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第7回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
14/22

彼の歌う景色の中に

-1.風の中に-

 山から吹き下ろす冷たい風が、自転車を漕ぐ脚に真っ向からぶつかる。思わず「寒っ」と声が漏れる。まだ11月なのに、この街もすっかり冬だ。そろそろ雪が降るかもねなんて弟ははしゃいでいたけど、私からすれば母親に学校まで送ってもらう車内の気まずさを考えて今から憂鬱だ。

 隣を他校の男子生徒数人が追い抜いて行った。「寒ぃ~死ぬ~」なんて騒いでいるが、こちとらスカートで自転車漕いでいるんだ。男のくせにひぃひぃ言うな。そもそも制服なんて何のためにあるんだ。可愛いデザインでもないし、雪国にあった機能性もない。ふざけんな。

別に私も反抗的な高校生ってわけじゃないけど、寒さへの苛立ちが家族への不満や、学校への怒りを増幅させている。そして何よりも、私は生まれ育ったこの街が嫌いだ。


人口10万人に満たない県内第6の都市。江戸時代は宿場町として栄えたみたいだけど、その名残は小学校の歴史の授業と街にぽつりと立つ石碑しかない。駅前にはロータリーと寂れたスナックしかないし、オシャレな服を買える店も、スイーツの美味しいカフェもない。この街は全体的に灰色で、冬はより灰色になって最悪。

 県で一番大きな街には滅多に来ない電車に乗って2時間近くかかる。そしてその街も好きじゃない。駅ビルもカフェもあるけど、なんか違う。ニセモノの都会って感じがする。私は高校を出たらなんとしても東京に行きたいと思っているのに、母親は地元に残れとうるさい。こんな街で就職して結婚して出産して一生を終えて、なんて絶対に嫌だ。


 怒りを原動力に自転車を漕ぎ続けていたけど、すさまじい突風で流石に脚を止める。ビュオォォォォォォと凄い音。気持ちがくじけて、片脚を地面につけて風が弱まるのを待っていると、風上から何か聞こえてきた。


・・・歌声?


帰り道の方向ではない。川の方だ。気づけばそちらに向かって自転車を漕いでいた。別に音楽が好きなわけでもないし、よくわからないものに首をつっこむタイプでもない。でもなぜか脚が止まらない。灰色の街で、面倒な学校から気まずい自宅にまっすぐ帰るというのが急に嫌になっただけ。よくわからないけど、音のする方に向かえば何かが変わる気がしたのかもしれない。

川に近づくほどにギターの音色と歌声は形を明確にしていく。上手いのか下手なのかはよくわからない。でも、良い声だ。語るかのように歌う声は、すごく優しくて心地良い。そしてちょっと哀しい。だんだん歌詞も聴きとれる距離に近づいて、再び脚が止まった。


この街のことを歌っている。


寒空、山、風、川、屋根、自転車、ロータリー、猫、植木鉢、ガードレール、坂道・・・彼が歌っている景色は全部、全部私の生まれ育ったこの街を歌っている。そして、私の嫌い続けたこの街に対して彼の言葉は優しく、愛に溢れている。私が出ていきたくてしょうがないこの街が彼の歌を通すと、その景色がまるでこの世に一つしかない大切な宝物みたいに思えてくる。

初めての感覚に、心の中がグルグルになる。その時、歌声が消え、少し遅れてギターの音色も消えた。会わなきゃ。何て言うかなんて決めていないけど、あの歌声の主に会わなきゃ。ペダルを強く踏みしめ、突風にも負けずにがむしゃらに走った。


河川敷に出ると、ギターを持って学生服を着た後ろ姿。長めの癖毛が風になびいている。

「あの!!」

声が裏返る。振り返る彼。自転車にまたがって肩で息する私。なんて言おう・・・。目があう。

「この街・・・好きなんですか!?」

彼は目を見開いて不思議そうな顔をしている。しまった。完全に不審者だ。少し間を置いて彼が何か答えたけど、歌声と違って小さな話し声は、風にかき消された。




-2.眼の中に-

 彼の名前はシュン。同い年だけど、私の家から見ると川向うで生まれ育ったから小中学校は違う。今は電車で5駅先の高校に通っている。まあそんなことはどうでもよくて、同じ街で、同じ景色を見て育った。今の私にとってはそれが一番大切なこと。彼はこの街の景色しか歌わない。そして、彼の歌う景色を私は知っている。

 河川敷で急に話しかけてきた私に対して、彼は突き放すでもなく、馴れ馴れしくするでもなく、高校進学後にギターを買って、街の色んなところで歌っていると話してくれた。彼の歌に対する感動を足りない語彙力で熱弁する私に対して、彼は微笑みながらうなずいてくれた。


「俺は愛がどうとかは歌詞にできないんだ。目で見てないから。でも、この街のことならずっと見てきた。だから言葉にできるし、一番しっくりくる。だからこの街が好きなのかどうかは自分でもよくわからない」

 私はそもそもこの街を見ていなかった。なのに嫌っていた。私の眼には灰色としか映っていなかったこの街の持つたくさんの色を、彼の歌は教えてくれた。その後も週に数回、河川敷で、橋の上で、山道で、公園で、この街の至る所で彼が歌う横で、私は彼の眼を通した街を教わった。彼の歌を通して私はこの街を好きになったし、彼の歌う街を通して私は彼を好きになった。


 月並みな言い方かもしれないけど、彼に出会って私の人生は180°変わった。不満や怒りを上手く表現できず、生まれ育った空間に苛立ちをぶつけていた私は、彼の歌に救われた。

「なんかさ、この前ホノカ他校の男の子と橋の上で一緒にいたでしょ?あれ彼氏?」

 彼と出会って3か月経ったある日、同級生から詮索された。前の私はこれだから田舎は世間が狭くて嫌だなんて思っていたけど、今の私は違う。この街を一番豊かに理解して、一番鮮やかに描く彼の歌声を、一番近くで聴いているのは私なんだという優越感が余裕を生む。


「でもさ、私たちって付き合ってるのかな?」

 ちょっと不安になって、その日の放課後、歌い終わった彼に聴く。

「わかんない。でも、俺は今ホノカに最初に聴いてほしいって思いながら歌書いてるかも」

 ギターをいじりながら恥ずかしそうに答える彼。

「え、何それ。嬉しい。・・・あ、じゃあ来週バレンタインじゃん。私チョコ作ってくるからそこで告白してもいい?」

「・・・ごめん、俺甘いもの苦手」

 思ってた答えと違う。なんであんなに言葉巧みに景色を表現できる人が、こんなにも恋愛的なテーマには不器用なのか。


-3.部屋の中に-

 バレンタインは結局、彼のリクエストでたこ焼きを作った。彼の家の食卓で、熱々のホットプレートに生地を流し込む。ジュゥゥゥゥゥゥ・・・。告白すると予告した日にしてはロマンチックじゃなさすぎない?と思いつつ、二人でお腹がぱんぱんになるまでたこ焼きを食べた。


その後、彼の部屋でベッドに寝転がりながらたくさんの音楽を聴いた。今までヒット曲ぐらいしか聴いてこなかったけど、全然知らない曲をたくさん聴けて彼のルーツを少し知れた感じがして嬉しかった。

「シュンはさ、来年どうするの?」

「来年?」

「いや、私は結局就職かなって感じなんだけど。シュンはどうするの?進学?」

 東京に出る気まんまんだった私は、彼と出会ったあの日以来、地に足ついてもう一度家族や地元に向き合った。母親とじっくり話して、家計のことや弟のことを考えると進学は現実的じゃないこともわかった。前の私なら反抗していたと思うけど、今はこの街で送る人生も悪くないと思える。


「将来のこととか、まだ考えられないかなぁ。正直、就職も進学もしたくないかも。今みたいに、歌詞書いて、曲作って、歌って、そうやってずっと生活できればいいんだけど」

「それって、ミュージシャンになるってこと?」

「うーん。俺の音楽が売れるとも思えないけど。ホノカが好きっていってくれるのも、この街を知ってるからでしょ?」

 そう、彼の歌はすべてこの街を歌っている。その魅力が伝わる相手は数少ない。こんなに才能があるのに、もどかしい。

「でも、私はシュンにこの街を歌い続けてほしい。ずっと。シュンのおかげで好きになった街だから。それに……そんなシュンが好きだから」

「それって、告白ってこと?」

 恥ずかしそうにふざける彼。

「予告したじゃん、バカ」

 その後、彼はこの街を歌うのではなく、私への愛を囁いてくれた。彼は語るように歌うけど、歌うように語る。




-4.ライブハウスの中に-

 あれから3年。私は地元の銀行に入り、毎日実家から車で県庁所在地まで向かっている。車内で聴くのは高校時代に録音させてもらった彼の歌。仕事で辛いことがあった帰り道も、彼の歌声が私を安心させてくれる。

 その彼は結局、宣言通り就職も進学もせずに、喫茶店でバイトをしながら、音楽を作ってyoutubeに投稿したり、ライブハウスで演奏したりしている。じわじわと人気が出てきて、1年前くらいからは東京のライブに呼ばれることも増えてきて、今は東京で暮らしている。


『彼の曲は不思議です。誰もがどこか懐かしさを感じるような風景を、巧みな言葉と確かな技術で表現している。彼は少年の眼と職人の腕を併せ持った類いまれなるミュージシャンです』

 彼を取り上げたネット記事の音楽評論家の言葉だ。「誰もが」じゃなくて「私たちの」風景なんだと文句を言いたくなる気持ちと、彼の才能が評価されていて嬉しくなる気持ちが半々。彼は未だに私の住む街のことを歌っている。歌詞はどんどん洗練されて、歌と演奏はどんどん上達している。彼は歌詞に絶対に「君」や「僕」は使わないから、彼の歌の中に私はいないけど、彼の歌う街には私がいる。それでいいと思う。


 ただ、私と彼が過ごす時間は減った。平日の昼は仕事のある私と、夜や休日はライブイベントに出ることの多い彼。当初はライブの後に一緒に帰ったり、彼の家に寄ったりしてたけど、最近は彼もミュージシャン仲間が出来て打ち上げに行くことが増えている。放課後、私だけが彼の歌を聴いていた高校時代の大切な時間はもう戻ってこない。今は彼の歌をたくさんの人が聴いている。


 今日は土曜日で休みなので、夕方からのライブを観るために電車を乗り継いで東京に来た。毎年この時期に行われている、まだデビュー前のミュージシャンが多く参加する大型のイベントで、ここからデビューしていった人気ミュージシャンも多いらしい。ライブの前に昼食でも一緒にと誘ったけど、人と会う予定があるからと断られてしまった。じゃあライブ後に夕食でもとメッセージを送ろうとしたけど、面倒と思われたくなくてやめた。

 ライブハウスの前はすでに行列ができていて、将来の売れっ子をみようと若い音楽ファンが集まっている。手にプレゼントらしき紙袋を持っている女の子も多い。そう、今日はバレンタイン。彼も最近の人気から見て、たくさんのチョコを貰うのだろう。でも、彼が甘いものを苦手なことを私は知っている。


 開演して20分ほど経ち、彼の出番がやってきた。ギターを手に歌う姿は、あの河川敷で出会った時から変わらない。周りの観客も彼の歌に心を動かされている様子だけど、彼の歌う街で生まれ育ったのは多分、この空間に彼と私の2人だけ。今、この時間だけは最近のすれ違いや寂しさを忘れて、あの頃のことを想い出せる。彼の歌う街が変わらないおかげで、私と彼の想い出も形を変えずに残り続ける。


 終演後、ライブハウスの裏口に回ると出演していたミュージシャンたちが出待ちのファンに囲まれていた。彼も数人の女の子から紙袋を渡されて、笑顔で受け答えをしている。ファンがいなくなったところで、彼に近づく。

「お疲れ、今日も良かったよ」

「あ、ありがとう」

 久々に会う私に、彼は少しそっけない。さっきまでの笑顔は?

「甘いもの苦手なのに、両手いっぱいだね。チョコ」

 なるべく学生時代みたいに絡もうとする私。

「この後さ、時間とか……」

 自信なさげに夕食に誘おうとすると、ライブハウスの裏口が開いてミュージシャン仲間が彼に声をかける。少し会話を交わした後、振り向いた彼の顔は嬉しそうだ。

「レコード会社の人が飲み会に誘ってくれてるんだって!」

 こんなに興奮している彼は初めて見る。このイベントでは、毎年数組が終演後に業界関係者から声をかけられて、そこからデビューを決めたミュージシャンもいるという。

「ええ!良かったじゃん!」

「ごめん、すぐに準備しないといけないから、また今度!」

 喜びをわかちあう暇もなく、別れを告げる彼。行かないで!と思った時、振り返って戻ってきた。

「そうだ、このチョコ、処分しといてもらっていい?こんなの飲み会に持っていくのも失礼だからさ」

 返答する間もなく、色とりどりの紙袋を押し付けられて、彼は私を残して去っていった。彼の後ろ姿は希望に満ち溢れてる。




-5.チョコの中に-

 ライブハウスを後にした私は、気づけば北に向かう電車に揺られていた。彼と夕食をともにするにしろしないにしろ、東京で一泊するつもりでいたけど、心が耐えられなくなった。いち早く街に戻りたくなった。終電で最寄り駅に着いた私の手には、彼から押し付けられた、知らない女の子からの紙袋。帰りの電車で1つずつ包装をはがして確認したところ、すべて中身はチョコレート。


 彼が今日のライブハウスで歌っていた駅前のロータリーが、街灯の光に照らされている様子を見ながらガブリ。まずは一番高級そうなチョコレートを一口いただく。そのまま歩きながら食べ進め、続いて彼がyoutubeにあげた最新の曲で歌っていた坂道で、可愛くラッピングされた手作りのチョコレートを。さらに、公園の滑り台の上、小学校の校門の前、市役所の前のオブジェの下で、いろんな種類のチョコレートの詰め合わせを次々に口に放り込む。最後の長文のファンレター付きチョコレートは、彼と初めて出会った河川敷でバリバリと食べた。

 このチョコレートを作った子たちは、彼の歌う景色を知らない。これを食べている私は、彼の歌う景色の中で生まれ育った。私はあの子たちとは違う。私は彼が歌う景色をすべて知っている。その違いを証明するために、私はチョコレートを食べ尽くす。

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