと銘打って数回の飲み会を企画し、杉村は幹事として奔走した。

一方で、飲み会に参加する花音と、牛歩で距離を詰めていった。


 最初の頃こそは「あれっ、杉村さん、今日はスカート履いてないんだね」と、いじっていた花音も、次第に杉村を男性として意識するようになってきた(ような気がする)。

 研究室の飲み会に花音の連れてきた友達が、杉村の同期の伊藤と最近つきあいはじめたことも影響しているかもしれない(彼らの恋バナはまた別の話)。


 幹事役を買って出ている杉村は、グラスが空いた人に次の飲み物を聞いたり、空いた皿を下げたり、お会計があったりと、飲み会中もなかなか忙しい。

 そんな杉村をさり気なくフォローに来てくれる花音は、どうも気が利くようだ。


 なんとか歩みを進めたいと思っていたところ、ようやく、花音と二人きりで会うチャンスがやって来た(ようやく、連絡先も交換できた)


 初デートのスケジュールは、映画を観て、食事をする(というか、酒を呑む)というもの。

 花音が「観たい」と言った映画を杉村が「あ、それ、僕も観たいやつ!」と乗っかったことで、一緒に観る約束を取り付けたのだ。


 映画の前日、遠足の前日の小学生のように緊張している杉村は考える。

 カラッと明るく、男前でさっぱりしていて気が利く花音ちゃん。欠点がない。強いて言えば、めっぽう酒に強いことぐらいか。

酒の勢いを借りて口説く、というのは通用しないな(実践経験ないけど)

分析してしまうのは、理系男子の悪いクセ。


 花音の喜ぶ顔を見るべく、あれこれ考えた杉村は、映画を観ながら食べられるよう、クッキーを焼いて持参することにした。

 一人暮らしの杉村は、自炊が苦にならない。気が向けば大学に手製の弁当も持っていくし(実験がある時は学食に行く時間もままならないので、これは重宝する)、スイーツは好きなので、簡単なものなら作ることができる。そして、女子はたいがいスイーツが好きだろう。


「えっ! 杉ちゃんの自作? すごいすごいすごい!」

当日、花音の杉村に対する評価は爆上がりした(と思いたい)。

 

 そうして、クッキーを味わいながら映画を堪能した。夢の中で入れ替わる少年と少女の大冒険恋愛映画は二人共、串焼きの串のように刺さった。

 映画の後、芋焼酎のお湯割りを呑みながら、いつか聖地巡礼をする約束まで取り付けた。


 そ、それって地方に巡礼するときは、泊まりってことかな…。ふ、ふたりで…。

妄想が膨らむ杉村をよそに、花音は映画の話を続ける。


「映画のラストシーンで、主人公、就職してたね。杉ちゃんは就職先の業種とか、もう考えてる?」

「あ、あああ、えーと、電子系に進めたらって思ってるよ」

「そうかあ。大学で学んだことを仕事に活かすんだね。私はさ、学部は文系だけど、就職はIT系に行きたくて。将来的には開発とかしてみたいの。自信ないけど」

「そうなの? それなら理系適性検査をしてあげようか」


 地方の聖地巡礼は二人で泊まりがけで行くつもりなのか、とてもとても気になるが、さて、ここで杉村から理系適性検査問題です。


 1+2+3…と、1から10までの数値を足したときの合計はいくつでしょう。


A.100

B.50

c.55


 正解を見ていこう。

「55!」

「おっ、瞬殺!」


 早く解けることも大事だけれど、解き方にもポイントがあるこの問題。

 さて、その解き方はなんでしょう。

ここでは伏せておきますが、花音は解き方もしっかり正解を出していました。


「適正あるよ、花音ちゃん」

「でへへ。こういうの、おもしろいね。杉村師匠、また理系適性検査、やってくださいねー」


 花音の頭の回転の速さもさらに美点となった。

 もう、こうしてはいられない。杉村は早いところ告白をしたいが、なにしろ彼の人生に告白の前例がないため、なんと言ったらいいものやらで、次回への持ち越し課題となる。




3.杉村享の焦燥


 杉村享は焦っていた。


「おい、杉村、うちの花音のこと、院生の島崎さんも狙ってるみたいだぞ」

「うっ! まじすか」

「俺は杉村がお似合いだと思ったんだけどな。ま、決めるのは花音だからな」


 ここへ来て、ライバル出現。

確かに、島崎さんは花音ちゃんと話す時、デレデレしてたような気がする…。

同じ研究室の院生、島崎さんは理系らしさが露ほども感じられないサーフィンが趣味の遊び人風。

ああいうタイプが好きな女子もいるだろうな。


 でも、杉村は、バレンタインデーに花音と会う約束をしている。

 アドバンテージは杉村にあるのではないか。

いや、ちょっと話をしたいだけ、と言われているので、花音は杉村と会ったその後に、本命との約束が控えているのかもしれない…。


 疑心暗鬼になりつつ、バレンタインデー当日に向かった待ち合わせ場所、不忍池。

不忍池の池は先日観た映画の聖地のひとつ。

そんなところも杉村に勝算があるように思えるのだが。


 先に来ていた花音は一人でベンチに座って、ごきげんそうに池を眺めていた。 


「はぁい、杉ちゃん。寒いところありがとう!」

 今日の花音は白いコートに白いマフラーをぐるぐると巻いて、まるで白ウサギのようにかわいらしい。

「うん、寒いね」

 同じベンチの隣の席に腰かけた。

距離が近くなった分、心は温かくなる。


 言うんだ、言うんだ、先手必勝…。

ところが決心がつかないまま、よもやま話をし、その後、花音が切り出した。

「今日はね、この前のリベンジで、花音が杉ちゃんにクイズを出すよー」


 さて、ここで花音から問題です。

池で、蓮の花が1つ咲くと、翌日は全部で2つの蓮の花が咲きます。2つ咲くと、その次の日には全部で4つ咲きます。次は8つ。そうして池の半分が花で埋まるまで90日かかりました。

では、あと何日で池は花に埋め尽くされるでしょうか。


A.90日

B.45日

C.1日 



 正解を見ていこう。

「答えは…1日!」

「さすが杉ちゃん! 正解です! 実は…この蓮の花は杉ちゃんのことでね。花音の心の池の中で、杉ちゃんは90日の間に少しずつ増えていって、明日で花音の心の池はいっぱいになります。…杉ちゃん、好きです。つきあってください!」


 なんという僥倖。

「は、はい、喜んで!」


 夕焼けが二人の頬を照らしていた。

二人で花音の長い長いマフラーに一緒にくるまって、屋台で買った甘酒を飲みながら、花音がプレゼントしてくれた大きなチョコレートを食べた。

冬のやわらかい夕焼けを見つめながら、いつまでもいつまでも。


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