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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
五 理想との境界
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5-12 接触

 クティータが掴んだ『古い通信機の番号』の情報を、カルーフら三人は朝方になって知ることとなった。この番号の主が、果たしてオヤジのものなのかは、現時点では定かでは無い。幹部のものかもしれないし、お下がりで貰った新入りのものかもしれない。


(――って、今ここで俺が考えても、何も出てこないに決まってる。今日も仕事だ、仕事! なんて言っても、どうせやる事といったら、見回りと称した暴走くらいだけど。後は、武器取引の売上金っぽいお金だとか、みかじめ料の徴収だけだけどな)


 これで領収書でも出れば、少なくとも幹部の名前はわかっただろうに――そう考えては、カルーフは馬鹿馬鹿しい考えを振り払う。身支度を整えて、誰もいなくなった部屋の灯りを消す頃には、彼の眼前には願望ではなく廃れた街が拡がっていた。窓から見える空は薄暗く、遅寝遅起に順応しかけている自分自身に苦笑する。


 律儀に無人の部屋に挨拶をし、階段を駆け下り、ウトク達のバイクの後部座席へと駆け寄った。


「あっそうだ、カルーフ! 今日から集合時間は夕方になるからな! 間違えんなよ! 何てったって、オレらの仕事は基本夕方とか夜だからな……じゃ、早速気合い入れろよ。今夜は見回りだけじゃ終わらねえ、回収する武器代は額がでけえぞ!」

「おう!」


 ウトクの一声とともに、エンジン音が轟く。間もなくして、路地から飛び出すバイクの群れは、細々と光る店の明かりを振り切るように、速度を上げて公道を走り出した。


 ラクダの歩行とは異なる、エンジンの振動に身を震わせながら、カルーフは慣れた様子でウトクの背にしがみつく。やがて騒音の中で仕事の説明を受けたら、目的地にて迅速に標的となるヒトから、どんな手を使ってでも(・・・・・・・・・・)金を回収する。日々暴力的な光景を見続ける生活は、カルーフの心を確実に蝕んでいた。


(俺は……甘かった。目の前で誰かが死ぬ訳じゃない、殺す訳でもないから、楽な仕事だと思ってたんだ。でもヒトの悲鳴を聞くのも、同じくらい嫌だ)


 今にも崩れそうな民家の扉の前で、カルーフはただ立ち尽くす。ウトク達の怒鳴り声と、金を出し渋る男の怯えた声が聞こえないふりをしながら。


「おい、おいってば! 突っ立ってねぇで手ぇ動かせ!」

「あ……! 悪い、今行く!」


 ――内部工作を早く終わらせて、本拠点へ戻りたい。早くイルヴァーシュの幹部を捕まえたという報告を、バシャルに届けなければ。


 内部工作の事ばかり気にかけて、目の前のイルヴァーシュの仕事に集中できないカルーフであったが、無情にも一日はあっという間にすぎていく。直近の目標である『幹部の情報を握る』事すら、まだ達成できていない。焦りは募るばかりだが、今の彼にはどうしようもないことだった。


 潜入捜査を成功させたとはいえ、イルヴァーシュの構成員は多く、下っ端に与えられる情報などたかが知れている。加えてアズラクエーレ以外の小さな組織とも、抗争というより喧嘩をしているせいもあって、新人の入れ替わりが激しいのだ。


 潜入して三週間が過ぎても、カルーフがバイクに乗れるようになったことと、ウトク達がよく居るたまり場を知れただけで、収穫と呼べる収穫は無い。幹部達の居所を掴むどころか、誰が上層部に居るのかすら把握出来ていない始末である。


(なら、クティータさんのように、周りのヒトを利用すればいいのかな。情報を持ってそうな人と仲良くなって、話を聞けば、自然と使えそうな話が手に入ったりして)


 とは言うものの、カルーフにそんな取り入れそうな人物はいない。いや、ウトクという、グループリーダーがいるにはいるのだが、彼らをあてにしようとは思えない。というのも――


「おーい、お前ら! 今月分配るぞ!」

「三千五百バローナを兄貴達に渡して、残りの百七十五バローナはオレ達の取り分だ! 七人分きっちり分けるから、手ぇ出しな! いーち、にーぃ――」

(最初から人数分の七で割って、二十五バローナずつ配ればいいのに)


 ウトク達は最低限の教育すら受けていないのは、このやり取りで確信できた。彼らは十六歳かそこらでありながら、割り算どころか掛け算も出来ないのだ。中には標識の文字も、バイクのスピードメーターの数字すら読めない者までいる。最終学歴が中卒であるカルーフを除き、この中で一番頭がいいのは、いつも受取代金の勘定をしているネエロなのだが……彼の最終学歴はまさかの小卒。加えてウトク達同様、日がな一日遊び歩いているのだから、学校で習った知識は今にも抜け落ちそうになっていた。これでは、彼らを利用して幹部の情報を掴む――なんてことは出来ないだろう。


 かと言って、今から彼らに論理的思考のなんたるかを教えて、育つまで待っていられる余裕は、カルーフ達には無い。それに、バイクを乗り回し、遊びやダンスから築いた良好な関係に、ヒビが入りそうな事はしたくないのだ。


(ん? 待てよ。もしかしたらこう(・・)すれば……上手くいくかもしれない)


 そうだ、とカルーフの脳裏に一つの作戦が過ぎる。上手く行けば、幹部達と下っ端達を綺麗に引き剥がすことが出来る。しかし、作戦の内容が露呈すれば自分諸共、下っ端達は消されるだろう。


(狙うのは、次の料金回収時。兄貴(かんぶ)に近い奴が、金を受け取りに来た時が好機! そうしたら、自分達が如何に、兄貴達から不当に扱われているのかを、ウトクに話す!)


 例え正当な取り分が、組織の下っ端に支払われていたとしても、搾取されているように見せれば、幹部格への信頼はガタ落ちするだろう。勿論カルーフ自身、上手く言いくるめるかどうか、成功する確証は無いのだが。


 ――それでも、今はこれしか方法は無い。

 カルーフは未だ進展がない事を、心の中でバシャルに詫びつつ、時が来るのを待ち続けた。



 待ち望んだ次の代金回収は、作戦を思いついた一週間後。時が経つのは早いもので、その日はカルーフ達がイルヴァーシュに潜入してから、ちょうど一ヶ月を迎える日でもあった。


 金の回収を終えたウトク達は、いつものように溜まり場の一つ……百貨店の跡地へ向かい、幹部と思わしき者の訪れを待つ。

 手に汗を握りながら、カルーフが通りに面した空き地の入り口へ目を向けると――やがて、一台のバイクが停まった。

 降りてきたのは、黒い革のジャケットに『184』が縫い付けられた、見るからに堅気のものとは思えない男。肩で風を切って、こちらへやってくる男は、挨拶もせずにウトクの持つ金の袋へと視線を向ける。


「ようガキ共。金は?」

「うっす! これっす!」


 ウトクの差し出す金をひったくるように奪い取った男は、袋の口に結ばれた紐を解いた。続いてジャケットから細長いケースを、金貨の計量器を取り出す。彼はそのケースに何回か金貨を出し入れしたかと思えば、金貨の袋をジャケットの内ポケットへ押し込んだ。


「ちっ、しけてんな。そこらの奴を恐喝(ガジ)ってでも、もうちょい金持ってこいよ」

「でも、でも武器代だけで精一杯で――」

「あ? お前らよお、兄貴に楽させてやろうっていう気遣いがねえのか?」

(なん……っつう無茶苦茶な!)


 思わず口から飛び出そうになる、心の声をカルーフはなんとか押し殺す。自分を慕う年下の少年達を、良いようにこき使っておきながら、言うセリフがそれなのか。

 納得がいかない様子なのは、どうやらカルーフだけのようで、少年達はハッとした様子で謝罪の言葉を口にする。


「すんませんでした! オレら、これからもっと上手くやりますんで!」


 理不尽な物言いをする相手に対して、直角の礼をして見せるウトク達の姿は、傍から見れば何とも気の毒に映るだろう。頭を下げているカルーフもまた、反抗のはの字もない彼らの姿に、内心では天を仰いでいた。

 上の者が言ったことは絶対であり、疑問を抱いてはならない。ウトク達がここまで生きてきた背景には、腹黒い服従の教えがあるのだろう。彼らを好きにする男がほんの一瞬、ユスリーの面影と重なって見えて、カルーフはさりげなく目を擦った。


「分かればいいんだよ、分かれば。お前らは聞き分けが良くて助かるぜ――っと」


 ウトク達の頭を撫でながら、男は卑しい笑みを浮かべていた。しかし、次の瞬間には笑みを消し、自分自身の通信機に耳を当てる。


「俺だ、これから戻る」


 功労者とも言えるウトク達へ労いの言葉もなく、男はさっさと空き地を後にする。そのままバイクに乗って帰るのかと思えば、男はハンドルにかかっていた大きいビニール袋を、こちらへと放り投げた。


「やった、飯だ!!」


 袋の中の食品に群がるウトク達を他所に、男は今度こそバイクに乗って去っていった。

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