表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
五 理想との境界
68/70

5-10 定時報告

 ハナシュは紙袋の置かれたテーブルに、自分自身の旧式の通信機を静かに置いた。何をするのだろう、とみまもるカルーフの前で、通信機の画面に『着信』の文字が浮かぶ。

 ブーッ、ブーッ……と震える通信機のボタンにそっと、ハナシュの指が触れると、ガチャガチャとグラスがぶつかり合う雑音が聞こえてくる。

 こんな時だと言うのに、酒場にいるのだろうか? とシールゥが眉を顰める中、ハナシュが通信機に話しかけた。


「お疲れ様です、クティータ。そろそろ始めようかと思うのですが、今、よろしいですか?」

『いいわよぉ〜。でもぉ、あと一時間くらいでお客さんが来ちゃうから、それまでに終わらせてほしいにゃ〜ん』

「承知しました。それでは、手短に」


 カルーフは目の前の画面に集中しようと、頭を振って気持ちを切り換える。しかし彼の脳裏には未だに、蠱惑的なクティータの猫撫で声が響いていた。当然だが、ハナシュはカルーフを気にもせず、話を始める。


「今日は本拠点で決めたとおり、『各々の居場所を確立する』ことを目標に動いたかと思います。シールゥは早速、この街の統括であるコフィに、気にいられたとの事ですが……これに何か、補足はありますか?」

「補足?」

「ええ。コフィに気に入られていることで、貴方がどのような立場に置かれるのか。そして、コフィが貴方に求めている役割について、どう思っているのか……知りたいですね」


 ハナシュの説明を聞いて、彼女はしばらく考えた後、これは話していいものかと悩むように、おもむろに口を開いた。


「彼が私に求めているのは、他の構成員達の『監視』だと思っています」

「監視? どうして? そのコフィってヒト、あの銃を暴発させたヒトの仲間なんじゃ――」

「そう思ってたのは私達だけみたいよ、カルーフ。どうやら彼、ヤジドとその仲間達のこと、よく思ってなかったみたい。言ってたわよ、自分は取り巻きの一人でしか無かったって」

「成程。口ぶりと昨日の射撃の腕から察するに、彼は銃の扱いが上手いというだけで、無理やり彼らの仲間にされたのでしょう。あくまでも憶測ですが」

『ふぅん。それならシールゥちゃんに、いきなり接近した理由も分からなくはないかも。つまり、成り上がりの坊やが調子に乗って、シールゥちゃんをトロフィー代わりにしてるのよ』


 どういう事だ、とカルーフが問いかける前に、理解出来ていなさそうなシールゥの唸り声が、受話器へと流れる。それに声を上げて笑ったクティータは、更に言葉を続けた。


『ねえシールゥちゃん。貴方がある日突然、自分が何もかもを思うままにできる、王様みたいな存在になったらどうする? それもどんなに頑張ったって、王様にはなれないだろうなって思ってた矢先に、欲しくて欲しくてたまらなかった立場(それ)が転がり込んできたら』


 クティータの問いかけに、シールゥは目を瞬かせた。突然そんなことを聞かれるとは思わなかったのだろう。ええと、と言葉に詰まる彼女の返答を待たずに、クティータの口はマシンガンのようにまくし立てた。


『正直言って、ちょっとは浮かれると思うのよ。だって、今まで一方的に使われてばっかりだったのが、今日からは違うんだから。ヤジドを始末して、自分が彼らを支配する喜びは、それこそ美酒のようなんでしょうね。まるで王様にでもなれたみたいだって!』

(なるほど。つまりコフィさんは今まさに、その快感(びしゅ)に酔っ払っている状態なんだ。ヤジドっていう後ろ盾がなくなって、自分一人で何でも好きに出来ると思っている。だからあんなに強気に振る舞っているんだ)


 彼は自分の支配力を高めるため、ヤジドと同じように、自分の言うことを受け止めてくれる取り巻き……否、仲間を欲している。そして、コフィはその役目をシールゥに期待しているのだ。イルヴァーシュでの惨めな自分を知らない、ヤジドを奇跡(・・)で退けた彼女に。


 ――暴力で彼女を支配したユスリーに引き続き、今度は偶然で自分の権利を手に入れたと錯覚している男に、シールゥはこき使われようとしているのだ。彼女の不遇さを想像すればするほど、カルーフの心には焼けた銅を流し込まれたかのような、グツグツと煮えたぎる感情が込み上げる。


『いるんだよね〜、こういうの。自分は何もしてないのに、偉くなったと勘違いしちゃう奴って。それで、いざ本当に偉くなっちゃったら、功績は勝手に手に入るのが当たり前になってるから、今度は失敗ばっかり周りのせいにするの』

「そういうものですか」

『そうよぉシールゥちゃん、あれの操縦には気をつけなさいよぉ? 今はべったり甘えんぼしてるだろうけど、そのうち反抗期の子どもみたいな、理不尽なキレ方してくるから』

「はい。重々気をつけます」

『よろしい!』


 ブリックをかじりながら、カルーフはクティータの話と、昨夜の彼の態度を照らし合わせて、自分の中にあった疑問が氷解していくのを感じていた。


(コフィさんの飄々としていて、他人に興味無さそうな素振り。あれは、わざとヘラヘラして見せることで、反発のための予防線を張っていたのか。反発しても冗談に聞こえるように、何より元からあんなやつだしな、で済ませられるように)


 彼のあの笑顔は、下っ端なりに考えた、精一杯の虚勢だったのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに、クティータからシールゥへの、権力に酔った男のオトし方講座は終わっていた。聞いておけばよかった、とほんの一瞬思いはしたが、ハナシュの引きつった口角を見て、考えを改める。水商売を生業とする女直伝のそれが、どれだけ生々しく、そして残酷なものなのか。それを想像しただけで、ぶるりと震えが走る。戦慄する男二人の近くで、シールゥだけが目を輝かせていた。


「……ゴホン。では次、私なのですが、本日より保険金詐欺の掛け子として、勤務を始めています。元締めである幹部の方からは好印象で、今後もよろしくやるように言われました。今日のところはそれだけですね。カルーフ君はどうです?」

「俺ですか? 俺は……えっと、今日からみかじめ料の徴収役として働いています。ウトクっていう、同い年くらいの男の子と、その仲間達と一緒に」

「そうですか、それは好都合! 地理に強いカルーフ君が、この辺りの縄張りについて調査をすれば、幹部を嵌める策の土台になりますね。この十四番街で、気になったところはありますか?」

「うーん、今の所は何も無いですね。すみません」

「初日は仕方ありませんよ。それじゃあ、明日からは外出ついでに、街のヒトの様子や治安、彼らがよく立ち寄る所についても調べてください。特に、ここ以上のスラム化している所があれば、直ちに報告を」


 分かりました、とカルーフは力いっぱい頷く。緋色の比翼での暗殺任務のように、人を殺すものでは無いとあれば、カルーフも少しだけ気を楽にしていられた。

 特に、地理とヒトを覚えるのは大得意だ。彼の顔に、隠しきれない笑みが浮かぶ。


(得意なことで皆の役に立てるって、こんなに嬉しいことだったんだ! 出来ることを嫌な事に使わなくていい、それだけでこんなにも気持ちが軽いなんて!)


 殺人でも暗殺でもない、こんな任務なら、いくらでも引き受けたい。結果的にそれが、誰かの破滅に繋がっていたとしても。今のカルーフは、すっかり都合の悪い事から目を逸らせるようになっていた。


「そう言えばクティータ、貴方は『どこまで』いきましたか? 確か今回は……いわゆるクラブ勤務でしたよね?」

『ああ、それぇ? お客さんはまだこれからだけど……一ヶ月以内に店の首位に立ってみせるわ。だって、皆控えめで大人しくて、わたしを持ち上げたりもしちゃうのよ。』


 心底つまらなそうな声が、カランと鳴るグラスの中の氷の音と共に、電話越しに響いた。まるで閉店を知らせるベルのように鳴らされた氷に、ふと通信機に表示されている時刻を見れば、三十分はゆうに経過していた。


「そうですか。ではそろそろ終わりにしましょう。これ以上長引くと怪しまれます。それに、我々は明日の、クティータはこの地で初めての仕事の準備があるでしょう」

『それもそうねぇ。これ以上話したって、なんも出て来なさそうだし。文書にあったオヤジとか言うのだって、みんな心当たりないでしょ? さっきから黙りっぱなしの、カルーフくんとシールゥちゃんは、オヤジっぽいな〜ってヒト、見たりしてる?』

「俺が見たのは、屋台の親父さんくらいです」

「私は、そもそもない」

「ならば次なる目標は、『オヤジの目の警戒をしつつ、幹部逮捕に向けた、組織内の情報収集』ことになりますね。まずは直属の上司である幹部が誰なのか、彼らの行動の法則を見つけましょう」

『はぁい。じゃ、そういうことでまた明日ね〜』

「おやすみなさ――あ、切れちゃった」


 ブツリと切れた電話に一息つき、カルーフはタオルケットを手繰り寄せる。言語化も出来ない程、漠然と不安を押し込むように、カルーフはブリックの最後の一口を頬張った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ