会長。をプロデュース
放課後の教室に女子の行列ができていた。
「久高くん、はい、これ」
綺麗にラッピングされた小箱が差し出される。もちろん中身はバレンタインチョコだ。
「久高くん、私たちのも貰ってくださーい」
横合いから二人の女子がやはり手にしたチョコを強引に差し出した。
「ちょっと、あなたたち、順番守りなさいよ」
先の女子高生が文句を言う。その間にも、次々と新手の女子からチョコが差し出されてくる。それを久高まことは嫌な顔一つ見せず、爽やかなスマイルで受け取っていく。あまつさえ受け取る時に女子の手を両手で包みこむように握り笑顔で
「どうもありがとう。嬉しいよ」
「きゃあー!」
言われた女子は夢見心地で脚をふらつかせながら次の女子と交代していく。
けっ! どこのアイドルだよ、まったく。
俺は心底うんざりした気持ちで机に頬をつけながら、その喧騒を眺めていた。まあ、まことに女子が群がるのは今に始まったことじゃない。小学校からの腐れ縁のこいつは超絶イケメン(顔だけじゃなく性格までも)野郎なのだ。女子がほっとくわけがない。おかげでなんの取り柄もなく人付き合いの悪い俺なんか側にいたら典型的なモブとして忘れられる存在だ。もちろんバレンタインだからってチョコをもらったことなんかない。ああ人生は不公平だ!
しばらくするとようやく女子の待機列が尽きた。
「じゃあ、ちひろ。俺、部活行くわ」
「さっさと行っちまえ。イケメンやろう!」
「おう、ありがと」
けっ! 俺にまで優しい言葉をかけるなんて、ほんとにこいつはイケメンすぎる。なんでそんな奴が俺の友達になってくれたのか今でも不思議なんだが、それ以上に不思議なのは、なぜかまことはこれまで特定の彼女を作ったことがない。俺的七不思議の筆頭なんだが。
……はあ、帰るか。
のろのろと机に掛けた通学鞄に手を伸ばした時、背後からか細い声が聞こえた。
「あ、あの……」
振り返ると一人の女子が意外に間近にいた。ほんわかとした印象の可愛い子だった。軽くウェーブした黒髪が胸の前で揺れている。どこか焦点の合っていないような瞳は濡れたように煌めいていてサクラ色の唇が意を決したように開かれる。
「こ、このチョコもらってください」
「へ?」
突然のことに思考が停止した。
彼女は俯いて腕だけを伸ばしラッピングされた小袋を俺に差し出している。中に入っているチョコが見えた。
え? これって、もしかして……バレンタインチョコ? 俺にくれるのか?
ようやくそれに思い至ると一気に頬が熱くなってきた。
うおーーー! 俺に! バレンタインチョコが! 来たーーー!
内心で躍り上がっていたら、顔を上げた女子が言う。
「よろしくお願いします。久高さん」
あーーー
一気に冷めた。いやまあ、そうだよな。うん、そうだよ。その通りだよ。はあ。
「人違いだけど」
「え?」
「俺、久高じゃないよ」
その女子は怪訝な表情を浮かべ、どんどん顔を近づけてきた。
え? いや、近いちかいチカイよ!
のけぞって距離を取るも座っている体勢では限界があるわけで、油断したら鼻がぶつかるんじゃないかと言う距離まで近寄って俺を見つめてくる。
な、な、なんだ⁉︎ こんな距離で女子の顔なんか見たことねえ!
目に映るドアップの可愛い容姿と甘い香り。その圧倒的な女子感にクラクラしそうになった時、彼女がガバッと身体を引いた。焦ったようにスカートのポケットから何かを取り出す。メガネだった。それを掛けて俺を見る。時間にして約十秒。彼女の頬がみるみる赤く染まり、口元がワナワナと震え出した。いや、口元だけじゃない。全身が震えて持っていた小袋を取り落とした。
「あ、え、違うの」
喘ぐようにそう言うと彼女は二、三歩後退り
「ご、ごめんなさいー」
そのまま逃げるように教室を出て行った。
「あ、おい、これ!」
落ちた袋を拾って教室の出入り口まで走る。彼女の姿はもうどこにもなかった。
な、なんだったんだ、あれ?
至近距離で見た彼女の顔が脳裏に浮かんでまだドキドキしていた。ただ去り際に見たメガネ姿が妙に引っかかった。
「これ、どうしよう?」
彼女が落としていったチョコをそのままにしておくわけにもいかず持って帰ってきてしまった。返すべきなんだろうけど誰だかわからないしな。いっそ、明日、まことに渡せばいいか。どうせあいつ宛なんだし。でも誰からかわからないんじゃ意味ないか。うーん、どうしたもんか。散々悩んだ挙句、とりあえず机の引き出しに押し込んだ。どうせ返す宛がないならこのまま貰ってしまってもいいのでは? たとえ人違いだとしても初めてもらったバレンタインチョコに未練があった。ちらっと彼女のことを思い出して罪悪感が過ぎったけれど、まあ、仕方ない。君が勘違いしたのが悪いんだからな。許してくれよ。
翌朝、登校して昇降口から廊下に出たところでなにやら周りが騒がしくなった。見ると廊下の向こうから、一人の女生徒が何人かの生徒を引き連れて歩いてくる。
「うお、冷泉生徒会長だ」
「わあー、やっぱり素敵よね」
「朝の見回りかしら」
「朝から、ラッキー!」
ポニーテールにメガネを掛けたクールビューティーな彼女は我が校の生徒会長、冷泉まゆみ。一年先輩のニ年生で学年トップの成績を誇る才色兼備な有名人だ。だから俺でも顔を見知っているわけだけど。
あれ? なんだかどこかで似た人を見た気がする……。
俺が悩んでいる間にも彼女はこちらに近づいてきた。朝の挨拶をしてくる生徒たちに手を振って気さくに声をかけている。その視線が俺を捉えた。
瞬間。彼女の動きが止まった。
後ろに従って歩いていた生徒がぶつかりそうになって慌てて立ち止まる。
「あの、会長?」
声を掛けられても微動だにせず、彼女はメガネの奥の瞳を見開いて確かに俺を見つめていた。
え? なんだ?
その視線にビックリして俺も動けなくなった。頭の奥で何かが引っかかる。
しばらくしてようやく視線を逸らすと彼女は再び廊下を歩き出した。けれど足取りは明らかにぎこちなく、声かけもさっきまでの朗らかさに欠ける。そして立ち尽くす俺の傍を通り過ぎる時、ボソリと小さな声が聞こえた。
「放課後、生徒会室に」
俺にしか聞こえない音量で話されたその声。
あー!
その瞬間、俺の脳裏に昨日の間違い女子の記憶が蘇る。この声! それにあのメガネ姿! 似ている! あれは会長だったのか? ……いや、まさかな。あのクールビューティな会長とは印象が違いすぎる。もしかして妹がいたりして? それとも……
それからしばらく俺の脳裏は混乱に満たされて、始業のチャイムが鳴るまでその場に立ちつくしていた。
放課後の生徒会室前で、今更ながら迷っていた。会長からの呼び出し。昨日のあれ以外に用件が思い浮かばない。なんだか面倒くさそうで無視して帰ってしまおうかとも思ったが、昨日の真相にちょっとだけ興味がわいた。会長の可愛い妹さんにも、もう一度会ってみたいという気もした。ええい、ままよ。
「失礼しまーす」
扉を開いた途端、ガタンと大きな音がして会長が立ち上がった。部屋には彼女一人。
「や、やあ、来てくれましたか、本田ちひろくん」
彼女はなんだかホッとした表情で、でも声は少しぎこちなかった。
「俺になんの用でしょうか?」
「君に来てもらったのは、うん、えっと……」
会長が目を泳がせる。
「……昨日の件、なんだが」
ああ、やっぱり。予想が当たって俺もホッとする。それなら
「昨日の彼女、会長の妹さんですかね? 間違えて俺にチョコ渡すとか災難でしたね」
「え? いや……」
「すみません。あのチョコ、俺が預かってるんですが今日は持ってきてないんで、明日お返ししましょうか? それとも、俺からまことのやつに渡しときますか?」
「いや、そうじゃないんだ」
「ダメですか。じゃあ、明日、妹さんに……」
「あれは、わたしなんだ!」
「え?」
俺の言葉を遮るように彼女が語気を強める。意味がわからなかった。怪訝な表情をする俺の前で、会長はポニーテールを纏めていたシュシュを取り去ると軽く首を振った。長い髪がふわっと広がって胸にまで届く。それからメガネを外す。現れたのはほんわかとした印象の可愛い女生徒。昨日の彼女そのものだった。
「うそ、だろ⁉︎」
印象が違いすぎる! まるで変装だ。
「こ、これで分かって、もらえただろうか?」
会長が恥ずかしげに聞いてくる。それからすぐにメガネを掛け直した。途端にクールな印象が戻ってくる。
「えっと、まだ信じられないけど……信じます」
昨日の彼女が会長だったなんて! 自分でもよく分からないけど、なんだか少し残念な気がしていた。思いの外、昨日のほんわか女子が気になっていたのかもしれない。
「じゃあ、チョコは会長に返せばいいですか?」
なんとなく事務的な声が出た。
「それもあるんだが……君に頼みたいことがあって」
会長の声がまたぎこちなくなる。
「……昨日のこと、黙っていて欲しいんだ」
「えーと」
「私が誰かにチョコを渡そうとしたことを周りに知られたくない」
彼女の目元がわずかに紅潮している。
「もしかして恥ずかしいとか?」
「い、いや、違う……こともないのだが、それよりも。そんなことを知ったら私のファンクラブが黙っていないというか」
会長のファンクラブがあるんだ。
「それでいつもと違う格好だったんですね」
「それもある。それに……いつもの私は印象がきつすぎて、チョコを渡すなんて似合わないだろ」
今度ははっきりと目元を染めて自嘲気味に話すその姿が、なんだか普段のクールな会長とギャップがあり過ぎた。
なに、この人、ちょっと可愛いんだけど。
もう少しこの人のことを知りたくなった。
「ちなみに会長は、久高まことのことが好きなんですか?」
「好きというか……彼、やっぱり学校のアイドルだろう。私もステキだなと思ったんだ」
「意外とミーハーなんですね」
「そうだな。私も普通の女子校生のようなミーハーな恋愛をしてみたかったんだ」
「そんなもんですか?」
会長は苦いものを噛んだように眉根を寄せると
「私の家はね、政治家の家系で人の上に立つ人間になることが教育方針だった。人に弱みを見せない。誰からも好感を持たれるように行動する。だからだれか一人に恋する恋愛なんて御法度で、これまで縁がなかった。でも私ももう十七だ。やっぱり人並みの恋をしてみたいと思ったんだ」
会長の思いがけない告白。今まで思っていた完璧超人な彼女の印象が霧散する。会長も普通の女子校生なんだ。そう思ったら、ポロリと言葉が出てきた。
「俺が……手伝いましょうか?」
その言葉に俺自身がビックリする。でも言葉は次から次へと出てきた。
「まことは俺の唯一の親友なんで、もしよかったら、会長があいつと付き合うことが出来るように俺が手伝います」
「え?」
「あいつ、もてるわりに今まで一度も女子と付き合ったことがないんで、理想が高すぎるんじゃないかなと思ってるんですけど、会長なら全然大丈夫だと思います。むしろ美男美女のお似合いというか、ぴったりというか」
「君はなにを…」
「俺、会長の普通の恋を応援したいです。俺に手伝わせてもらえませんか?」
会長は驚いた表情でしばらく俺を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「ありがとう。頼む」
こうして俺の「会長の恋のプロデュース」が始まった。
「まこと、お前好みのタイプってどんな子?」
「なんだよ急に」
「お前いつも女子に囲まれてる癖に誰かと付き合ったことないじゃん。どんな子が好きなのかなあと思ってさ」
「どんな子と言われても」
「あー、そうだ。例えば冷泉生徒会長みたいな人はどう? 才色兼備な超絶美人じゃん?」
「いやあ、あの人はないな。ちょっと怖そうだろ。それより、もっと保護欲を刺激されるタイプがいいなあ」
「ははあ」
会長の恋の手伝いのためにまずまことの好みを探ることから始めたのだけど、これは……会長にはメガネ無しバージョンから初めてもらうしかなさそうだ。
「ーーーという感じだったんですけど」
放課後、駅前のカフェで会長と向かいあう。生徒会室では他の役員の出入りもあるので、ここで待ち合わせたのだ。まことへのリサーチ内容を話して聞かせると、会長はがっくりと肩を落とした。普段のクールな姿とのギャップに申し訳ないけどなんだか笑みが溢れそうになる。
「あ、いや、大丈夫ですよ。策はあります」
「本当かい?」
「バレンタインの時の格好ならまず会長とはバレないと思います。それにメガネを掛けてない時の会長は、ちょっと保護欲をくすぐるというか、まことの好みにピッタリですし」
「そ、そうだろうか?」
「はい」
「だが、メガネがないとほとんど周りが見えないほど視力が悪くて」
「それならコンタクトにしましょう」
「あー、うん。それは……」
「なにか問題でも?」
「に、苦手なんだ」
「使いづらかったんですか?」
「いや、試したことはないんだが、なんというか眼に何か入れるのが怖いというか」
なんだか子供みたいなことを言い出したぞ。
「会長。そこは思い切ってチャレンジしてください。案外やってみれば違和感ないかも知れませんし、なにより普通の恋愛への第一歩です」
彼女はしばらく思い悩んでいたが
「………わかった」
「それじゃあ、今からコンタクトを購入しに行きましょう」
「今から⁉︎」
彼女が素っ頓狂な声を上げる。
「善は急げです」
なんだか会長の様子から決心が鈍らないうちに既成事実を作る方が良さそうだと思った。
「レンズをこう人差し指の先端に乗せて、左手で瞼を開いて、ああ、はいそうです。怖がらないで、はい、もう少しです。頑張りましょう」
会長が購入したばかりのコンタクトレンズの初めての装着に挑んでいる。レンズを乗せた右手がプルプルと震えているのが危なっかしいなあ。
「ちょっとすみません」
俺はたまらず彼女の手を掴んで震えを抑える。
「え? あ、君」
「はいこのままゆっくり入れますよ。いいですね。目つぶらないでください」
「ああああ」
「はい、入った」
「っつ」
「どうですか? よく見えますか?」
ようやくコンタクトを装着した会長は、一瞬キョトンとした表情になって、それからぱあっと笑みを浮かべた。
「ああ、これは良いな。よく見える。君、ありがとう」
「どういたしまして」
片目を入れて慣れたのか、会長はもう一方の眼には難なく装着できた。改めてメガネをかけていない会長の顔はまるで別人のようにほんわかとした印象だった。
「あの、会長、髪もおろしてみてもらえませんか?」
纏めていた髪を下ろすとより一層優しい印象が増す。
「どうだろうか?」
少し恥ずかしげに会長が見つめてくる。不意に心臓が高鳴った。バレンタインのあの日、至近距離で見た彼女の顔が今、目の前にある。しかも何かを期待するようなこの表情!
「い、良いと思います。まことの好みっぽいです」
俺は視線を逸らすと早口で答える。それから急いで話題を変えた。
「そうだ、会長、普段着はどんな感じですか?」
「制服以外かい?」
「はい。折角だからその格好に合わせた可愛い感じの服があるかなと思って」
「うーん。私はそういうのは普段着ないな。似合わないし。でも、どうしてだい? 私服なんか見せる機会ないだろう」
「実はちょっと作戦を考え中でして、まこととはまず会長とはわからないように外で会ってもらおうかなと思ってるんです」
「それは……騙すことになるんじゃ?」
「そうかも知れませんけど、会長だとわかると先入観がありますし、まずは普通の女の子として知ってもらって好きになってもらうのが先かなと思うんです。なので俺のイトコという事にしてまことに会いましょう」
「君の従姉弟?」
「はい。任せてください」
会長は不安げな表情で俺を見つめてくる。かまわず続けた。
「なので今度、それ用の服を買いに行きましょう!」
彼女が今度は驚きに目を見開く。なんだか彼女のそんな姿が俺は楽しくなってきていた。
「なあ、まこと、お前今度の日曜、時間ある?」
「なんだよ急に。あるけど」
「いやあ、イトコが遊びに来るんだけど俺一人じゃ、間が持たなさそうで」
「お前イトコとかいたっけ?」
「あーうん、いるんだ、年上の女子の」
「ははあ、なるほど。確かにお前じゃ間が持たなそうだな」
「けっ! ほっとけ。でも頼むよ」
「ああ、分かった」
いつものように駅前のカフェで会長と作戦会議を開く。彼女は学校帰りの制服だけど、コンタクトに髪を下ろしたほんわかバージョンだ。学校外とはいえ、誰かに俺と会長が頻繁に会っていることを知られたら、それこそファンクラブが怖い。なのでコンタクトに慣れる練習も兼ねてここで会う時はその格好で会うことにしたのだ。
「じゃあ、会長、まこととの約束も取れたことですし、今日はシミュレーションをしましょう」
「シミュレーション?」
「はい。出会いからの会話の流れとか、どこへ行くとか」
「ああ、そういうことか」
「まずはそうですね、互いの呼び方ですがイトコ設定なので、名前呼びが妥当かなと思うんです」
「え?」
「なので、俺のことは“ちひろ“とか“ちひろくん“と呼んでもらって、俺は“まゆみさん“とか“まゆ姉“とか呼ぼうと思いますがどうでしょう?」
「な⁉︎」
会長が目を見開いて固まった。流石にいきなり名前呼びは難易度高いか。でもイトコ設定を自然に見せるには必要だと思うんだ。
「じゃあ、一度練習してみましょう」
会長はしばらく視線を揺らしていたが、意を決したように口元を引き結ぶと小さく頷いた。その表情にドキッとする。
「じゃ、じゃあ、いきますよ……まゆみ、さん」
クッ! 女子を名前呼びするなんて人生初めてだった。予想以上にドキドキしてしまう。 恥ずかしさに俯いたとき、消え入りそうな小さな声が聞こえてきた。
「……ちひろくん」
その瞬間、心臓がドクンと脈打った。
うっ! やばい! 女子に名前呼ばれるのも初めてだった!
ちらっと顔を上げると彼女も俯いていて、その頬がみるみる紅潮していく。
この人も恥ずかしがってるんだ!
それが分かってなんだかホッとした。冷静な部分が戻ってくる。
「そ、それじゃあ、そんな感じで今日は呼び合いましょう」
「今日ずっと⁉︎」
会長が頬を染めながら抗議の視線を送ってくる。
「練習ですから、頑張ってください」
「うー」
それからしばらく当日の流れなどを確認した後、俺はもう一つ、案件を切り出す。
「前から思ってるんですが、会ちょ、いえ、まゆみさんは言葉が硬めですよね」
「どう言うことだい?」
会長が首を傾げる。
「ほら、今の言い方もそうです。普通女の子は“だい“なんて言いません。そう言う時は、“どう言うことかしら?“とか、もっと簡単に“どう言うこと?“で良いと思います」
「なるほど、そうか」
「今のも硬いですね。なので、まゆみさんはもっと柔らかい話し方を意識してください」
「柔らかい話し方か。どうすれば良いんだろうか?」
「はい、今のも語尾に気をつけて。“どうすればいいかしら“です。言ってみてくださいさい」
「う、うむ……どうしたら、いいか、しら?」
「うわーぎこちない」
「仕方ないだろう、じゃない、仕方ないでしょう。慣れてないんです、わよ?」
変な言葉遣いの恥ずかしさに彼女が頬を染める。う、うん、これは練習あるのみだな。
それから俺たちはいろんなシチュエーションでの会話の練習を続けた。まこととの約束の日が近づいていた。
その日は駅前の大型商業施設で待ち合わせた。俺たちは意図的に遅れて来たので既に待っているまことの姿が見える。
「良いですか、行きますよ、まゆみさん」
「ああ、うん、分かった。ち、ちひろくん」
俺は会長と頷き合う。さあ、今までの練習の成果を見せる時ですよ、会長。
「まこと、遅れてすまん」
「やあ、来たか。えっと、そっちが?」
まことが俺の後ろにいる会長に視線を向ける。今日の彼女はもちろん髪を下ろしたメガネなしほんわかバージョン。それに合わせて服装もフェミニンな春物のカーディガンにブラウスと膝丈のフレアスカートに同色の短いブーツを合わせていた。いや、これ、先輩とブランド店を何件もハシゴして用意するの大変だったんだよ。
「ああ、俺のいとこの……」
会長が一歩前に出る。
「まゆみです。よろしくね……ま、まことくん」
言えたー! 名前呼び、バッチリですよ。
「こちらもよろしく、まゆみさん」
オッケー。ファーストコンタクトは概ね順調だ。頑張りましょう、まゆみさん。
商業施設内には体験型の室内遊園地が併設されていた。巨大迷路やトリックアート、ボルダリングなどが目玉だ。
「ありゃ、また行き止まりだ」
「だからこっちじゃないって言っただろ」
迷路の出口が分からず俺とまことが言いあっていると
「あのー、多分こっちです」
会長が控えめに手を挙げた。その方向に進むとようやく出口が見えてきた。
「わあ、すごいね、まゆみさん」
「そ、そんなことないです」
まことの称賛に会長が照れた笑顔を見せる。少しの時間で二人はすっかり打ち解けて楽しそうにしていた。それを見て、なんだかもやっとした感情が湧き上がってきていた。なんだこれ? 計画はこんなに順調なのに、何が不安なんだ? 大丈夫だ。問題ない。俺は自分にそう言い聞かせた。
「私、ちゃんと出来てる?」
休憩に入ったファーストフード店でまことがトイレに立った際に会長が心配そうに聞いてきた。
「全然、大丈夫ですよ。バッチリだと思います」
「よかった」
彼女がホッとした笑顔を見せる。喜んで良いはずなのになぜか胸が小さく傷んだ。
その日は最後まで楽しく過ごして駅前で解散した。上手くいった手応えに浮かれてもいいはずなのに気持ちが重かった。
「どうだった、俺のいとこ」
「どうって?」
「結構、お前の好みに近かっただろう?」
「なに、おまえ、まゆみさんと俺をくっつけようとか思ってるわけ?」
「え? い、いや、違うけど。ただ彼女の方はすごく楽しかったみたいで、また遊びたいって言ってるんだけど、いいよな?」
「いいけど。おまえはいいの?」
「え? 俺? 俺は別にいいけど」
「ふうーん」
まことが何かを探るように目を細める。
「じゃ、じゃあ、また連絡するわ」
俺は逃げるように立ち去った。
会長のプロデュースはまこととの親密度をさらに上げるためにそれからも継続的に続けられた。休みごとに三人で出かけて、映画を見たり、ゲームセンターで遊んだり、散歩をしたり。二人の親密さは順調に進んでいった。それに反比例するように俺の胸には重いつかえが溜まって行った。いつものカフェで会長をプロデュースする時間は楽しかった。けれどその結果、二人が仲良くなっていくのを見るのがどんどん辛くなってきた。
三度目のデートで会長の提案(と言うことに)した梅園で咲き誇る梅の木の下を二人が並んで歩く様子を後ろから眺めながら、俺は自分の胸のつかえの正体をようやく自覚した。
いつのまにか俺は会長を好きになっていたんだ。
だからもうこれ以上、二人の姿を見ていたくなかった。終わりにしよう。あと一つプロデュースしたら、それで。そうでないと俺は……
いつもの駅前のカフェ。会長と向かい合った俺は最後のプロデュース計画を話す。
「今から、告白の練習をしましょう」
「え?」
びっくりして彼女が目を見開いた。
「これまでのところ計画は非常に順調に進んでいます。ネットの事例なんかを調べた結果、大体三、四回目のデートで告白することが多いようなんです」
「ちょ、ちょっと待って、ちひろくん」
「なんでしょうか?」
「告白なんて、む、ムリ」
「大丈夫です。だから、練習するんです」
「い、いや、そうじゃなくてね…」
「はい、それじゃあ、始めますよ、まゆみさん」
慌てる会長に有無をいわせず言葉をかぶせる。なんだかんだ断れないのはこの人の弱点だ。
「じゃあ、続けて言ってみてください。“好きです“ はい!」
「……す、す、すき、で、す」
小さな声で物凄くぎこちない“好き“が聞こえた。胸がキュッと締め付けられる。
「う、うん、頑張って。もう少し大きな声で、今度は、名前も呼んでみましょう」
会長が困ったように上目遣いで俺を見る。頬が紅潮していた。
「はい、どうぞ」
「……す、好きです、ちひろくん」
ぶはっ!
心臓が止まるかと思った。
「な、名前、間違えてますよ!」
「あああああ、ごめんなさい。ち、違うの、えっと」
彼女は真っ赤になった頬を両手で隠して狼狽えていた。
「”まこと”ですからね。間違えないで、はいもう一度」
俺は自分の動揺を誤魔化すように彼女に次の練習を促す。
それから俺たちは、言葉や言い方を工夫してなんとか恥ずかしがらずに言えるようになるまで練習した。
「それじゃあ、次は二人だけの遊園地デートにしますから、まゆみさん、頑張ってください」
「えええ⁉︎ ちひろくんは来てくれないの?」
「もちろん。告白に第三者がいたら邪魔ですよ」
「そんな⁉︎ 私、自信ない……」
会長が上目遣いに見つめてくる。
「ちひろくんが、必要なの。お願い」
その視線に心がぐらつく。でもこれ以上、二人の姿を見たくなかった。とても平静ではいられない。
「じゃあ、何かあったらラインしてください。アドバイスを送ります」
「ほんとう?」
「はい」
「ほんとにほんと?」
「はい、必ず」
「絶対だからね」
会長はそう僕に約束させて、挙句に指切りまでしてようやくデート計画に頷いた。
ああ、あと少しで解放される。と思った。
Xデー当日。朝からひっきりなしにラインが飛んで来る。
ーこの服装で大丈夫かな?(自撮り写真付き)
ー待ち合わせは十時で合ってる?
ーどうしよう、なんか忘れ物した気がする。
ーまことくんと合流したら、なんて挨拶したらいい?
ええっと、会長ってこんなにポンコツだったっけ?
彼女のラインに応えつつ、なんとか落ち着かせようと“大丈夫ですから“と繰り返した。やがて待ち合わせ場所に着いたのか「まことくん、居た」とラインが入る。その文字に胸が苦しくなった。二人の姿を想像しそうになって慌てて頭を振って追い出そうとする。けれど「今遊園地前です」とか「まことくんが入場券を買ってくれました」とか、定期連絡のように入ってくる会長のラインに否応なく二人の姿を想像して苦しくなってしまう。だったら見なきゃいいのは分かっている。けど、アドバイスすると指切りした以上、約束を破りたくなかった。
部屋にいると息が詰まりそうだったので、いつものカフェに足を運んだ。けれど、いつもと違い一人だけでいるカフェは、より一層、彼女がいない事実を俺に突きつけてくる。
ーまことくんがジェットコースターに乗りたいって言うんだけど、私、絶叫系は苦手なの。どうしたらいい?
ー素直にそう言ってみたらいいと思いますよ。
ーまことくんがぬいぐるみを買ってくれるって言うんだけど、買ってもらっていいのかな?
私も彼に何かあげた方がいい?
ーそうですね、まこととお揃いのものとかいいかもしれません。
会長からラインが来るたびに胸の奥が軋んだ。それでも、今日で最後だから、彼女のためだから、と必死でアドバイスを返し続けた。そして夕方。事前の計画通り、会長がまことを観覧車に誘う。二人だけの空間はもちろん告白の定番場所だ。
ー今から観覧車に乗ります。
その文字に胸が張り裂けそうになる。それでも、頑張って下さい、と返信した。
これでもう俺にできることは何もない。彼女の恋のプロデュースはこれで終わりだ。これ以上は、何も聞きたくない。俺はスマホの電源を切った。彼女からの報告が入るのが怖かった。机に突っ伏して目を閉じる。もう、何も考えたくなかった。
どのくらい時間が経ったのだろう。いつの間にか寝ていたらしく、なにかの音で目を覚ました。音のする方に顔を向けてギョッとした。カフェの窓を会長がドンドンと叩いている。俺は慌てて顔を背けたが遅かった。カランと扉の鳴る音がして彼女が早足で俺のいるテーブルまでやってくる。バンと机を掌で叩いた。
「もう、ちひろくん、なんでライン見てくれないの? 探したんだからね!」
「……スマホの電池が切れたんだ」
嘘の言い訳が口を吐く。
「そ、それよりも、なんでまゆみさん、こんなところに来たんだよ。まことと一緒にいたんじゃ…」
言いかけてやばいと気づいた。こんなことを聞いたら、告白の結果を聞かされるに違いない。それは嫌だった。もしこの場で、二人が付き合うことになったと聞かされたら、正気でいられる気がしない。けれどもし上手くいかなかったとしても俺はそれを喜んでしまいそうで怖かった。彼女の悲しみを喜ぶなんてサイテーだ。だからせめて今日だけは結果を聞きたくなかったのに。なんで来たんだよ。
「ちひろくん、あなたに話したいことがあるの」
ほら、やっぱりだ。やめてくれ。聞きたくない。
彼女が俺の前に座る。その表情は少し緊張しているようだけど決して悲しそうじゃなかった。ますます胸が苦しくなる。
「あのね、今日、私、まことくんに告白」
彼女の瞳が揺れる。
「……できませんでした」
「え?」
俺は唖然とした。
「な、何やってんだよ!」
思わず大きな声が出てしまった。
それじゃあ、まだプロデュースは続くって言うことか? もうムリなのに。ほんとに何やってんだよ!
俺の怒りを察したのか会長が頭を下げる。
「あんなにちひろくんに練習付き合ってもらったのに、ごめんね」
それから顔を上げると、でも、と続けた。
「正確には告白できなかったんじゃなくて、しなかったの」
なんだそれ? と思った。
「今日一日、まことくんとデートしてとても楽しかったわ。楽しかったんだけど、でも、何か物足りないって思ってたの。観覧車に乗り込んで、ここで告白したらどうなるんだろうって考えたの。もしまことくんがOKしてくれたら、二人で普通の高校生みたいなお付き合いをして恋愛をしていくのかなって。そう思ったらね、分かっちゃったの。何が足らなかったのか。だから、告白せずに帰ってきちゃった」
あんなにいろんな事を頑張って! あんなに上手くいっていたのに!
「いったい何が足らないって言うんですか⁉︎」
俺は怒りの感情のまま尋ねる。けれど彼女は小さく微笑むと
「ちひろくんだよ」
「え?」
「ちひろくんが足らなかったの」
「なに、言って」
「私にはちひろくんが必要なの」
何を言われているのかわからなかった。俺が必要? 恋のプロデュースに? アドバイスに? 俺の思っていることが分かったのか彼女が言う。
「違うよ。プロデューサーとしてじゃない」
「じゃあ、なんで…」
彼女が目を瞑る。それから、ゆっくりと開かれた瞳が俺を真っ直ぐに捉える。
「ちひろくん、あなたが……好きです。私と付き合って下さい」
その言葉にポカンと彼女を見つめてしまった。言葉の意味がすぐ理解できない。それが告白だと気づいた時、一気に頭に血が昇った。
「え? あ? お、俺?」
「どう? ちゃんと練習通りに言えたでしょう?」
会長は頬を真っ赤に染めながら、それでも得意げに笑いかけてくる。
その笑顔にこれまでのいろんなことが蘇ってきてすぐに言葉が返せない。
「……いいの? 俺で?」
ようやく絞り出せたのは、そんな情けない言葉。
「うん。これからもよろしくね。ちひろくん」
これは、間違いバレンタインチョコから始まった恋物語。
そのチョコは今でも俺の手元にあって、今はもう間違いじゃなくなったのだ。
ね? 会長




