表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
五 理想との境界
67/70

5-9 それぞれの起点

 文面を何度も読み返して、シールゥの背に冷や汗が伝う。


(信じられない。アズラクエーレに潜入した者の情報が、こんなに早く入ってくるなんて)


 シールゥの脳裏に浮かぶのは、アズラクエーレに潜入した二人の仲間――チュレーニとツリアブの顔である。実はこの二人、カルーフ達がイルヴァーシュへ潜入を始めたのと同時に、アズラクエーレに新人として加入したのだ。四六時中監視をしていなければ、こんな速度で密告出来るはずがない。

 だからこそ、オヤジと呼ばれた存在も気になるところだ。文書を見る限り、オヤジとやらはイルヴァーシュの仲間、もしくは協力関係にあるようだが、これだけでは手掛かりが少ない。


(取り敢えず、文書の写真を撮って……ブームさんとハナシュさんに送ろう)


 通信機に付属している撮影機能を手早く起動し、画面を撮る。旧式の通信機の機能とは思えぬ程、鮮明に撮れた写真を、シールゥは電子文書に添付して送り……鼻から深く息を吐き出した。そして静かに、自分とコフィの通信機を閉じ、それぞれのポケットに戻す。あとは彼が起きるのを待つだけだ。


(まずはこれで良し。でも一々、彼の通信機を見るのは面倒。どうにかして、自分から情報を差し出すように仕向けないと)


 シールゥは自分からコフィを起こすことなく、ただ静かに、彼の隣に座って待ち始めた。



「二人とも、どうやら情報集めは順調そうですね」


 消臭剤の効きすぎた芳香が充満する、男子トイレの個室の中。二つ折りの通信機を閉じ、ハナシュは薄らと口角を上げた。


 通信機を戻し、手を洗い、古びた雑居ビルのトイレから出た彼が向かうのは、同じビルの中にあるフロアの一角。

 その中でずらりと並ぶ固定電話機は、特殊詐欺用に使われるものだ。デスクの前には『184』の数字が縫い付けられたジャケットや、色とりどりのTシャツを着た男達が数人座り、努めて丁寧な口調で電話をかけていた。


「はい、そうしましたら、『完了』って書いてある所を押してください」

「お忙しいところ申し訳ございません、タラグ区役所の者ですが、ご主人様でいらっしゃいますか――」


 彼らが一斉にしているのは、還付金詐欺。国民年金保険料や年金における、還付金の存在をチラつかせ、金を騙し取る手口だ。

 彼らメンバーは区役所の職員になりすまし、被害者から個人情報を聞き出している。予め購入しておいた口座に、彼らが被害者を誘導して、振込をさせれば成功。巨額の金が手に入るのだ。


 ハナシュもまた、この詐欺行為に加担してる一人であったが……如何せん、彼は優秀すぎた。


 元々国家公務員として行政機関にいた経験を活かし、それっぽい嘘を並べ立て、言葉巧みに相手の不安を駆り立てる。時には、安心させるような言葉をちらつかせて、思い通りに動かす――洗練された詐欺師の手本の如き立ち振る舞いが、イルヴァーシュの幹部に評価されたのは勿論のこと。彼はメンバーになって早々、詐欺の元締をしている幹部に気に入られていた。


「流石はハナシュだ。もう目標金額に行きやがった。仕事を教えて四時間でこの調子じゃ、俺の出番は無さそうだな」

「そんなことはありませんって。サミフさんにはまだまだ、業務以外の事を教わっていませんよ」

「ははは、そう言ってくれるのは嬉しいが、あまり無理すんなよ。今日はもう上がっていいぞ」

「では、そうします」


 ハナシュの肩を叩いたサミフは、満足げに肩を揺らし、仕事場へと去っていく。彼の背に堂々と刻まれた『184』の数字を見送って、ハナシュは夕方の冷たい空気に満ちた、ビルの外へ出ていった。

 向かう先は、一夜をすごしたカフェ『アシェアー』の真向かいに建つ、一軒のアパートである。これは彼らがイルヴァーシュの一員として活動をするにあたり、組織から与えられた住居である。管理人もメンバーのため、家賃はたったの三十五バローナ……女性の美容院代の平均額と同等だ。


 加えて、このアパートの住民は全員がイルヴァーシュのメンバーであるため、部屋の内外問わず、トラブルになっても対応が早い。気になる音漏れについても、銃撃や魔術による攻撃が相次ぐグログフ王国だからこそ、分厚い壁が防いでくれる。更に職場が近いこともあって、このアパートの存在は、新人にとって非常にありがたいものであった。特に、内緒話を聞かれたくない、ハナシュ達のような新人には。


「ただいま戻りました……おや」


 ハナシュは扉を開けて中に入ると、そのままリビングに向かう。そこには、既にシールゥが背を丸めて、床に座り込んでいた。それも、ラグの上ではなく、冷たいフローリングの上に。時折聞こえるサリサリという音は、彼女が自分の指の皮を剥いている、微かな自傷の証である。

 目を大きく開き、一心不乱に爪を上下させる――その異様な雰囲気にハナシュはあえて触れず、彼女から少し離れたソファに座った。


(これを見るに……緋色の比翼で妙な教育でも受けたんでしょうね)


 報告書の情報でしか、緋色の比翼を知らないハナシュだが、首領であったユスリーの異常性だけは薄らと把握していた。

 あの男は仲間であろうとも、自分よりも立場や力が弱い者へ、平気で死に瀕するほどの暴力を浴びせるような奴だ。ナムゥとしてあの組織にいた彼女が、どんな目に遭ってきたのかは、凡そ想像が着く。


「あ。おかえりなさい」


 ハナシュが彼女を観察している間に、シールゥはやっと思考を現実に引き戻すことが出来たらしい。視線だけを彼に向けて、返事を待つ姿勢からは、あの不気味な空気はすっかり消えていた。


「ただいま戻りましたよ、シールゥ。送った文書を見たところ、オヤジ、という存在がいるのですね」

「はい。どうやら私達以外にも、この組織を利用しようとする誰かがいるようです」

「ふむ……それよりもその指いじり、そろそろおよしなさい。深追いすると血が出ますよ」

「え? あっ! どうしよう」


 シールゥはハナシュの指摘に指を丸め、気まずそうに目を逸らす。ストレスの捌け口として、指の上で白い円を作る皮剥けに当たるのは仕方がないことだ。しかし、このまま形のいい指が、ボロボロになっていくのを見過ごす訳にはいかない。


 というのも、彼女は論理的な理由もなく、街の統括になったコフィに気に入られている。コフィが彼女の何を見て、何を考えているのか、ハナシュには分からない。だからこそ、些細なものであっても、彼女の価値を損なう行為は止めたいのだ。


「あのクティータだって『磨けば光る』と、貴方の外見を評価しているのです。もし過去が貴方を苛むならば、自分の手ではなく、イルヴァーシュの無能な同期に当たりなさい」

「はい、そうし――」


 シールゥの返答を遮るように扉が開かれたのは、まさにその時であった。


「ただいま戻りました! お二人とも、早いですね」


 控えめに開かれた扉から現れたのは、みかじめ料の徴収を終えて、帰ってきたカルーフだ。玄関では、疲労困憊といった様子で、顔に影を落としていたが、それでも彼は笑顔でリビングへと足を踏み入れる。


「お疲れ様です。今日の分の食事として、ウトクから貰ってきました。ブリックっていう、この辺りの伝統料理だそうです。良かったらどうぞ」


 手渡された包みを開けば、中には野菜がぎっしりと詰まった、パイのようなものが六つも入っていた。見た目は東方にある鋼鉄大陸(ライノー)の料理、『ハルマキ』によく似ている。


「手掴みで食べられるのはありがたい。では、これをつまみながら、本日の情報共有と、今後の作戦会議といきましょうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ