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罪果てのアルカ  作者: ミケイラ
五 理想との境界
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5-7 接触

 緑の頭のやつ、は店を出た先の駐輪場で、簡単に見つかった。カルーフと同い年くらいの少年が、型落ちしたビッグスクーターの列の前に立っているのだ。目にも鮮やかなナイルグリーンのモヒカンが、これまた同い年くらいの少年たちの黒髪の中にあって、異彩を放っている。


 彼はカルーフ達に気づくと、バイクのキーを片手にこちらへ近づいてきた。


「よう! おめーが新入りだな! 名前は!?」

「カルーフです、よろしくお願いしま――」

「オレはウトクっていうんだ、そんな固くなるなって! 見た感じオレらタメっぽいし、おめーもタメで話せ、な?」

「わかった。それがいいならそうするよ」

「よっし、よろしくな!」


 促されるまま、ウトクの後ろに跨ったカルーフは、砂埃舞う街を走り出す。


「じゃあ早速、目的地に向かいがてら、仕事やこの辺のこと教えるわ」

「うん、よろしく! 出来ればちょっと声大きめにお願いしていいかな!? 後ろだと駆動音がすごくて!」

「無理無理! 他の奴らに聞かれても困るから、根性で聞いてくれ!」


 かくして語られた、彼らの仕事。それはズバリ『みかじめ料の請求』であった。


 警察すら力不足になるほど、裏の社会が膨れ上がりつつあるタラグ区では、個人もしくは少人数で活動している強盗や泥棒は無力に等しい。たとえ彼らの手に銃やナイフが握られていても、それ以上の武器を有しているイルヴァーシュや、アズラクエーレなどの組織や、区内の洞窟に隠れ里を作るナムゥの魔術に敵うわけがなかった。


 そんな彼らが身を守る方法というのが、皆揃って同じ組織にみかじめ料を支払いつつ、身を護ってもらう方法である。

 毎日のように飛び交う銃弾に、空で閃くナイフ、ふとした拍子に襲い来る多様な魔術――それら全てから身を守るには、それ相応の武力が必要なのだ。


(へえ。揉め事の解決を……ん? なんか妙だぞ)


 ウトクの話を聞いていたカルーフだが、妙な違和感を覚えた。だがそれはすぐに、砂煙の中に霧散してしまう。


「徴収の途中でも、どっかで揉め事があったら、そっちを先に解決するからな! そうじゃなきゃ、金を貰ってる意味がねえ!」

「お、おう。覚悟しておくよ」

「まあ最近は落ち着いているし、そんなに無いとは思うけどな……っと、着いたぜ! あそこの屋台から南へ、順番に行くぞ!」

「分かった。ところで、徴収ってどうやって――」

「おい、おっちゃん! 今月分!」

「……待ってな」

(声をかけるにしたって、雑過ぎないか!?)


 だが、その一言で、みかじめ料の徴収に来たことは通じるらしい。顎髭を豊かに蓄えた長躯の男が、自分よりも背の低く、筋力もなさそうな少年を気にしながら、金の入っている袋を取りに動く。

 体を縮こませる程、このイルヴァーシュの存在は恐ろしいのだろうか。奥のスペースに入っていく男の背は、酷く頼りなく、小さく見えた。


 やがて戻って来た男は、硬貨の入った封筒を摘んで、ウトク達の前にぶら下げる。極力彼に近付かないようにしていたカルーフだったが、ウトクが「受け取れ」と言いたげなに視線を送ってきたため、仕方なく手を伸ばした。


「バローナ、ちゃんと百枚入ってるか? おいネエロ、数えてくれ」

「おう」

(この袋の中、百バローナも入ってるのか。小さな家電がひとつ買えるくらいの額を、こんな寂れた屋台から徴収するのはなあ。少し気が引けるな)


 屋台を観察しているカルーフの手元で、カサリと袋の口が開く音がする。見ればネエロと呼ばれた細身の少年が、カルーフの持つ袋の口に手を突っ込み、袋の中でバローナ硬貨を数えていた。カルーフからすれば、中の硬貨を掻き回しているようにしか見えないが、これが彼のやり方らしい。


「うん、百バローナ、確かに」

「もう充分だろ? 用事が済んだなら、さっさと帰りな」

「分かってるって。じゃあ一ヶ月後、また来るからな!」


 男の怯えているようにも見える、雑な対応にすっかり慣れているのか、ウトク達は軽く手を上げて別れを告げる。

 カルーフも倣って会釈をしようとすると、男は丁度、屋台に近付いた女性へと声をかけようとしている最中であった。快活そうな笑顔とフレンドリーな口調は、先程までの態度とは打って変わって、実に友好的に見える。こちらが歓迎されない存在とはいえ、こうも露骨な態度を取られると、カルーフはどうにも居心地の悪さを感じた。


「カルーフ! 次は隣の屋台だ、早く行こうぜ!」

「ああ、うん。分かった!」


 ビッグスクーターを押して歩くウトクが、後ろを振り返りながら、急かすような言葉をかける。カルーフはそれに返事をしながら、ウトク達の後に続いた。



 カルーフがみかじめ料の徴収に駆り出された、その頃。シールゥはコフィと共に、イルヴァーシュの拠点のひとつ、十三番街の寂れた倉庫の中にいた。バイクが壁にずらりと並び、タイヤの跡がコンクリート質の床にこびり付いている中、奥の方には排気ガスで黒ずんだカーペットが敷かれていた。日頃からここで屯しているのだろう、カーペットの近くにある歪んだ棚には、不揃いのカップが並び、インスタントコーヒーや電気ケトルまで置かれていた。


 シールゥは言われた通りにカーペットの上に座り、棚の中を漁るコフィを待つ。


 ――もしや、自分がナムゥであるとバレたのか。


 そう身構えたシールゥだったが、コフィはこちらを尋問、または拷問をするような素振りを見せない。それどころか、ぺたんと内股で座るシールゥの前に、湯気立つコーヒーを差し出してきたのだ。


「あの……これは?」

「コーヒーだよ。美味しいよ〜」

「いや、そういうことではなく」

「それとも、地面に直置きは嫌だった? ごめんね〜、ここ机なんて置けなくてさ」

「ええと、それでもなく」

「ああ、『なんでここに連れてこられたんだろう?』ってこと? そりゃあ、ねえ……」


 コフィは視線をあちこちへとやりながら、言葉を詰まらせる。その様子からは敵意を感じないどころか、純粋な好意すら見て取れる。さながら初めて好きな子が出来た、年頃の少年のようだ。


「俺、君のこと気に入ったんだよね。君の幸運が、ヤジドの手を吹き飛ばした時からずっと。可愛くて、豪運で、それにあの日はなんだか、君が輝いて見えたんだ。不思議だよね〜」

「そうですか」

「そんな素っ気なく言わないでよ。まるでトゥラーゾ神から俺へ、幸運の天使が遣わされたのかな〜とか、思ったんだよ? 本当に。へへ、なんかこう言うと、愛の告白みたいだね」

「仰る意味がよく分かりません」

「簡潔に言おうか。『俺は君と仲良くなりたい』んだ。カルーフとかいう奴らよりも、うんと良い友人になれると思うよ、俺は」


 シールゥの背中を駆け上がる悪寒は、果たして恐怖によるものなのか。あるいは嫌悪からくるものなのだろうか。

 彼女の目には、目の前の青年の姿が、酷く歪んで映っていた。


(敵意ではない、しかし好意でもない。彼は私に何を期待しているの。私に何を求めているの)


 緋色の比翼で受け続けた悪意と、ヴァーサ・オーリで受け始めた優しさの、ある意味両極端な思いしか、彼女は知らない。だからこそ、コフィが抱く、シールゥへの『追求心』を理解できないでいた。


「俺はいずれ、幹部になる。こんなに何も無い、町の統括で終わりたくないんだよね〜。のし上がるためには、俺の絶対的な味方がいるんだ。ヤジドが集めた仲間なんて、信用ならない」

「そういうものなのですか」

「そういうものだよ。だからさあ、シールゥちゃん。俺には君が必要なんだ。俺をヤジドの手から解放してくれた君が、ね」


 母を求める子どもの願望のような、漠然としていながらも理不尽な欲望だけは、他人の感情に無頓着なシールゥでも読み取れた。彼は下心込みで、本当にシールゥを好ましく思っている。更に初対面のシールゥに縋る程、周りに信頼できる人間が居ないことも、何となくだが察しがつく。


 コフィからすれば、偶然(・・)銃が暴発したのだとしても、その渦中にいたシールゥに幸運という名の神秘性を抱くのは、自然なことだろう。


 だが、それが分かったところで、一体どうすればいいのだろうか。


「そうですか」


 シールゥはいつものように、言葉少なに返事をするしかなかった。

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