秘密文書とえんぴつ 冴えないおっさんを装う俺は祖国を占領した帝国を打倒するスパイとして暗躍する
霧が立ち込める早朝。
静まり返った厳戒態勢の街。
石畳の道を歩いて行く。
向かいから黒いコートの男が歩いて来る。
俺はすれ違いざまに彼から小さな箱を受け取り、そっと懐にしまった。
この物を所定の位置まで運んでいくのが俺の任務。
秘密文書を届けるのだ。
「おい、そこのお前、止まれ」
軍人が声をかけて来た。
制服の種類からして……親衛隊!
「はい、なんでしょうか?」
「懐に何かしまっただろう? 出せ」
俺は言われた通り、先ほど受け取った物を差し出す。
それはケースに入った一ダースの鉛筆。
未使用品。
「ただの鉛筆ですよ」
「ふむ……」
しげしげとケースを眺める親衛隊だが、どこをどう見ても鉛筆だ。
何の変哲もない普通の文房具。
しかし……欺くのは容易ではなかったようで……。
「一本もらうぞ」
「……え?」
「安心しろ、何もなければ弁償する。
何もなければの話だがな」
親衛隊は鉛筆を一本手に取り、それを真っ二つにへし折った。
中に何か隠されていると思ったのだろう。
しかし――
「ほら、ただの鉛筆じゃないですかぁ」
「ううむ……行っていいぞ」
「待ってください」
「なんだ」
面倒そうな顔をする親衛隊に向かって言う。
「一本10デールです。弁償して下さい」
◇
「ふぅ……参ったな」
親衛隊に呼び止められた時は肝が冷えた。
「おはよう、今日も浮かない顔をしているね」
駅の売店で新聞を購入。
売り子の老婆が錆びた鉄骨をこすり合わせたような声で言う。
「ああ、どうも家内の機嫌が悪くてね。
帰りに花でも買っていこうかと」
「20デール」
「ほいよ」
「レシートも忘れずにね」
小銭で支払いを済ませ、階段を昇って行く。
通勤客もまばらなホーム。
遠くの建物は工場から排出される蒸気で霞んで見える。
俺は待合所で席に着き新聞を開いて周囲からの視線を遮り、レシートの裏側にえんぴつを当ててこすると隠されたメッセージが浮かんできた。
この内容を仲間に伝えれば俺の仕事は終了。
文書は用済みになったので破り捨てて処分する。
軍が厳戒態勢を敷く中、ほんの短い文章でも運ぶのは危険が伴う。
わずかな情報のやり取りが大きな勝利に繋がるのだ。
祖国が帝国に占領されて早10年。
奴らを打倒するために大勢のレジスタンスが地下で動いている。
俺の仕事はメッセージを運ぶこと。
他にも大勢の同志が秘密文書を運んでいる。
いつか必ず来る勝利の日を夢見て戦い続けているのだ。
さて……次のメッセージはどこに隠されているのかな?